糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

夏と秋の狭間で 5

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 そうまでしてついてきたと言うのに病院には入れない。
 ならば、ついてこないほうがよかったのではないか。
 ケイの目的は別にある。
 こちらを見上げてくる黒猫の瞳は値踏みしているそれと同じもので、カンダタは堪らず目を逸らす。
 「なら行こうか」
 ケイの目線から逃げるようにカンダタは病院に入る。
 桐  首が光弥に渡した紙には病院の住所と病室の番号、名前が書いてあった。その内容を聞いてみたが、光弥は頑なに教えようとしない。
 階段を上り、渡り廊下を越える。どこからか赤子の泣き声が聞こえてくる。
 なぜかその声を無視できなかったカンダタは光弥から離れ、泣き声がする病室に入る。
 日差しの暖かさに包まれた病室に泣く赤子を抱えながら慌てふためく父になったばかりの男性と寝台に寝そべって見守る母になったばかりの女性がいた。
 死に近い場所にある病院で赤子は必死に生きようと泣き続け、2人の親はその声に困ったり、喜んだりしている。
 病院は人体の部位によって専門が分かれているらしい。カンダタが踏み入れたこの棟はこういったものを得意としているようだ。
 患者も看護師も表情が明るい。新しい命を讃える笑顔だ。
 出産を祝うその空気がカンダタをその場に留まらせた。その空気になじめないまま、死者であるカンダタは棟の中を彷徨い歩く。
 彷徨っているうちに空気が重くなった。先程までの生きる喜びといったものはなく、これは死に近い空気だ。
 重い空気の廊下に2人の男女がいた。寄り添っているので若い夫婦だと察する。
 夫婦が見据えているのはガラス窓であり、その中には透明な籠。中に収まっていたのは泣くのでさえできない赤子だった。
 透明な籠は映画で見たことがある。生命維持装置というものだ。それが赤子に繋がっている。生まれて日も浅い赤子は自力で呼吸すらできない。そのための装置だ。
 妻は「自分のせいだ」と自責の言葉を吐き続け、夫はそれを慰めては「あの子は強い子だ」と希望を持たせようとする。
 夫婦にとっても子にとっても、1日1日が辛いものだ。それこそ地獄のような日々だ。
 科学・医学はカンダタが生きていた頃よりもかなり発達している。これほど進んだ現代でさえ、小さな命を救うのは困難のようだ。
 カンダタは夫婦に背を向ける。
 あの夫婦と同じように心が痛むのはカンダタが同じものを手に入れようとしていたからだ。
 心が痛むその先にいるのはやはり紅柘榴だ。幸せそうに赤子を抱く想像を幾度も繰り返していたからだ。
るものが多ければ失うものも多い。それが生前で学んだことだとしても口に出せるほど冷酷にはなれない。
 「どこ行ってたんだよ」
 呆然として歩くカンダタの前に光弥が現れた。探しに来ていた。
 「悪い。色々見たくなって」
 心中を悟られないように頭を切り替え、笑みを作る。その笑みはどこか引きつっている。
 光弥はそこに触れなかった。もともと他人の心情には興味を持たない性質だ。
 「病室をつけた。こっちだ」
 光弥について歩き、暫くして目的の病室に着いた。扉の横にある名札には「菅井  光すがい ひかる」と表示されている。
 桐  首は「弥の罪がある」と光弥に告げていたらしい。「光」と「光弥」2つの名前に因果関係に似たものを結んでしまう。
 「俺が先に行こうか?」
 病室に入ろうとしない光弥にカンダタは静かに言う。
 「いや、いい」
 短い返事をした光弥は僅かに震えていた。光弥がゆっくりとした歩調で病室に入り、カンダタもそれに合わせて後を歩く。
 人と機械が管で繋がっていた。形状は違うが、あれも生命維持装置というものだ。
 管に繋がっては少年だった。二度と目が覚めないのではないかと思わせるような死人の寝顔をしている。彼がまだ生きていると知らせているのは人工呼吸からのか細い吐息だけだ。
 少年の年齢はおよそ13、14歳だろう。幼い顔立ちをしているが、光弥と同じ顔をしている。
 カンダタは呆然とする青年の光弥と機械に繋がれた少年の光弥を比べて困惑する。
 これが何を示しているのかカンダタにはわからない。しかし、呆然としていた光弥は「そうか」と悟ったように呟いた。
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