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2章 ヒーロー活劇を望む復讐者
蜘蛛の脚 15
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四方を囲む塀に門はなく、内側にいる者を閉じ込める。庭先に咲く花は桔梗や紫陽花があり、その隣には菜の花や撫子、小池には睡蓮も浮かび、木々の先端には梅が咲いている。
季節は肌寒さを覚え始めた秋。ありえない風景だ。
秋風が吹いて庭先の花草を揺らし、長い黒髪も揺らしていく。肩まで伸びた髪が鼻や目に入り、鬱陶しい。
縁側に腰かけて妙ちくりんな庭を眺めていた。目が覚めてからまだ彼女を見かけていない。
屋敷から脱出するのは今しかないと考えたが、背中の刀傷が痛んだ。寝床から目先の縁側までが限界でそれ以上は歩けそうにない。
門のない塀を登るのは簡単だ。梅の木を登り、塀の屋根に飛び移ればいい。それだけなのだが、木登りができる自信がなかった。 刀傷の痛みだけではなく、先日まで高温で寝たきりになっていた為か体力が落ちているのだ。
傷が癒えるまでいてもいいと彼女は言っていた。だが、出口のない塀と季節を無視した花や木。この異様な空間で一人でいる彼女を怪しまないはずがない。
もとより、人の言葉を信用しない性根の故、内に隠した警戒心と不信がここからの脱出を強く望んでいた。その一方でこの不信感を消し去ってしまいそうな欲もあった。
彼女は妖女なのだと言い聞かせる。寝ているうちに術をかけられて、惑わしているのだと。山小屋には美しい女がいて道に迷った旅人を食う話。彼女もまたそういったのもの類なのだ。
「起きて平気?熱はどう?」
振り向けば彼女がそこにいた。襖を開けてこちらの様子を見に来ていた。
彼女は自分を美しく見せるための飾りはしていない。花丸文の赤い着物と真っ直ぐとしなやかで濡鴉色の髪。外出する機会がない為か日焼けをしていない白い肌。白粉や髪飾りは無い。彼女には飾り気の必要のない真の美しさがあった。
返答ができないのは純粋な瞳のせいだ。吸い込まれそうな黒い瞳が細く笑うたびに目を逸らしたくなる。
それなのに、彼女が笑うと心臓がうるさくなる。
まただ。妙な所にいるから、妙な術にもかかってしまうのだ。惑わされてはいけない。この感情は偽物だ。
「あのね、髪紐を結ってみたの。ほら、邪魔そうだから」
前まで使っていたものは切れてしまった。しかし、それは適当な麻紐でまとめたもので、髪がまとまればなんでもよかった。
彼女が作ったと言う髪紐は立派なもので赤い絹の糸で組み合わされていた。
「結っていい?」
期待が込められたきらめく瞳。幼子のように弾んだ声色。
「好きにしていい」
目を逸したまま答える。
「好きにする!」
彼女の無邪気な振る舞いはわざとだろうか。時折、分からなくなる。
櫛で髪をとして、乱れている毛先を整えていく。
身だしなみを整えるのは金と家を持つ者の特権だ。自分には縁のないものだ。だからだろうか、そわそわと落ち着かない所作になってしまう。彼女の指先がうなじに触れると目が泳ぎ、背後に立つ彼女を気にしてしまう。
「赤か白かで悩んだのよ」
一方で彼女は上機嫌に鼻歌を交えて喋り出す。髪をまとめて高く上げる。
「黒でもいいかなって思ったけど、それだと似合わないなって」
「赤も白も似合わないだろう。特に赤はあんたの」
そうして浮かんだ思いに気付いて口を閉ざす。
「え、気になる何?」
変なところで切ってしまったせいで彼女の好奇心に火がついてしまった。
「何でもない」
「そこまで言ったなら言い切ってよ。夜眠れない」
「大げさな」
「ねぇ、教えてよぉ」
間延びした口調で肩を揺らしてきたので背中の傷が痛みを訴える。
「痛い!背中!」
開そうな傷口を単語で伝える。それだけでも伝わったのですぐに手を離し、しゃがみ込んで目線を合わせる。
「ごめん。痛かったよね」
「気にしてない」
やはり、彼女と目を合わせるのは苦手だ。
季節は肌寒さを覚え始めた秋。ありえない風景だ。
秋風が吹いて庭先の花草を揺らし、長い黒髪も揺らしていく。肩まで伸びた髪が鼻や目に入り、鬱陶しい。
縁側に腰かけて妙ちくりんな庭を眺めていた。目が覚めてからまだ彼女を見かけていない。
屋敷から脱出するのは今しかないと考えたが、背中の刀傷が痛んだ。寝床から目先の縁側までが限界でそれ以上は歩けそうにない。
門のない塀を登るのは簡単だ。梅の木を登り、塀の屋根に飛び移ればいい。それだけなのだが、木登りができる自信がなかった。 刀傷の痛みだけではなく、先日まで高温で寝たきりになっていた為か体力が落ちているのだ。
傷が癒えるまでいてもいいと彼女は言っていた。だが、出口のない塀と季節を無視した花や木。この異様な空間で一人でいる彼女を怪しまないはずがない。
もとより、人の言葉を信用しない性根の故、内に隠した警戒心と不信がここからの脱出を強く望んでいた。その一方でこの不信感を消し去ってしまいそうな欲もあった。
彼女は妖女なのだと言い聞かせる。寝ているうちに術をかけられて、惑わしているのだと。山小屋には美しい女がいて道に迷った旅人を食う話。彼女もまたそういったのもの類なのだ。
「起きて平気?熱はどう?」
振り向けば彼女がそこにいた。襖を開けてこちらの様子を見に来ていた。
彼女は自分を美しく見せるための飾りはしていない。花丸文の赤い着物と真っ直ぐとしなやかで濡鴉色の髪。外出する機会がない為か日焼けをしていない白い肌。白粉や髪飾りは無い。彼女には飾り気の必要のない真の美しさがあった。
返答ができないのは純粋な瞳のせいだ。吸い込まれそうな黒い瞳が細く笑うたびに目を逸らしたくなる。
それなのに、彼女が笑うと心臓がうるさくなる。
まただ。妙な所にいるから、妙な術にもかかってしまうのだ。惑わされてはいけない。この感情は偽物だ。
「あのね、髪紐を結ってみたの。ほら、邪魔そうだから」
前まで使っていたものは切れてしまった。しかし、それは適当な麻紐でまとめたもので、髪がまとまればなんでもよかった。
彼女が作ったと言う髪紐は立派なもので赤い絹の糸で組み合わされていた。
「結っていい?」
期待が込められたきらめく瞳。幼子のように弾んだ声色。
「好きにしていい」
目を逸したまま答える。
「好きにする!」
彼女の無邪気な振る舞いはわざとだろうか。時折、分からなくなる。
櫛で髪をとして、乱れている毛先を整えていく。
身だしなみを整えるのは金と家を持つ者の特権だ。自分には縁のないものだ。だからだろうか、そわそわと落ち着かない所作になってしまう。彼女の指先がうなじに触れると目が泳ぎ、背後に立つ彼女を気にしてしまう。
「赤か白かで悩んだのよ」
一方で彼女は上機嫌に鼻歌を交えて喋り出す。髪をまとめて高く上げる。
「黒でもいいかなって思ったけど、それだと似合わないなって」
「赤も白も似合わないだろう。特に赤はあんたの」
そうして浮かんだ思いに気付いて口を閉ざす。
「え、気になる何?」
変なところで切ってしまったせいで彼女の好奇心に火がついてしまった。
「何でもない」
「そこまで言ったなら言い切ってよ。夜眠れない」
「大げさな」
「ねぇ、教えてよぉ」
間延びした口調で肩を揺らしてきたので背中の傷が痛みを訴える。
「痛い!背中!」
開そうな傷口を単語で伝える。それだけでも伝わったのですぐに手を離し、しゃがみ込んで目線を合わせる。
「ごめん。痛かったよね」
「気にしてない」
やはり、彼女と目を合わせるのは苦手だ。
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