糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

望まなかったもの 2

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 ケイが梯子を降りていくと暗闇の底から赤い吸盤をつけた触手が伸びてきた。触手はケイの横を通り過ぎると吸盤を使って一冊の書物を取り、暗闇に戻っていく。
 更に降りていくと触手の主が暗闇に浮かんできた。
 全長が10m以上の巨大な蛸。書物庫の司書だ。
 ハザマにあるものは脆い。輪廻の引力がハザマの物質を引き寄せ、徐々に溶かしているせいだ。それは情報も変わりなく、常に書き写して行かないと保存できないのだ。
 情報の保存・継続が司書の存在理由なので害を加えることはない。ただし、書物庫の規則を破る者は許さない。そういう者たちは触手によって締め殺されるらしい。
 ケイは司書の蛸を横目に梯子を降りる。
 胚羊水はいずれ挑まなればならないと影弥が話していた。しかし、猫であるケイは胚羊水に拒絶されてしまう。
 ケイができるのは戻ってくる瑠璃とカンダタたちの支援。そして、封印の準備。それが示された書物がある棚は影弥から教えられていた。なので、封印に関しては問題はない。
 ケイが危惧しているのは封印ではなく、封印した後だ。
 弥はケイたちを生かしているが、それは胚羊水を封印するまでだ。
 その時になれば、瑠璃から十如十廻之白御霊を奪う。白糸を持つ瑠璃の魂はホルマリン漬けで保存され、カンダタとケイは破壊、清音と光弥は解体されて輪廻に流されるだろう。
 最悪な結末は避けなければならない。
 書物庫の扉には塊人が2人立っており、ケイたちを監視している。
 ケイならば難なく破壊できるが、今はやめたほうがいい。
 暴れていい機会。ケイはその時を待っている。しれまでは大人しく従うつもりだ。



 あたしが扇型の大広間に駆けつけた時には状況がかなり混乱していた。
 カンダタは転がり落ちてくるし、清音は我を忘れて謎のカウントをしながら秘密箱のパズルを解いていた。
 とりあえず、謎のカウントに嫌な予感がしたから奥のドアに逃げていたけれど、案の定鍵がかかって開かない。
 清音が38まで数えたら、それが合図だったかのように全ての秘密箱が一斉に開いた。そこから混乱を極めた。
 秘密箱から風と黒い煙が吹いて、必死にドアにしがみついていた。風は次第に強さを増して、黒い煙は高く大きな渦となった。
 吹き荒れる中、カンダタが渦の近くで茫然としていた。よくそんな強風で立っていられるわねと関心と呆れてで苛立った。
 激しい黒い渦はすぐに止み、代わりに渦から現れたのは異様な赤子だった。
 全身8mと可愛らしさのない大きさで、欠損した頭に詰まれた胎児の死屍が惨く、そこから漏れる赤紫色をしたスライム状の泥が垂れている。あれが黒い箱から出た子取りと呼ばれる化け物だと理解した。
 欠損した頭から溢れる赤紫の泥は周囲のものを包むと意思があるかの様に動いて子取りの元に戻る。
 裸体の女性を包んだ赤紫の泥が子取りの脚に触れ、同化されていくのを見た。
 そんなものがカンダタの背後にいるというのにあの阿保は呆けて秘密箱の頂上に立つ清音から目を離さない。
 あたしが大声で呼ぶとやっと周囲に意識を向けた。その時にはもう遅くて、カンダタは子取りに叩かれ、壁に打ち付けられる。
 カンダタの元に行こうと動き出すと子取りのターゲットはあたしに定められてしまった。
 しかも、あたしを「ママ」呼びながら追いかける。化け物の子でも人の子でも母親と呼ばれると言葉にならない嫌悪感が湧いてくる。
 母親なんてなりたくもないのにあっさりと子取りに捕まって、脅威的な握力であたしの骨を軋ませた。
 痛みで悲鳴を上げ、潰されると慄く。視界の端ではカンダタと清音が会話している。
 こっちは死にかけているのに呑気に会話しないでよ。
 不満を言いたかったけれど、あたしの声は悲鳴しか上げられない。
 カンダタと清音の様子がおかしいとその時は気付けなかった。なにしろ、あたしは死にかけていただからそういう余裕はなかった。
 清音が抱えている赤子や何か言われる度に肩を震わせるカンダタ。只事じゃなかったと分かったのはそのあとになる。
 子取りによって圧死させられると半ば諦めていたらピシリ、と頭上から割れる音がした。
 見上げれば天井に亀裂が入り、そして唐突に崩れた。破壊された天井からは滝のような勢いで血が流れ、その場にいた全てのものを呑んだ。
 激しい濁流の中で子取りの手があたしから離れる。
 今日は流されてばかり。
 呼吸はできるから息苦しさはないけれど、うんざりとした気持ちになる。
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