糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

狂う計画 3

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 ケイが回復するまであたしは平穏に過ごした。
 決まった時間に起きて決まった電車に乗る。決められた授業を受けて決められた時間で学校を終える。
 息苦しくなる日常を過ごしていくとあたしが経験した出来事が非現実だと今更になって気付く。
 あたしが嫌っていた「テンプレートの日常」が安心をもたらす平穏だったと皮肉にもあの非現実が教えた。
 だからといって非現実が遠くなったわけでもなく、「テンプレートの日常」が好きになったわけでもない。
 ふと、隣を見れば白い怪物が欠伸をして大きな牙が露わになる。家に帰ればカンダタが当然のように居座る。
 あたし以外にしか認識できない存在。他人に言ったら頭がおかしくなったと言われる現象。これが日常に紛れている非現実。
 ハクと目が合うと白い頭をあたしの肩にすり寄せてくる。
 最近のハクは何かと甘えてくるようになった。時折、力加減を間違えてあたしを転ばすからやめてほしい。
 それを伝えてもハクは切なげな鳴き声を上げて寄ってくるから改めるつもりはないらしい。
 あたしは溜息を吐きながら頭を撫でた。
 ケイが万全になるまで2週間ほど時間を要した。夏の気温を秋の風が連れ去る日々は、非現実と暮らす日々は、あっという間に過ぎた。
 ハザマに向かうその日、あいつらあたしの部屋に集まった。
 カンダタ、ハク。この2人は当然として、光弥は予想通り。ケイも必要だから呼んだ。予想外で厄介者そして、お荷物になる彼女まで来た。
 「なんであなたまで来るのよ」
 苛立ちを隠さない刺々した口調で清音に訊いた。
    あからさまなあたしの態度に清音は戸惑い、目を泳がせながら返答を考える。
 「私も、何か役に立てるかなって」
 「建前を作りたいならもっとマシな言い分ないの?」
 清音の思惑は想像できる。その思惑が下心から来ていることも。それを隠そうとして返答した台詞もありきたりで呆れてしまう。
 自分の下心が見透かされたと悟った清音は恥じらいに赤らむ顔を俯むかせる。その仕草が恋する乙女そのものであたしの怒りゲージが1つ上がる。
 あたしは黒猫のケイを見下ろす。
 「こんなの連れてきたって役立たずよ」
 「何度も説得した」
 そう言うと溜め息を吐く。感情を表さないケイには珍しい。
 ついて行くと言い出した時はケイも驚いたでしょうね。
 主人が危ない場所に行くのを飼い猫のケイは止めていた。口下手なりに説得したはず。それでも清音は止まらなかった。
 「人数は多いほうがいいでしょ」
 甘えてくる上目遣いであたしを見る。
 「荷物は少ないほうがいいわよ」
 そんな目で見てくるものだからあたしの怒りゲージがマックスにまで上がる。眉間に寄った皺があたしの機嫌の悪さを示している。
 「怯えてばかりで盾にもならないじゃない」
 「言い過ぎだ」
 嗜めるカンダタに清音の表情がパッと華やいだ。
 「けど、連れていけない。そこは瑠璃と同じだ。別に足手纏いだから言ってるんじゃない。清音は女性でまだ若い」
 「それを言ったら瑠璃も同じですよね?」
 間髪入れずに身を乗り出した返答にカンダタはたじろぐ。
 「瑠璃だって私と同じ歳で、同じ女性ですよね?どうして彼女は良くて私はダメなんですか?瑠璃はそんな特別なんですか?」
 早口で捲し立てる質問攻め。カンダタはそこまで食いつく清音が理解できなかった。
 「死に行きたいの?」
 あたしは氷みたいに冷たい言葉を発した。嫌味や冗談ではなく、警告だった。
 清音の食いつきはカンダタの恋慕から来るもの。色恋沙汰で命を賭けるのは馬鹿がするものだわ。
 「死」と言う単語は恋に色づく乙女でも冷まさせる。清音はしおしおと肩を落とす。
 だからといって、恋慕が消えたわけではないらしい。俯きながらも目線はカンダタを向いている。
 「盾になりたいならやらせればいい」
 そう言ったのは光弥だった。
 「役に立ちたいんだろ?だったら盾でも身代わりでも頑張れよ」
 「おい」
 無責任な物言いに苦言したのはケイ。光弥は盾でも役に立つと考えているけれど、飼い猫のケイはそれを許さない。
 「盾でもいいよ」
 清音を守ろうとしたケイの態度は彼女のはつらつとした発言によって消された。
 あたしは盛大な溜め息をつく。
 「盾でも身代わりでも何でもするよ」
 「やめろ」
 どうしてもついて行きたいと言い張る清音をケイは制するもその一言だけでは止まりそうもない。
 光弥があんなことを言い出さなければ。
 恨みがましく光弥を睨む。彼は無表情で何を考えているのかわからない。
 次にカンダタへと視線を移すと呆れ困惑している。あたしと目が合うと盛大な溜め息をついた。
 あたしと同じく諦めたらしい。
 「足を引っ張るようなら、見捨てるわ。もしかしたら鬼の餌にするかも」
 半分冗談の皮肉にも清音は構わないと強い意思を持った瞳であたしを見据える。
 理由が不純な上に自分が役立たずだって自覚していない。なのに変なところで意固地だから反対しても押し切ろうとする。
 本当に鬼の餌にしてやりましょうか。
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