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3章 死神が誘う遊園地
夢みる幸福 6
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静寂が孤独を押し付ける。暗闇でカンダタは甘い記憶を蘇らせていた。
あれは夏虫が囁き合う月夜のことだった。
「今が幸せなんだよな」
「いきなりどうしたの?」
カンダタが不満そうに呟いたので紅柘榴は可笑しそうに返した。
彼女も同じ幸福に包まれていた。カンダタの胸に耳をあて、心臓の音を聞く。彼女曰く、心音は生きている証であり、それを聞いていると安心するのだと言う。
カンダタも濡烏色の髪に鼻を埋めた。汗と春の匂いがした。
紅柘榴が腕の中にいる。それだけでいいと思えた。
カンダタの人生は傷だらけだ。幸福なひと時は泡沫となって消える。もしかしたら心音を聞いている紅柘榴も次の瞬間にはいなくなっているかもしれない。
いずれ失ってしまうのではあればこれ以上幸福を望まないほうがいいのかもしれない。
「欲しいものでもあるの?」
紅柘榴が顔を上げ、両手でカンダタの頬を包む。カンダタは「家族」と静かに告げた。
母親を置いて逃げた日からカンダタを責めていたのは罪悪感だけではなかった。母と子が手を繋ぎ、父に抱き上げられる光景を目にする度に汚い子供は嫉妬に苛まれる。
母親を見捨てたのはカンダタであるのにそれを欲しがる浅はかな羨望。
それを求めて手にしまえば失う代償は増えるだけである。もしかしたら、また見捨ててしまうかもしれない。
「なんでもない。忘れてくれ」
ならば、望まないのが賢明だ。紅柘榴が腕の中にいる。それで良いのだと弱々しく笑う。
紅柘榴はカンダタの首に腕を回す。顔が彼女の胸に沈み紅柘榴の心音が伝わってくる。紅柘榴が耳元でカンダタの名を呼んだ。
「私だと叶えてやれない」
はち切れそうな悲壮に満ちた声色だった。伝わる心音にも同じ音色があった。
それをより明確に聞こうと紅柘榴の胸に耳をあてる。確かにこの音とは安らぎをもたらす。例え、痛みで嘆く鼓動だったとしても、それが聞こえればそれだけでいい。
「べにがいてくれればそれだけで良い。何もいらないんだ」
カンダタは弱々しく笑い、紅柘榴は儚く笑った。
甘くて悲しい記憶から意識を掬い、現実に戻る。
カンダタに嵌められた足枷は椅子に固定され、手枷から垂れる鎖の音が暗闇の中で響く。
記憶の中には紅柘榴がいる。だが、現実に戻ると抱きしめる人はいない。カンダタは持て余した両手で顔を覆い、孤独を押しつける静寂から目を背ける。
暗闇で唯一、照らしていたのは頭上の電球で丸く描いた光の円の中心にカンダタはいた。
目覚めたら椅子に縛られていた。椅子の隣には作業台が設置されており、工具類や鉗子などの医療器具が並べてあった。
目覚める前の出来事は断片的だが、覚えている。
紅柘榴に似た人形が襲い、カンダタが怒った。激情に呼応した黒蝶が怪物に変貌させた。衝動に呑まれた理性。鏡に映る醜い自分の姿。
本能のままに涎は滴り、血走った赤目が蛍光灯に反射して光る。蜘蛛の脚が背中の皮を引き裂き、求めるまま血肉を欲する。
瑠璃はあんなものが隣にいて平気でいられるのか。自分自身さえ悍ましい。
あれは夏虫が囁き合う月夜のことだった。
「今が幸せなんだよな」
「いきなりどうしたの?」
カンダタが不満そうに呟いたので紅柘榴は可笑しそうに返した。
彼女も同じ幸福に包まれていた。カンダタの胸に耳をあて、心臓の音を聞く。彼女曰く、心音は生きている証であり、それを聞いていると安心するのだと言う。
カンダタも濡烏色の髪に鼻を埋めた。汗と春の匂いがした。
紅柘榴が腕の中にいる。それだけでいいと思えた。
カンダタの人生は傷だらけだ。幸福なひと時は泡沫となって消える。もしかしたら心音を聞いている紅柘榴も次の瞬間にはいなくなっているかもしれない。
いずれ失ってしまうのではあればこれ以上幸福を望まないほうがいいのかもしれない。
「欲しいものでもあるの?」
紅柘榴が顔を上げ、両手でカンダタの頬を包む。カンダタは「家族」と静かに告げた。
母親を置いて逃げた日からカンダタを責めていたのは罪悪感だけではなかった。母と子が手を繋ぎ、父に抱き上げられる光景を目にする度に汚い子供は嫉妬に苛まれる。
母親を見捨てたのはカンダタであるのにそれを欲しがる浅はかな羨望。
それを求めて手にしまえば失う代償は増えるだけである。もしかしたら、また見捨ててしまうかもしれない。
「なんでもない。忘れてくれ」
ならば、望まないのが賢明だ。紅柘榴が腕の中にいる。それで良いのだと弱々しく笑う。
紅柘榴はカンダタの首に腕を回す。顔が彼女の胸に沈み紅柘榴の心音が伝わってくる。紅柘榴が耳元でカンダタの名を呼んだ。
「私だと叶えてやれない」
はち切れそうな悲壮に満ちた声色だった。伝わる心音にも同じ音色があった。
それをより明確に聞こうと紅柘榴の胸に耳をあてる。確かにこの音とは安らぎをもたらす。例え、痛みで嘆く鼓動だったとしても、それが聞こえればそれだけでいい。
「べにがいてくれればそれだけで良い。何もいらないんだ」
カンダタは弱々しく笑い、紅柘榴は儚く笑った。
甘くて悲しい記憶から意識を掬い、現実に戻る。
カンダタに嵌められた足枷は椅子に固定され、手枷から垂れる鎖の音が暗闇の中で響く。
記憶の中には紅柘榴がいる。だが、現実に戻ると抱きしめる人はいない。カンダタは持て余した両手で顔を覆い、孤独を押しつける静寂から目を背ける。
暗闇で唯一、照らしていたのは頭上の電球で丸く描いた光の円の中心にカンダタはいた。
目覚めたら椅子に縛られていた。椅子の隣には作業台が設置されており、工具類や鉗子などの医療器具が並べてあった。
目覚める前の出来事は断片的だが、覚えている。
紅柘榴に似た人形が襲い、カンダタが怒った。激情に呼応した黒蝶が怪物に変貌させた。衝動に呑まれた理性。鏡に映る醜い自分の姿。
本能のままに涎は滴り、血走った赤目が蛍光灯に反射して光る。蜘蛛の脚が背中の皮を引き裂き、求めるまま血肉を欲する。
瑠璃はあんなものが隣にいて平気でいられるのか。自分自身さえ悍ましい。
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