糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

胚羊水 7

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 連絡通路を抜けると正面には階段があり、カンダタは下を選ぼうとした。
 「上よ!」
 それを否定したのは瑠璃だった。彼女には上だと断言するものがあるのだろう。
 カンダタは瑠璃の直感を信じることにした。
 大股で段差を1つ飛ばして上がる。その後ろで瑠璃が踏み外し、段差の上に躓いた。
 膝をついた身体を立ち上がらせようとしたが、又もや片脚を踏み外す。
 見下ろしてみれば、すぐそこまで迫っていた赤子の屍人が瑠璃の片脚を掴んでいた。
 「ま、マ、マァ」
 口から漏れる音。それは紛れもなく子供の声であった。子供だと認めてしまいそうになる。
 赤子は脚の間を割り、乾燥した感触が瑠璃の脹脛を這う。
 「ママァ」
 瑠璃にとってそれは憎悪の対象でしかない。
 昂る憎悪を片脚に乗せ、力強く赤子を蹴る。2度3度と繰り返し、赤子は階段から落ちていく。
 カンダタは瑠璃の襟首を引っ張り、立ち上がるよう促す。階段下まで迫っている大群はゆっくりと段差を上がる。どうやら階段は苦手らしい。
 足腰が震えながらも瑠璃はようやく立ち上がった。
 「ママ」「いかないで」「おかあ、さん」「おとさないで」
 泣き声しか上げなかった赤子たちが拙さを残しながらも逃げる瑠璃に喋る。
 「子供だ」
 認めざるをおえないとカンダタは呟く。屍人となった姿でもあれは産まれ祝福されるはずだった子供なのだ。
 「違うわ。あたしは母親じゃないし、あれは人ですらない。死体が動いているだけ」
 否定する瑠璃はどこまでも冷徹で冷静だ。
 赤子たちが階段を登る前にカンダタたちは踊り場まで上がる。
 そのまま、上の階にいこうとしたが、前触れもなく赤子たちの泣き言が止まった。
 訝しみ、階段下を見れば赤黒い大群は小刻みに震えていた。そして、何かを予言するように小さく「鬼」と言っている。聞こえてくる胎動も赤子たちの恐怖に呼応し、早くなっている。
 「こんな所にも鬼がいるの?」
 「いや、これは鬼の鳴き声じゃない」
 鬼は女性の悲鳴のような金属音のような判別がつきにくい鳴き声をしている。下の階から聞こえてくるのは刃と刃を擦り合わせる低い音。まるで鋏だ。
 金属音は近づき、鈍色の鬼が赤子たちの前に現れた。
 一歩進む度に関節が金属音を鳴らす。その鬼は蠍の姿をしていた。
 胴と脚、腕は金属の硬皮で包まれており、尾だけは樹皮素材の筒になっている。蠍の鋏は変わった形をしており、先端が輪になっていた。
 輪の鋏を開いて閉じるを繰り返すと金属同士が擦れ合い、火花を散らす。
 赤子からは「鬼」と呼ばれていたが、カンダタたちが知る鬼とは全くの別ものだ。
 金属製の蠍はカンダタたちにも目もくれず、目前の大群に向けられる。
 赤子たちは天敵から逃れようと後退し、看護婦は赤子を守ろうと前に出る。
 蠍の身体は弾むように歩行し、節々から火花が散る。2、3歩進むだけで鋏の輪が胎児たちに届いた。蠍の鬼が鋏を振るっただけで看護婦たちは床や壁に叩きつけられた。振るった鋏は赤子たちを摘む。
 数体、鋏で挟まれると小さな腕・脚が無残に転がる。胴と四肢、首が離れる苦痛に廃病院の子たちは存在しない母親に助けを求め、嘆き叫ぶ。
 蠍が鳴らす金属音が好物を前にした猛獣の笑い声に聞こえて仕方がない。
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