糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

カンダタ、生前 幸せな夢 1

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 緑葉の色が抜けた枯葉が風の悪戯でもげる。枝から離れた枯葉はゆらゆらと宙を漂い、緩やかに降下していった。
 「落ちた」
 その様を紅柘榴が珍しそうに眺めている。
 「そんなに珍しいか?」
 俺がおかしく笑っていると紅柘榴が拗ねたように頬を膨らませた。
 「どうせ世間知らずよ」
 紅柘榴が紅葉の風景を眺めてからかなりの時間が経過した。彼女にとって人食い塀の外は初めてのものが多い。秋の枯葉もその一つだ。
 奇妙な人食い塀には季節が関係なく、多種多様な花々が咲き乱れている。春と夏の入り混じった風景が年中続く庭に枯れる季節は存在しない。
 枯れ葉の渇きも朱染めされた季節も普遍的に流れる背景の一つでしかないのに紅柘榴はそれを飽きずに見ている。
 そうした彼女の真剣な眼差しはいつまでも見ていられるが、互いに見惚れたままでは日が暮れてしまう。 
 「ほら、行こう」
 俺が促すと紅柘榴は立ち上がり、駆け足で傍に寄ってくる。
 落ち葉の敷布を踏むたびにかさりくしゃり、と音を鳴らす。それすらも楽しげに紅柘榴は足を弾ませながら歩く。
 俺はその様子を隣で眺めながら細笑んだ。
 一言誘えば、紅柘榴は塀の外に出てくれるようになっていた。問題はその後だ。
 日没が近づくにつれ、塀の中に戻りたくなってくるようだ。夜が不安ではなく、塀の中が恋しいでもない。
 「戻らないと」紅柘榴はそう言うのだ。「帰りたい」ではない。使命感に似たその時の声色は恐怖で震えていた。
 人食い塀と紅柘榴には見えない鎖がある。
恐怖で作られた鎖だ。俺は解く方法を知らない。
 できるのは鎖が許す範囲で外に連れ出すことだけだ。
 「秋は川魚がうまいんだ。脂がのっていてさ」
 「また持ってきてくれるの?」
 「それも良いが、次は釣りでもしてみようか」
 「つり?」
 さりげない会話から次の外出の約束をする。
 「べににとっては退屈だろうな。じっとはしていられないお転婆だから」
 「やってみないとわからないわよ」
 意地を張った紅柘榴に俺は釣られたな、と
心の内で勝ち誇る。
 紅柘榴は世間知らずだ。それでいて意地張りだ。知らないものを引き合いに出せば次の約束も簡単にできる。
 「決まりだ」
 満足げに笑ったが、紅柘榴はどこか不服そうだ。俺の思惑通りにいったのが気に食わないのだろう。
 しかし、睨んだあとに見せた綻んだ表情は次の約束を楽しみにしている。
 外に対して消極的だった紅柘榴も次第に興味を示し始めている。
 こうして外出の回数を重ねていけばいずれ、彼女を縛る鎖が解けると信じていた。
 紅柘榴を町に連れて行くのも最初は苦労した。
 塀の外を歩いて暫くすると呼吸が絶えだえになり、まともに息が出来なくなった。急いで塀へと戻れば途端に呼吸も落ち着いた。
 その後は慣らすように塀の外壁を回ったり、異常に外を恐る紅柘榴に木々や町の説明をしたりした。
 普通に息ができるようになると町に出向いたりした。
 しかし、人目を恐れては歩みを止めて俺の背後に隠れしまう。震える手を慰めるように握ってやらないと怯え、また呼吸が苦しそうになる。
 まるで幼子のような散歩になってしまい、外を楽しむ余裕もなかった。
 あれから森や川に連れだして、人の少ない道を歩かせた。すれ違う旅人や農夫に軽い会釈もできるようになったので、今日は人前に連れて行こうと考えた。
 「手を握ろうか?」
 人を怖がるだろうと手を差し出す。
 「平気」
 首を振った紅柘榴に一抹の寂しさを覚えつつ、川沿いの道を歩く。
 慣れない風景に紅柘榴は緊張していた。俺はなるべく、柔らかな口調で案内する。
 少し歩いた先には港があり、市場が開くと人が集って賑わう、あそこの角を曲がった所にある茶屋は磯辺餅がうまい、などとたわいない話を間をおかずに喋る。
 そうすれば、紅柘榴が気にする人の視線を紛れるのではないかと考えた。紅柘榴も俺の話に耳を傾け、相槌をする。
 人の目ばかり気にする紅柘榴が別のものに意識を向けた。 
 「なんだか、いい匂いがする」
 人の目ばかり気にする紅柘榴が別のものに意識を向けた。
 「蒸し饅頭、だな」
 「まんじゅう」
 新しい言葉を覚えようと繰り返す。
 「買ってくる。待っててくれ」
 気になるのなら与えてやりたいと思ってしまう。
 何も知らない彼女だから初めてを知っていく彼女を見ていたい。
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