糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

カンダタ、生前 幸せな夢 5

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 そろそろ起きないと。でもまだ寒い。
 秋の寒さから逃れたくて私は布団を頭まで被り、冷えやすい手足を深く折り畳みで丸まった。
 戸締りされた室内は日差しすら遮って夜のような暗さをしている。
 そのせいで時間がわからない。朝は過ぎているはず。もうすでに起きている時分。
 朝餉を作って、掃除する。朝の習慣でさえ億劫になっているのは彼に会えないから。蝶男が来るから。
 蝶男があちら側から訪れる前、必ず合図がある。そうなった日は彼に会えないと告げる。
 その時の、告げた時の、縋りたくなるのを堪える辛さを彼は知らない。
 私の隠し事を彼は無理矢理、暴こうとしない。一度詰問し、私が拒否すればそれで終わり。
 待っているのだろう。知りたくて仕様がないはやる心を抑え、私が自ら心を開いて信頼されるのを。
 私としては心も開いて、信頼もしている。この人だから塀の外に出ようと思えた。一時いっときも離れたくないし、どこまでも一緒に行きたい。
 しかし、それは蝶男が許さない。彼も蝶男の材料にされる。
 あちら側と関わらせるわけにはいかない。だからといって、彼との縁も切りたくない。
 布団の中で悶々と考えて、憂鬱な溜息の後にそろそろ起きないと、とまた最初に戻る。
 次第に目蓋も重くなって二度寝してしまおうかと魔が差す。
 微睡む意識で耳に入ったのは乱暴に床を歩く足音。
 蝶男のものじゃない。あいつは足音を立てないし、これは複数人いる。
 緊張で身体が強張る。
 私は布団から出て、着物も着付けずに囲炉裏の方へ向かう。
 そこには慌ただしい乱暴な侵入者はいなかった。しかし、明るくなっている。
 縁側に視線を向ければ、戸が開いていて、土埃の足跡がそこらじゅうに散らばってあった。
 侵入者の足音を眺めながらゆっくりと歩く。すると突然、背後から無骨な腕が伸びてきた。
 私の口を塞ぎ、片腕では背中に回され動きを封じられる。
 「大人しくしてくれよな。じゃないと白い肌に傷がつくぜ」
 私を拘束する髭面の男が耳元で囁く。息が臭くて、眉を寄せる。
 隠れていた他の仲間たちが集まってきて、舐めるような目つきでつま先から頭の天辺まで眺める。
 「遊ぶだけだ。すぐ済む」
 「これは、楽しめそうだ」
 侵入者は四人いた。そのうちの一人が刃物を持ち、見せびらかしている。対して、私は震えず、声も上げず、僅かな表情の変化もなかった。
 「怖くて声も出ないか?ん?」
 微動だにしない私の反応に男たちは見当違いな解釈をする。
 耳元で喋る度に不摂生な髭が肌を掠める。口を塞ぐ手も無骨で乱暴だ。
 彼以外の男が私に触れている。
 それが私をおこらせた。
 「暗いとこに行こうか」
 刃物を持った男が嫌らしく笑う。
 その言葉に髭面の男が従う。拘束する腕に力が入り、一瞬で抜けた。
 髭面の男に激しい衝撃が走った。私の肩に切断された腕が凭れ、髪と頬に人肌よりも熱い血飛沫がかかる。
 絶叫した髭面の男は後退し、自身の両腕を瞠る。私の肩に垂れる右腕と床に落ちた左腕が自分のものだと理解できていない。
 目の前の三人は口と目を開いて唖然としている。
 私は武器となるものは持っていない。それどころか、一寸たりとも動かなかった。
 前触れもなく、両腕が切断された。その事象に私以外の人間が理解できずにいる。
 両腕のない人間を一瞥した後、前の三人を見据える。感情のない冷たい目線で見つめた。
 一人だけ金縛りが解け、悲鳴を上げながら、縁側へと走って行く。
 縁側から庭へと逃げようとする。その目の前で戸が勝手に動き、閉まった。
 昼の光が途絶え、一面の闇が視界を埋めると固まっていた二人も騒ぎ出す。
 「どうなってんだよ!話が違うじゃねえか!」
 「騙された!蝶男に騙されたんだ!」
 「開けてくれ!殺される!」
 人間が恐慌する。一人は怒鳴り、喚き、一人は幾度も戸を叩く。もう一人は暗闇の中で腕を振り回し、見えない脅威から身を守ろうとしている。
 暗闇で視界が封じられた人間たちの様子がよく見える。
 「遊ぼうよ。皆殺しにしてあげるから」
 恐慌する暗闇で私の笑い声がよく響いた。
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