糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
220 / 644
3章 死神が誘う遊園地

瑠璃、幼少期 3

しおりを挟む
   「留守番もろくにできない。俺の邪魔ばかり、だから反対したんだ。中絶させるべきだった」
   閉ざされた子供部屋のドア向こうから父のくぐもった声がする。難しい事はわからないけれど、父がまたあたしの悪口を言っているのだと察する。
   「まだ5歳なのよ、大目に見てあげて」
   「俺が1番気に入らないのはエマ、君だよ。あれが生まれてから俺にかまってくれない」
   「バカね、何も変わっていない。愛してるわ」
    母があたしに言う「愛してる」と父に言う「愛してる」は少し違う。ほんの少しの差で、区別のつけ方も言葉では表しにくいけれど、父への「愛してる」は甘えてくる猫の鳴き声に似ている。
   ママはどうしてパパを好きになったのかな?
   夢に落ちる寸前、あたしはそんなことを考えていた。
   父がいなければ夜1人で留守番しなくていいし、睨まれなくてもいい。あたしには母からの「愛してる」それだけあればいい。
   その日の夜も母と楽しくお茶会をする夢を見た。


   あたしは友達の作り方を知らない。母があたしに友達を作らせなかった。
   一度だけ同じ歳の女の子の家に招待されたことがあった。
   あたしがいつも1人遊びをしていたからその子にとって興味深い変わり者として見られていた。話かけてみれば気があったのでうちに来ないかと誘われたのだ。
   それが初めての友達かどうかは判断できない。覚えているのは胸がときめいて心が踊ったこと。
   誘われたのが嬉しくて嬉しくて、そのことをそのまま母に伝えた。母は、私とは真逆の、辛く苦しそうに顔を歪ませ、泣き出した。
   「なんで他の子のとこに行くの!私には瑠璃しかないのに!」
   突然の号泣、怒声。舞い上がって喜んで伝えたのに母はなぜかあたしを責め立てる。
   「見捨てないで!私といて!」
   思い返していれば、母は仕事というものはしていない。
   父は仕事があるから家にいない。
   家にはいつも母がいて、どこか出かける時も母がいた。母にはあたししかいないからあたしの傍に母がいたんだ。
   幼くも母の怒りを悟る。当時のあたしは異常とも言えるその豹変さを疑問に思わなかった。
 「ママには私が必要」という使命感が生まれて、母を見捨てようとした罪悪感で胸が痛んだ。
   「ママには瑠璃しかいない。瑠璃にはママしかいないの」
   母があたしを抱きしめてそう聞かせた。
   結局、誘ってくれた子の家にはいかなかった。母にはあたししかいないのならあたしには母だけいればいい。
   5歳の子供の根幹に根強く残った思念。それが他人と距離を置く原因となった。
   習い事には通っていた。料理、裁縫、水泳。どれも母がピッタリついてきて見守っていた。
   教育熱心な母は家事を徹底して教えてくれた。洗濯機の回し方、皿洗い。自主的に手伝いをするとたくさん褒めてくれて、たくさんの「愛してる」を貰った。
   たくさん褒めて欲しくて、たくさん「愛してる」が欲しくて、ますます家事を手伝うようになった。そうして、8歳の頃には全ての家事ができるようになっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...