糸と蜘蛛

犬若丸

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2章 ヒーロー活劇を望む復讐者

時計草 8

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   飢えを誤魔化そうとして左の親指を噛み続け、血と唾液が顎を伝う。そのだらしない汚れを気にも止めず、拭おうもしない。
   「すみれ先輩?」
   もう一度、はっきりとした声で呼んで、前へと歩む。
   「前に出るな」
   ケイが抑えた声で止める。
   前日のことで精神が疲れているだけ。すみれ先輩はすみれ先輩のままだと思いたい気持ちはあった。それとは別にはっきりと輪郭のある恐怖もあった。
   それはカンダタさんを前にした時に生まれた感情で、現実味のない怪物と対峙した時の恐怖と同じものだった。
   「き、よぉおねえ?」
   雲に隠れた太陽が沈むもうとしていた。夜に侵食される体育館にすみれ先輩の声が響く。変に途切れて間延びした、通常とは言えない口調だった。
   「き、たのぉ?わた、しにあい、会いに来たのぉ?」
   敵意や殺意といった類のものは感じられなかった。でも、不安定な情緒であることには変わらない。
   私はケイを見る。どうすればいいのか、視線で指示を促す。
   ケイは頷く。返答しろ、と私は解釈した。
   「すみれ先輩、もうやめませんか?見ていてとても辛いです。その腕だって、きっと治ります。警察へ行きましょ」
   「うひっうひっ、ひひ」
   寄り添う為の台詞をすみれ先輩はひきつった笑いで一掃する。
   「嘘だぁ。ぜ、たい、う、そ、だ」
   「なんで、そんなこと」
   「あん、あんたもぉ!いっしょ!わ、わわたしを、無視しした、奴、らといっしょおお!」
   「私は本気で心配しているんです。それに、すみれ先輩が省かれたのって」
   余計なことを口走りそうになって、急いで口を閉ざす。瑠璃のせいよ。あんな話を聞かなかったら、こんなこと言おうとは思わなかった。
  「何いい?な、にぃぃいい?」
   肩から生えた蔦の束がわずかに波打った。それが感情の変化だった。
   「ねぇ、なにいい!」
   間延びした口調が私を責める。まだ何も言っていないのに、私が言いそうになったことを予想した先輩が真意を確かめようとする。
   「きょ、去年のいじめ問題で自殺した子のことを聞いたんです。それの原因がすみれ先輩だって」
   ステージに立つ怪物が怖くて堪らなかった。話しても襲われそうで、話さなくても襲われそうで、祈って握った両手は命を乞いて私は話した。
   先輩は許してくれなかった。
   「だからぁ!ななに!あん、あんたも!わたしがあ!わる、悪、い、てぇ!わたし、がぁ!悪い、てえ!」
   「だって、すみれ先輩が追い詰めたんですよね?佐矢  蛍を」
   「わたしはぁし、指導、あれはしど、う!そ、そうやって、きたのぉ」
   瑠璃の推理が当たった。自殺の原因が先輩からの指導で、それで彼女は演劇部での居場所を失った。
   「あ、あああいつがぁあ佐ぁ矢ぁが悪いい!な、なん、なん、ども言ってもぉお!なおらなぁあい!お、おこ、ても治らなああい!あ、いつが!わる、わるぅういいのおお」
   「でも、自殺までして」
   「さ、やがぁ!よわ、弱い、せい!わわわたしは悪くなあい!」
   蔦が意思を持ったように畝り出して急激な成長を始める。
  「わ、るく、わわるぅくなああい!わるわる、くわわわたあしいのせいじゃなああい!」
   責任を逃れるすみれ先輩に応えるようにして肩からの蔦が絶え間なく増殖・成長を繰り返す。ステージ台に収まらなくなった植物は磨かれた床につくと、みるみるうちに館内を埋めようとしていた。
   すみれ先輩を中心にして蔦は渦巻き状の円を描き、彼女を持ち上げる。その両脚は緑の蔦と同化されて、ふくろはぎから太ももまで緑色の血脈が浮き上がるとどくどくと脈を打つ。スカートの裾からは10枚の花弁が覗かせたと思ったら巨大な花へと変化する。
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