糸と蜘蛛

犬若丸

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3章 死神が誘う遊園地

瑠璃、幼少期 15

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   ドライブは3日間続いた。
   あたしが男の子の服を着てからは外の空気を吸える回数が多くなった。それでも自由とは言えない。
   外に出る時は母に言わないといけなかったし、その時も母はぴったりとあたしについてきて傍から離れようとしなかった。
   あたしとしてはそれでもよかった。 母と2人きりになれるのだから。
   母は違っていたようで、うろちょろと目線を泳がせては周囲に人はいないかと探している。通行人とすれ違うとあたしの帽子を深く被らせ、母は顔を俯かせる。周囲の目を恐れていた。
   小さな物音でもビクビクと怯えるものだから母が哀れになって、外に出たいと我儘を言うのはやめた。
   ワゴン車は通りの少ない砂利道を選んで進んでいた。そこは山道といっても違いは無い。鬱蒼とした雑木林に角度が急な斜面が道端にある。
   車は誰も訪れない道に停車する。今日はここにで寝泊まりするそうだ。
   あたしが起きていると都合が悪い母は手早くを寝かしつけようとしていたが、私はこの3日間ですっかり不眠症になってしまった。
   ひたすらに揺られるだけの3日間を過ごし、食事は水とおにぎり、パンぐらいしか口に入れていない。何もできない。息の詰まるドライブに疲弊しても眠れない。
   ストレスと疲れがあっても泣き言はしないと口を閉ざして、母の指示に従った。母に嫌われたくない。あたしの精神はそれだけに消耗していた。
   母が早く寝るよう言いつけたのなら、眠くなくても、寝れなくても、寝なくてはいけないのだ。
   運転席側に背を向けて、臭いが染み付いたシーツの上で身体を丸める。車内のラジオと夜の雨がうるさくて、余計に眠れない。
   ラジオのニュースは日が経つにつれてワードが増えていく。それは暴かれた真実の数であった。その中の最も重要となるワードが流れた。
   電子系大学院生の逮捕。濡れ衣。白いワゴン車。
   「バレてるじゃねぇか!」
   彰はハンドルを叩き、地団駄場を踏む。
   「瑠璃が寝てる」
   突然に怒鳴った彰に母は小声で窘める。私が狸寝入りしていることに気付いていない。
   「こいつがいなけりゃ計画はうまくいっていた!」
   「身元がバレたわけじゃない」
   彰が深く呼吸を繰り返し、荒らげる感情を鎮める。
   ニュース番組が切り替わり、ラジオは哀愁を歌う音楽を奏でる。しっとりとしたメロディーは静寂の雨に合う気がする。
   「ガキを置いて行こう」
   彰は心を落ちつかせて言う。
   「山の斜面に落とそう。死ぬような高さじゃないが、こんなに冷たい雨だ。誰にも見つからずに済む」
   「殺すつもり?」
   「言ってじゃないか。全てを捨てると。なのにお前は娘を連れてきてる。今ここで全てを捨てる時なんだ」
   「そんなの」
   「なんだよ、できないってか」
   彰の口調が荒くなってきた。
   「あんたは何だって利用する性質たちだ。不用になったら捨てる。夫も俺だってそうだ。なのになのに!自分の娘だけ!連れて行くだと!」
   「お願い、落ち着いて。そんなこと言ってない」
   母がたじろいでいるのがわかった。あたしは両手を握り、会話を聞き続けていた。緊張で汗が湧く。手がぬめる。
   「俺は!エマのために何でもした!この金だって!あんたの為だ!」
   「それは」
   「なんだよ!言ってみろや!俺はガキを落とすからな!」
   より一層、身体が強張る。丸まっていた背が更に小さくなり、両足を深く折り畳む。ほんの小さな動作だったのにシーツと衣服が擦れる音が静寂の車にうるさく響いた。
   母と彰が同時に振り返って、後部座席に眠る子供を見つめる。あたしは一定の呼吸を繰り返して、狸寝入りを装う。
   嘘の寝息に騙された2人は再び前を向く。
   母が彰の手を握ると宥めるように手の甲を摩る。
   「あなたを捨てるなんて思ってないわ。するはずないじゃない」
  怒鳴った彰にたじろぐ母は消えていた。甘い声色で優しい手つきで光を説得する。
   「子供は後で役に立つ。そうでしょう?」
   まるで媚びるような生々しい声。
   これはママじゃない。
   「私はあなたを見捨てない」
   これはママの本心じゃない。
   強く願った。雨音が異常にうるさく聞こえた。
   「愛してるわ」
   あたしにくれる「愛してる」とは全くの別物だった。男に囁いたその言葉は体液で汚れていた。
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