糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
373 / 644
4章 闇底で交わす小指

カンダタ、生前 幸せな夢 6

しおりを挟む
 まだ温もりが残る肝臓を摘んで床に落とす。
 床と肝臓が衝突する度にぶるんと震えて正面に纏った血が周囲に飛び散る。
 楽しくもないのに摘んで落としてを繰り返し、飽きてきたら肝臓を鷲掴みにして壁に叩きつける。
 無性に苛々する。
 先程まであんなに高らかに笑っていたのに虐殺が終われば醜い私が残るだけ。
 静寂になった暗闇で息を呑む声が聞こえた。
 見渡してみれば一人だけ人間が横たわっている。八つ裂きにされ、内臓が千切れた三人に比べ、こいつは身体の損傷が少ない。
 「なんだ、まだ生きてたの?」
 死んだふりをしていた人間は慌てて立ち上がろうとするも潰された脚ではどこにも逃げられない。
 私は乱雑した筋肉の一部や内臓を踏みつけながら生き残った人間に近寄ると腕を掴んで持ち上げる。
 人間はなす術もなく立たされ低く唸る。
 脇腹からち千切れた腸が垂れている。畝って揺れる腸は大きな蚯蚓に似ている。
 蚯蚓よりも気持ち悪い。
 「助けて、許して」
 覇気のない声で訴える。人間には逃げる力も大声を出す力も残されていない。
 「私、仏様じゃないの」
 どれほど命乞いされても危害を加えようとしたのは事実で、それを許すつもりはない。
 とどめを刺すその前に背後の戸が開いた。人肉と体液で充満した室内を日の光が照らす。
 「それはまだ使うんだ。殺さないでくれ」
 光の中に立つ蝶男が変わらない調子で言う。
 私は人間の腕を放す。臓物の上に落ちた人間は短い悲鳴を上げた。
 「こいつらあなたの名前を言っていた」
 騒いでいた人間たちは蝶男に対して憎悪の言葉を吐き、しきりに騙されたと繰り返していた。
 「何を企んでいるの?」
 人間たちを仕向けた蝶男は笑うとべちゃべちゃと濡れた床を歩き、私の隣に立つ。
 「魂と遺伝の関係について研究中でね」
 そう言われても意味がわからず首を傾げる。
 「それよりも今回は派手にやったじゃないか」
 床から天井まで人肉と体液で汚れた室内を見渡す。
 「繁殖が生命の存在理由なのだから本能に従って身を委ねればいいのに。わざわざそれに抗うとは」
 理解できないと蝶男は呟く。
 蝶男がこの人間たちを仕向けたのは私を強姦させる為だ。いや、彼は強姦とさえ思っていない。これが人の本能なのだから、当然のことだと捉えている。
 今更、こいつの価値観に抗議はしない。無駄だととうの昔に知っている。
 「感情とは厄介なものだね」
 私が沈黙していると蝶男が生き残った人間の襟首を掴み、外へと運ぶ。
 「掃除しておいてくれ」
 それだけ言い残して去る。
 私は溜め息を吐いてから緊張の糸を切った。
 部屋を見渡せば人の原型さえも残っていない肉片が飛び散って、どこもかしこも赤黒く染まっている。
 私自身も同じ色に染まり、肌や髪がべた付いて気色悪い。これが自分のものではなく、あの男たちのものであるから尚更だ。
 先に身体を洗わないと。
 髪を掬ってみると毛先が血によって固まっている。
 濡烏色の髪が綺麗だと、梳きながら言ってくれた彼を思い出す。純粋な赤い瞳で言われた。
 今の私を見たら、なんと言われるだろうか。 憎しみに顔を歪めて罵る?それと恐怖して逃げる?
 褒めてくれた髪は血で固まり、彼が温めてくれた手は虐殺の跡を残す。
 震える肩を両腕で抱きしめ、涙を隠すように蹲る。
 こんなにも、こんなにも醜い。綺麗なものなんて何一つない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...