糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
235 / 644
3章 死神が誘う遊園地

瑠璃、幼少期 18

しおりを挟む
   母の力強く、それでいて乱暴な手に引かれて連れてこられたのは押し入れだった。投げるような仕草であたしを閉じ込める。
   「ママ!ママ!」
   突然訪れた暗闇から逃げようと襖を叩き、母を呼ぶ。それは痛みを伴った悲鳴だった。
   「黙りなさい!」
   娘の悲鳴を母は叱責した。これが初めて聞く母の叱責だった。暗闇の中で響き、耳の中で谺する。
   「言うことを聞くって約束だったじゃない!なんでいい子にできないの!」
   それは、母と一緒にいたかったからだ。あたしには母しかいない。
   「ママァ」
   「喋るな!あんたさえいなければ!」
   私の心中を伝える間もなかった。荒らげた口調整えて、母は静かに命じる。
   「いいと言うまで中になさい。絶対にてないで」
   私は困惑し、大声すら出すのを忘れていた。止まらなかったのは涙だけで暗い静寂に雫が音もなく流れた。
   私が母についてきたのは母の隣にいたかったからだ。家を出発する際、今生の別れだと悟った。それだけは避けたかった。だから、母についていくと決めた。母の言う通りに従って、息苦しくなった生活にも泣き言は言わなかった。
   あたしが泣き出したのは母が殴られたからだ。
   恐怖で思考が止まった母の顔の赤く腫れた頬が痛々しく、痛みがあたしにまで伝わった。この涙は母の為の涙だった。
   なのに、なのに、母はあたしを責めた。
   “あんたさえいなければ”
   静寂の中で母の叱責が谺する。
   途方に暮れて、泣き疲れて、気が付けば深い眠りについていた。閉じ込められた押し入れの中で一晩過ごした。
   目蓋を閉じても開けても暗闇は変わらずに押入れの気温は朝晩と変わりなく寒いまま。
   暗闇に再び響いたのは母と彰の怒声だった。
   「だから言ったんだ!」
   「全部私のせいって言いたいの?違うでしょ!あなたが!」
   「原因はお前だよ!こんな計画に持ちかけて来なければ!」
   「その計画に乗ったのがあなたじゃない!」
   交互に交わされる2人の怒声。私は固唾を呑んで口論の結末を見守る。
   「待て!どこ行く!」
   ボロい床を足で踏みつけるたびにその振動がこちらにまで伝わってくる。怒りに任せた歩調が母のものであると押入れれにいたあたしは気付けなかった。
   「もうおしまい!あなたとの関係も!計画も!」
   「お金は置いていけ!」
   「これは私の計画よ!私が持つ権利がある!」
   「ふざけんな!」
   「放して!」
   途端、母の口調が急に萎えた。
   「待って、やめてよ。私が悪かったわ」
   「猫被るんじゃねぇ。捨てようとしたくせに」
   彰も張り詰めた声色に震えがあった。
   「頭に血が上っていたのよ。本当にごめんなさい。愛してるわ」
   「今更そんなもん信じるか!」
   大きな、とても強い地震が起きた。それは自然現象ではなく、2人の地団駄に似た震動だった。
   いや、やめて、と抵抗する母と息を荒らげる彰。押し入れの中で読み取れる情報はそれだけだった。
   争い、抵抗している。壁にぶつかり、物を蹴る。そして、ドン、と1番大きい震動が伝わって止まった。足踏みとかではなく、全身の体重が畳の上に落ちる重いものだった。
   暗闇の静寂に雨音が戻ってきた。沈黙が続いていたから2人の争いは終わったのだろう。
   あたしは悩んだ結果、押入れから出ることにした。ひと晩いたせいで外の光は眩しく思えた。
   なるべく足音を立てないように、静かに気配を消すように、隣の部屋へと歩く。
   部屋を区切る襖は開けられていた。そこに近づいていくとその部屋に起きた現状があたしの目に飛び込む。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...