208 / 644
3章 死神が誘う遊園地
カンダタ、生前 6
しおりを挟む
「いつからここで暮らしている?」
紅柘榴の正体を知るべく、さりげない会話の中でそれとなく聞いてみる。
「生まれた時から。昔はね、乳母や兄弟がいたんだけど、あちら側に行ってしまった」
常世や黄泉の世界をあちら側と表現した。憂いた言葉の裏には大切な人が亡くなっておらず、あちら側で生きているのだと幻にも似た願望があった。
悲しい願望に目蓋を伏せて、次に目蓋が上がる時にはその悲しみを押し込めて笑みを作っていた。
辛い思い出を蒸し返したようで、聞いてしまったことを後悔する。
亡くした人を思い、独りの寂しさに憂う紅柘榴が人間のようで、「彼女は妖だ」だと警鐘を鳴らす疑惑が薄れるのを感じた。
熱と痛みがひき始めた頃には彼女の虜になってしまっていた。溺れているのにその感覚が心地良かった。鬼でも妖女でもそれでも構わないと愚かにもそう結論づけてしまったのだ。
体温は平熱を取り戻し、刀傷も痛まなくなってきた。健全となったが、数日間寝たきりとなっていた身体はすっかり鈍ってしまっていた。
体を自由に動かせるようになったと言うのに俊敏さはなく、歩行もぎこちない。試しに軒下から屋根を登ろうとするも脚力が足りず、地面に腰を打ちつける。
「何してるの?」
打った腰を摩っていると一部始終を見守っていた紅柘榴が可笑しそうに笑っていた。
ばつが悪いところを見られ、赤面する顔を隠しながら起き上がろうとする。しかし、それすらもままならず重心が揺らぎ、蹌踉めく。
「まだ寝ていたほうがいいよ」
「身体が鈍っているだけだ。本来なら登れるんだ」
情けないところを見られた。それ以前にも醜態さらした姿しか見せていないのだが、それでも意地を貼りたかった。熱で魘されているだけではないのだと印象づけたかったのだ。
「本当に?」
紅柘榴は疑いの目で俺の見栄を見透かす。
「あのな、俺は傷を負ってあそこの塀を越えてきたんだぞ」
人食い塀に指を差す。紅柘榴は不満そうに口を尖らせた。
「そこは覚えているのね」
意味ありげなことを言う。紅柘榴が言っているのは俺が熱と悪夢に魘されていた時のことだろう。俺はその三日間のことを全く覚えていない。
一体何があったのだろうか。醜態晒したような言動でもしたのだろうか。気になるが聞けない。そんなどうしようもないもどかしさが落ち着かず、首裏を掻いていると紅柘榴は持っていた桶を俺に差し出す。
「身体を動かしたいなら手伝ってくれる?」
さっきまで機嫌が悪そうに口を尖らせていたのに。転々とする紅柘榴の表情は自信ありげだった。俺が断らないのだと疑っていないようだ。
一方で俺は水が溜まった桶の中の雑巾を一瞥して紅柘榴を見る。彼女が求めているものがわからない。
「床を磨いて欲しいな」
「磨く?」
「そう、汚れる前に綺麗にして欲しいの」
「どうやって?」
「雑巾と水で」
しっくりこない。そもそも床は磨くものなのか?
「もしかしてやったことない?」
この問答で察したらしい紅柘榴はまた表情を変えては驚愕をありありと表す。
紅柘榴の正体を知るべく、さりげない会話の中でそれとなく聞いてみる。
「生まれた時から。昔はね、乳母や兄弟がいたんだけど、あちら側に行ってしまった」
常世や黄泉の世界をあちら側と表現した。憂いた言葉の裏には大切な人が亡くなっておらず、あちら側で生きているのだと幻にも似た願望があった。
悲しい願望に目蓋を伏せて、次に目蓋が上がる時にはその悲しみを押し込めて笑みを作っていた。
辛い思い出を蒸し返したようで、聞いてしまったことを後悔する。
亡くした人を思い、独りの寂しさに憂う紅柘榴が人間のようで、「彼女は妖だ」だと警鐘を鳴らす疑惑が薄れるのを感じた。
熱と痛みがひき始めた頃には彼女の虜になってしまっていた。溺れているのにその感覚が心地良かった。鬼でも妖女でもそれでも構わないと愚かにもそう結論づけてしまったのだ。
体温は平熱を取り戻し、刀傷も痛まなくなってきた。健全となったが、数日間寝たきりとなっていた身体はすっかり鈍ってしまっていた。
体を自由に動かせるようになったと言うのに俊敏さはなく、歩行もぎこちない。試しに軒下から屋根を登ろうとするも脚力が足りず、地面に腰を打ちつける。
「何してるの?」
打った腰を摩っていると一部始終を見守っていた紅柘榴が可笑しそうに笑っていた。
ばつが悪いところを見られ、赤面する顔を隠しながら起き上がろうとする。しかし、それすらもままならず重心が揺らぎ、蹌踉めく。
「まだ寝ていたほうがいいよ」
「身体が鈍っているだけだ。本来なら登れるんだ」
情けないところを見られた。それ以前にも醜態さらした姿しか見せていないのだが、それでも意地を貼りたかった。熱で魘されているだけではないのだと印象づけたかったのだ。
「本当に?」
紅柘榴は疑いの目で俺の見栄を見透かす。
「あのな、俺は傷を負ってあそこの塀を越えてきたんだぞ」
人食い塀に指を差す。紅柘榴は不満そうに口を尖らせた。
「そこは覚えているのね」
意味ありげなことを言う。紅柘榴が言っているのは俺が熱と悪夢に魘されていた時のことだろう。俺はその三日間のことを全く覚えていない。
一体何があったのだろうか。醜態晒したような言動でもしたのだろうか。気になるが聞けない。そんなどうしようもないもどかしさが落ち着かず、首裏を掻いていると紅柘榴は持っていた桶を俺に差し出す。
「身体を動かしたいなら手伝ってくれる?」
さっきまで機嫌が悪そうに口を尖らせていたのに。転々とする紅柘榴の表情は自信ありげだった。俺が断らないのだと疑っていないようだ。
一方で俺は水が溜まった桶の中の雑巾を一瞥して紅柘榴を見る。彼女が求めているものがわからない。
「床を磨いて欲しいな」
「磨く?」
「そう、汚れる前に綺麗にして欲しいの」
「どうやって?」
「雑巾と水で」
しっくりこない。そもそも床は磨くものなのか?
「もしかしてやったことない?」
この問答で察したらしい紅柘榴はまた表情を変えては驚愕をありありと表す。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる