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3章 死神が誘う遊園地
ミラーハウス 6
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鏡はカンダタを写さない。生前にカンダタを苦しませてきた者たちが影となって後をついてく。
鏡には触れたくなかった。カンダタが忌み嫌う影に接触するような心持ちになり、触れた指先から腐っていく気がした。
迷路の奥へと進むほど分岐点が増えていく。瑠璃は「右、右、左」と選択した道を忘れまいと躍起になっている。そこまで集中していたのは鏡を意識しない工夫だった。
カンダタも歩いた道を元に迷路の地図を構成していく。そうすることで向き合わずに済む。
「誰が一番高い声をあげれるか」鏡が語りかけてきた言葉は切り捨てようとしても貼り付き、落とせなかった粘着質な影そのものだ。それがカンダタの足を止めさせた。呼吸が乱れ、荒波に飲まれそうになる。
「止まらないで」
張りつめた瑠璃の声。怒気が混ざりつつも静かで力強い声だった。
「わかってる」
対してカンダタは震えた声色をしていた。
聞いてはいけない、見てはいけない。迷路の構図を作るのだ。それだけに集中する。
言い聞かせても、一度切れた集中はなかなか取り戻せない。近くにカンダタを浸蝕する影がいるなら尚更のことだ。折角、作り上げた迷路の地図も穴が開き始めている。
気が付けば瑠璃の呟きがなくなっている。鏡の残像が何か語りかけたのだろう。瑠璃の集中はなくなっていた。
「カンダタ、覚えてる?」
それでも、問いかけた声は覇気を失っていなかった。
「覚えている部分もあるが、自信はないな」
「こんなところで迷子はごめんよ」
気をとり直そうと迷路の地図作りに集中しようとする。
それを妨げるようにミラーハウスが揺れる。地震が起きたのだ。
予想もしていなかった事態にカンダタと瑠璃は体勢を崩す。瑠璃は床に膝をつき、カンダタは鏡に手をつける。
どろりとした感触が指先から伝わった。残像の声色と吐息がカンダタの手を捉え、浸蝕を始め、身体を腐らせる。背筋に感じる悪寒に冷や汗が湧く。
静寂なんてものはどこにもない。残像が囁き、心臓の音が騒ぐ。
「カンダタ?」
影に覆われそうになっていたところで我に返る。
忘れかけていた地図を構築させ、代わりに悪寒の感覚を忘れようとする。
「大丈夫だ」
「本当に?」
返ってきた声色は高く、不気味だった。明らかに瑠璃のものではない。
触れている鏡のほうへと視線を向ける。カンダタの手を合わせ、微笑を携えていたのは紅柘榴だった。
嘘か現実か。紅柘榴がいる。混迷した頭は判断を怠った。
その僅かな間、鏡の虚像は物理の法則を越え、カンダタの手首をしっかりと捕まえる。
紅柘榴が何かを呟いた。言葉が聞き取れず、混迷し停止するカンダタ。掴まれた手を振り払おうともしなかった。
停止した脳が回復する前にカンダタは鏡の中へと引きずれえていった。
鏡の紅柘榴は後ろ首に手を回し、自らの身体へとカンダタを引き寄せる。久々に触れる彼女の手、艶やかな髪。頭が理解するより目前の彼女を抱きしめたい衝動にかられる。だが、彼女には春の匂いはしなかった。
瑠璃は引き込まれるカンダタに手を伸ばしていたが、間に合わなかった。自分も鏡の中へ入ろうとするも鏡は瑠璃を拒絶する。
カンダタを引き込んだ鏡は瑠璃にとっては障害物で、ただの壁でしかなかった。
すり抜けた壁の向こうでカンダタは不本意にも彼女を押し倒すような形で四つん這いになっていた。
隔てる壁を取り除こうと瑠璃は体当たりしてみるもそれで事が解決するはずがない。見渡しても鏡を砕いてくれる鈍器はない。
瑠璃の目に入ったのはハクだった。
「ハク、カンダタを連れ戻しに行ける?」
ハクならこの障害物をすり抜けていける。しかし、尋ねられたハクは身体を震わせ身を退く。ハクは何かに怯え、瑠璃の声すらも届いていなかった。
早々に諦めた瑠璃は壁を叩き、カンダタを呼ぶ。その声も本人には届いていなかった。
鏡には触れたくなかった。カンダタが忌み嫌う影に接触するような心持ちになり、触れた指先から腐っていく気がした。
迷路の奥へと進むほど分岐点が増えていく。瑠璃は「右、右、左」と選択した道を忘れまいと躍起になっている。そこまで集中していたのは鏡を意識しない工夫だった。
カンダタも歩いた道を元に迷路の地図を構成していく。そうすることで向き合わずに済む。
「誰が一番高い声をあげれるか」鏡が語りかけてきた言葉は切り捨てようとしても貼り付き、落とせなかった粘着質な影そのものだ。それがカンダタの足を止めさせた。呼吸が乱れ、荒波に飲まれそうになる。
「止まらないで」
張りつめた瑠璃の声。怒気が混ざりつつも静かで力強い声だった。
「わかってる」
対してカンダタは震えた声色をしていた。
聞いてはいけない、見てはいけない。迷路の構図を作るのだ。それだけに集中する。
言い聞かせても、一度切れた集中はなかなか取り戻せない。近くにカンダタを浸蝕する影がいるなら尚更のことだ。折角、作り上げた迷路の地図も穴が開き始めている。
気が付けば瑠璃の呟きがなくなっている。鏡の残像が何か語りかけたのだろう。瑠璃の集中はなくなっていた。
「カンダタ、覚えてる?」
それでも、問いかけた声は覇気を失っていなかった。
「覚えている部分もあるが、自信はないな」
「こんなところで迷子はごめんよ」
気をとり直そうと迷路の地図作りに集中しようとする。
それを妨げるようにミラーハウスが揺れる。地震が起きたのだ。
予想もしていなかった事態にカンダタと瑠璃は体勢を崩す。瑠璃は床に膝をつき、カンダタは鏡に手をつける。
どろりとした感触が指先から伝わった。残像の声色と吐息がカンダタの手を捉え、浸蝕を始め、身体を腐らせる。背筋に感じる悪寒に冷や汗が湧く。
静寂なんてものはどこにもない。残像が囁き、心臓の音が騒ぐ。
「カンダタ?」
影に覆われそうになっていたところで我に返る。
忘れかけていた地図を構築させ、代わりに悪寒の感覚を忘れようとする。
「大丈夫だ」
「本当に?」
返ってきた声色は高く、不気味だった。明らかに瑠璃のものではない。
触れている鏡のほうへと視線を向ける。カンダタの手を合わせ、微笑を携えていたのは紅柘榴だった。
嘘か現実か。紅柘榴がいる。混迷した頭は判断を怠った。
その僅かな間、鏡の虚像は物理の法則を越え、カンダタの手首をしっかりと捕まえる。
紅柘榴が何かを呟いた。言葉が聞き取れず、混迷し停止するカンダタ。掴まれた手を振り払おうともしなかった。
停止した脳が回復する前にカンダタは鏡の中へと引きずれえていった。
鏡の紅柘榴は後ろ首に手を回し、自らの身体へとカンダタを引き寄せる。久々に触れる彼女の手、艶やかな髪。頭が理解するより目前の彼女を抱きしめたい衝動にかられる。だが、彼女には春の匂いはしなかった。
瑠璃は引き込まれるカンダタに手を伸ばしていたが、間に合わなかった。自分も鏡の中へ入ろうとするも鏡は瑠璃を拒絶する。
カンダタを引き込んだ鏡は瑠璃にとっては障害物で、ただの壁でしかなかった。
すり抜けた壁の向こうでカンダタは不本意にも彼女を押し倒すような形で四つん這いになっていた。
隔てる壁を取り除こうと瑠璃は体当たりしてみるもそれで事が解決するはずがない。見渡しても鏡を砕いてくれる鈍器はない。
瑠璃の目に入ったのはハクだった。
「ハク、カンダタを連れ戻しに行ける?」
ハクならこの障害物をすり抜けていける。しかし、尋ねられたハクは身体を震わせ身を退く。ハクは何かに怯え、瑠璃の声すらも届いていなかった。
早々に諦めた瑠璃は壁を叩き、カンダタを呼ぶ。その声も本人には届いていなかった。
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