糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
252 / 644
3章 死神が誘う遊園地

夏と夢と信仰と補習 1

しおりを挟む
   さえりは11時丁度に訪れた。卓上に出された硝子の湯飲みを手に持ち、冷たい茶を1口だけ飲む。
   真夏の中を歩いてきたというのにさえりの額には汗すらない。彼女は魂だけでなく、体内までも溶けない氷でできているのではないかと勘違いしてしまいそうだ。
   「珍しいですね。家に上げるなんて」
   「話をしたかったの。まずはこれ」
   瑠璃は成績表と補習の予定表を渡す。さえりは用紙を確認する。
   「こんなに高低差のある成績表は見かけませんね」
   壊滅的な文系と優秀な理系に嫌味が篭った感想を述べる。
   「うるさいわね。もういいじゃない」
   瑠璃は不貞腐れて茶を啜る。これに関しては実力不足の結果である。強くは言えなかった。
   「それで話とは?いつものカフェでは言えないものですよね」
   さえりから話を切り出す。
   「昨日のことが気になっていたの」
   「聞いてどうするんです?瑠璃は身内に無関心を決めている」
   「記者に問いだされたり、いきなりフランス滞在を勧めたらあたしだってただ事じゃないって思うわよ」
   さえりの口が重く閉じる。彼女にとって重大な秘密事項のようだ。
   「いいじゃない。さえりとあたししかいないんだから」
   よくまぁ、自然と嘘が吐ける。
   カンダタは関心する。いない、そう言えばいないのだ。カンダタは亡霊であり、まさか亡霊が堂々と盗んで聞きしているとは想像もつかないだろう。
   「5月の頃でしょうか」
   2人きりだと安心したさえりが重い口を開く。
   「社長が夢楽土会という怪しげな教団に入信したみたいなんです」
   「みたい、ていうのは?」
   「詳しく話してくれません。気付いたのは社長のスケジュールに妙な空欄が増えたのと教団が配っているらしいサプリを偶然見つけたからです」
   氷ような女が項垂れている。そこにあったのは明らかな憂いだった。
   「サプリ?薬じゃなくて?」
   「薬とは?」
   「そういう噂を聞いたのよ」 
   「あれはサプリメントです。快眠効果があると」
  瑠璃はなるほどね、と納得するがカンダタにはさっぱりだ。 
   「それで?口が重くなるのは週刊誌の餌食にされるから?」
   首を横に振るとさえりは冷たい茶を飲む。社長秘書の肩書をもらった彼女でさえ、言葉を選ぶのに時間をかけている。事態は深刻らしい。
   「多少、強引な勧誘ならまだよかったんです。しかし、最近の自殺率を知っていますか?この地域限定の話ですが」
   瑠璃は首を振る。把握しているわけがない。
   「自殺者のほとんどが夢楽土会の会員です。だというのに会員たちは退会する気配がない。むしろ、依存するようにサプリを求めている」
   「サプリを?会員は寝不足なわけ?」
   「そこまでは知りません。調べた限りでは夢楽土会が配っているのはただのサプリメントと言うことです。成分も表記通りのものしか入っていない。ドラックでも医薬品でもない」
   わざわざ調べたという。それほどまでに危機感があったいうことだ。だからといって上司である瑠璃の父には何一つ報告はしていないようだ。
   瑠璃は以前、さえりは父に惚れていると言っていた。そうだとしたら、社長の肩を持つものだ。
   しかし、彼女からはそうした素振りがない。今もこの話を瑠璃にすれば警察に密告される可能性も考慮しているはずだ。
   「警察も水面下で動いているみたいですが確証がない」
   「配っているのが無害なサプリだもんね。けれど、夢楽土会の会員が自殺しているのは事実。ついには週刊誌の記者までも嗅ぎつけてきた」
   瑠璃の推測にさえりが頷く。
   「メディアに取り上げられるのは時間の問題です。瑠璃の身元を報道しようとする輩もいる。6年前の事件も掘り返しされるでしょう。そうなる前にフランスで身を隠してほしいんです」
   嫌われているとは瑠璃の間違った先入観だと気付く。さえりは瑠璃の身を案じているのだ。
   「本当なら移住してほしいんですが」
   さえりは話を続けようとしたが、声を詰まらせる。目を泳がせて反応を伺う。彼女は自分の気持ちを伝えるのが苦手なようだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...