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4章 闇底で交わす小指
胚羊水 1
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黒蝶は更に奥へと誘い、あたしとカンダタを導く。ハクの警戒は解かれず、低い唸り声を出しながらあたしの隣を歩く。
ずっとついてきたのに黒蝶は道半ばで塵となって姿を消した。
どうしたものかとあたしとカンダタは戸惑う。
「ギャウ!ギャウ!」
「ハク?」
ハクだけは違っていて、甲高く吠えると走りだした。何かしらの確信を持った迷いのない姿勢。
あたしは急いで追いかけて、その後にカンダタが続く。
ハクが辿り着いたのは、電灯がない薄暗い部屋。畳張りの床には幾つもの花瓶が置かれ、彼岸花が一輪ずつ差してあった。花瓶の他にも札らしきものが散乱している。
部屋の奥には札が剥がされた跡が残る襖があり、その前には2人の女性が立っている。
「なんで、あなたたちがここに?」
あたしが声をかけると清音が振り返った。その目は恐怖の色に染まって、震える唇は言葉さえも紡げない。
「遅かったですね。胚羊水を封じる札は一枚だけになりましたよ」
もう1人の女性、天鳥が襖の札を手にかける。
「はい、ようすい?」
カンダタが聞き慣れない単語を口にすると天鳥が細く笑う。
「闇底に詰め込まれた不純物の集まりです。輪廻の回転率に影響が出るほどの恨みをもったものたち」
あたしは混乱しそうになる頭を整理する。いくら考えても天鳥たちがここにいる説明がつかない。
「疑問に答えていませんでしたね」
あたしの混乱を見透かす。
天鳥の口調は穏やかで優しい。対して清音は息が荒くなっていく。
「これならわかりやすいですかね」
そう言いながら天鳥は振り返る。首から頬までの肌に浮かんでいたのは黒い蝶の模様。
あたしもカンダタも息を呑んだ。
「逃げて!」
震え怯えていた清音が叫ぶ。
それが合図だったかのようにあたしとカンダタは踵を返して走り出していた。
反射ともいえる反応だった。「逃げて」と言われたから走る。それに応えなかったのはハクで、固まったまま動こうとしない。
天鳥が最後の札を剥がし、襖は勢い良く開かれた。襖から濁流となって現れたのは真っ黒な液体。
塞ぎ留めるものがなくなったそれは津波となって天鳥と清音を呑む。
「ハク!」
静止したままのハクは目の前に津波が迫っても逃げようとしない。
急いで連れ戻そうとするとカンダタがあたしの腕を引っ張る。
力強い手が腕に食い込む。その痛さがあたしを冷静にさせた。
走ることに専念する。
背後から迫るのは津波の轟音。それに混じっていたのは悲痛に叫ぶ女の声と赤子の鳴き声。
それらの正体を知りたい衝動を抑え、振り返らずに走る。
人並みの脚の速さでは津波に勝てるわけがなく、あっという間にあたしの足は黒い濁流に絡め取られる。視界が回転し、何が起きたのかも理解できない。
濁流に飲まれたのに、その中は穏やかに揺れる浴槽にいるようだった。
黒い液体は人肌に優しい温度で、ゆっくりと揺れる暗闇は安らぎを与える。
「ま、あっまぁ」
暗闇で聞こえたそれはあたしを呼んでいる気がする。
「まぁ、あま」
声の主を見渡して探す。いつの間にかあたしの両腕は何かを抱えていた。
声はそこから出ていた。暗闇に包まれてもその何かの輪郭をはっきりと捉える。
目もなく、鼻もなく、唇もなく、皮膚もない。穴が開いた赤黒い物体。
これが赤子だと直感したのは口から漏れる音が「ママ」と呼んでいたから。
「やめて!」
ママと呼ばないで。
全身で表したのは拒絶と言うもので抱えていた赤子を足元に叩きつけた。
途端、黒い濁流は勢いを取り戻し、流れるままにあたしの身体は浮上する。
ずっとついてきたのに黒蝶は道半ばで塵となって姿を消した。
どうしたものかとあたしとカンダタは戸惑う。
「ギャウ!ギャウ!」
「ハク?」
ハクだけは違っていて、甲高く吠えると走りだした。何かしらの確信を持った迷いのない姿勢。
あたしは急いで追いかけて、その後にカンダタが続く。
ハクが辿り着いたのは、電灯がない薄暗い部屋。畳張りの床には幾つもの花瓶が置かれ、彼岸花が一輪ずつ差してあった。花瓶の他にも札らしきものが散乱している。
部屋の奥には札が剥がされた跡が残る襖があり、その前には2人の女性が立っている。
「なんで、あなたたちがここに?」
あたしが声をかけると清音が振り返った。その目は恐怖の色に染まって、震える唇は言葉さえも紡げない。
「遅かったですね。胚羊水を封じる札は一枚だけになりましたよ」
もう1人の女性、天鳥が襖の札を手にかける。
「はい、ようすい?」
カンダタが聞き慣れない単語を口にすると天鳥が細く笑う。
「闇底に詰め込まれた不純物の集まりです。輪廻の回転率に影響が出るほどの恨みをもったものたち」
あたしは混乱しそうになる頭を整理する。いくら考えても天鳥たちがここにいる説明がつかない。
「疑問に答えていませんでしたね」
あたしの混乱を見透かす。
天鳥の口調は穏やかで優しい。対して清音は息が荒くなっていく。
「これならわかりやすいですかね」
そう言いながら天鳥は振り返る。首から頬までの肌に浮かんでいたのは黒い蝶の模様。
あたしもカンダタも息を呑んだ。
「逃げて!」
震え怯えていた清音が叫ぶ。
それが合図だったかのようにあたしとカンダタは踵を返して走り出していた。
反射ともいえる反応だった。「逃げて」と言われたから走る。それに応えなかったのはハクで、固まったまま動こうとしない。
天鳥が最後の札を剥がし、襖は勢い良く開かれた。襖から濁流となって現れたのは真っ黒な液体。
塞ぎ留めるものがなくなったそれは津波となって天鳥と清音を呑む。
「ハク!」
静止したままのハクは目の前に津波が迫っても逃げようとしない。
急いで連れ戻そうとするとカンダタがあたしの腕を引っ張る。
力強い手が腕に食い込む。その痛さがあたしを冷静にさせた。
走ることに専念する。
背後から迫るのは津波の轟音。それに混じっていたのは悲痛に叫ぶ女の声と赤子の鳴き声。
それらの正体を知りたい衝動を抑え、振り返らずに走る。
人並みの脚の速さでは津波に勝てるわけがなく、あっという間にあたしの足は黒い濁流に絡め取られる。視界が回転し、何が起きたのかも理解できない。
濁流に飲まれたのに、その中は穏やかに揺れる浴槽にいるようだった。
黒い液体は人肌に優しい温度で、ゆっくりと揺れる暗闇は安らぎを与える。
「ま、あっまぁ」
暗闇で聞こえたそれはあたしを呼んでいる気がする。
「まぁ、あま」
声の主を見渡して探す。いつの間にかあたしの両腕は何かを抱えていた。
声はそこから出ていた。暗闇に包まれてもその何かの輪郭をはっきりと捉える。
目もなく、鼻もなく、唇もなく、皮膚もない。穴が開いた赤黒い物体。
これが赤子だと直感したのは口から漏れる音が「ママ」と呼んでいたから。
「やめて!」
ママと呼ばないで。
全身で表したのは拒絶と言うもので抱えていた赤子を足元に叩きつけた。
途端、黒い濁流は勢いを取り戻し、流れるままにあたしの身体は浮上する。
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