糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

カンダタ、生前 幸せな夢 3

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 初めて紅柘榴に会った時、俺に対しての恐れは見られなかった。なのに、塀の外に出た途端彼女が怯えるのはなぜか。
 その理由を話そうとしない。
 ほかにも彼女はいくつかの隠し事をしている。
 俺はほぼ毎日、人食い塀を訪れているが、会えないと紅柘榴から言われる。その日だけは絶対に来るな、と。
 なぜ会えないのか。一度だけ問い詰めたことがある。その時、紅柘榴はひどく激昂して俺の頬を打った。
 それほどまでに拒絶するものがある。彼女の隠し事は俺が触れていいものではないと打ち拉がれた。
 「今日は来ないで」と辛そうな顔で言われた。それを言われる度に頼りにされない俺の惨めさを彼女は知らない。いっそのこと、拐ってしまおうか。
 苛立ちながらも強い衝動を抑える。今はその時ではない。そう心に言い聞かせる。
 港の賑わいに耳を傾けながらの露店の品々を値踏みする。
 俺が港まで足を運んだのは町を往来する人の話を聞く為だ。盗賊の噂や少し離れた土地の治安を知りたかった。
 いずれは塀の外で暮らしたい。
 そのことを紅柘榴には話していない。まだ頭の中でぼんやりと浮かんでいるだけだ。
 現状維持でもいいではないか、と頭の片隅でもう一人の自分が囁く。
 確かに困っている事はない。人食い塀に行けば紅柘榴が迎えてくれる。土産を持ってくれば喜んでくれる。
 喜び、はしゃぐ笑顔とは裏腹に暗い影が彼女にはある。そうした表情を時折みかける。影の正体はわからない。話したがらない。だが、影を恐れているのは確かだ。
 その影が見えない鎖で紅柘榴を縛り、肌に食い込んでいる。
 その鎖を断ち切りたい。紅柘榴が怯えずに済む日常。俺が望んでいるのはそういうものだ。
 竹籠に積まれた柘榴の果実が目に入った。紅柘榴と同じ名前の果実。
 主人と思われる人物はいない。出かけているのだろう。辺りを気にしながらなんともない素振りで柘榴を懐に忍ばせた。
 これを紅柘榴の土産にする。
 次は旅籠屋の周りでも行ってみようか。
 俺が港から離れ、しばらくすると背後の視線が気になった。
 居酒屋いざけやの前で立ち止まり、迷う様子を見せながら視界の端で尾行する者を確認する。
 そいつはすぐ様、物陰に隠れる。一瞬でしか見えなかったが、帯刀していた。そして、左脚を引き摺っている。
 居酒屋から去る。
 俺は盗人であり、常に追われる側だ。紅柘榴に会う前は斬られたりもしたが、近頃は軽くくすねる程度で富豪に喧嘩を売るような盗みはしなくなったので追われる回数は減っていた。
 尾行されるのは久しぶりだ。
 わかりやすい尾行なので挟み撃ちにでもするつもりか。
 だが、奴一人しか現れない。ただ、尾けるのが下手なだけだ。
 尾行が下手で、左脚を引き摺っても相手は帯刀している。武力では敵わない。ならば、撒いてしまおう。
 角を曲がり、人気のない道を選ぶ。そこは行き止まりになっているが、屋根に登ればいいだけのこと。奴ではできないだろう。
 選んだ道の暗い影から手が伸ばされた。対応する間もなく襟首をつかまれ、納屋の壁に叩きつけられた。
 なぜ?
 叩きつけられた背中の痛みよりも疑問が浮かんだ。
 こいつは俺を尾行していた。幾度か背後を確認し、曲がる直前も確かにいた。
 なのに、こいつは俺の前に現れた。襟首を掴み、俺を抑える。
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