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4章 闇底で交わす小指
望まなかったもの 6
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「ルゥ、ル」
キケイが不安げにあたしを呼ぶ。考え事をしているうちに険しい顔つきになっていたらしい。
「心配しなくても置いていかないわよ」
何に対して不安なのかと聞いてみてもキケイは答えられない。
だから、適当に言ってみた。
「ルゥ、ルゥ」
適当に繕った言葉じゃキケイの不安は取り除けないみたいで、握った小指を振らす。
「言ってくれないとわからないわ」
「ウー」
泣かれると困るからなるべく穏やかに言ってみても、自分が責められていると受け取ったのか、キケイはまた俯く。
そうして、あたしがキケイの機嫌に気を遣い、それに精神を削っていることに気付く。
なんであたしが子供の相手してんのよ。
子供は嫌い。できれば関わりたくない。なのに、今は子供と一緒に歩いて、面倒な会話をしている。
「疲れたの?」
「うぅ、いぃ、いたっ、たい」
「痛い?」
キケイの脚を見る。匍匐して擦った脚は傷ができていて、地面には赤い2本の跡が残されている。
歪な脚は疲れやすく傷つきやすかった。
化け物でも痛覚はあるのね。
これ以上は歩けないとキケイは半ベソで訴える。
辟易し、面倒臭さいと溜め息を吐く。わかりやすいあたしの態度でもキケイは小指を放さなかった。
「急ぎたいんだけど?」
「うー、うー」
赤子の甲高い泣き声はないものの涙が溜まるその顔はいつ癇癪を起こしてもおかしくない。
放置すれば本格的に泣きそう。
2度目の溜め息を吐く。今度はうんざりとした態度で。
「どうすればいいのよ」
泣かれるのも足止めされるのも困る。小指は放してくれない。
「おは、おはっ、しい、おぉは、なしぃ」
あたしの困惑も知らずにキケイが小指を揺らして訴える。
「ききぃ、た」
キケイの言葉にならない声に耳を傾けて、整理する。「話が聞きたい」かしら。
「そんなこと言われても」
「うー、うー」
渋るあたしにキケイは駄々を捏ねるように更に大きく小指を揺する。
どうして子供はこうも面倒なんだろう。
「話が終わったら、行くわよ」
結局、あたしが折れた。
「えっと、そうね」
子供に聞かせる話は持ち合わせていない。母からお伽話を聞かされていないし、読んでもいない。
あるとすれば、日本語の勉強としてさえりから渡された芥川龍之介の作品集ぐらい。絵本や童話は嫌だと言ったら、それを渡された。
その中で最初に思い浮かんだ話を口にする。
「ある日のこと、神様が天国の池のふちを一人で歩いていました。池の中に咲く花は綺麗な白で」
思い出せる限りの「蜘蛛の糸」を子供にわかりやすい単語に置き換えて語る。
蜘蛛の糸が切れて主人公の男が地獄に落ちるところまで話し、そこでふと気付く。
これ、子供に聞かせる内容じゃないわよね。素直にシンデレラや白雪姫のほうが良かったんじゃ?
今更になってそんなことを考える。
キケイの様子を伺うと泣きも喜びもしない。真剣な面持ちであたしの話を聞いていた。
泣いていないからこれで良しとする。
「これでおしまい。ほら行くわよ」
「うー、うー」
キケイはまだ不服そうだった。
「終わったら行くって言ったわよね?」
動きそうにないキケイを睨む。キケイは「うー」と鳴くだけで何も要求してこない。
途方に暮れていると靄から1人分の足音が聞こえてきた。
警戒したのは束の間で、足音の正体はカンダタだった。
肩の力が抜いたあたしと違って、キケイは見知らぬ男に怯え、あたしの背に隠れる。けれど、キケイの巨大な身体はあたしの背では隠しきれない。
「歩けるぐらいには元気そうね。そのぐらいの気力があるんなら、あたしが潰されそうになった時に助けてくれてもよかったんじゃない?」
あたしの嫌味にカンダタは黙って俯く。
反応が薄い。あたしの背後にいるキケイにも無反応。
勘弁してよ。キケイだけでも困っているのに、カンダタまでもこんな無気力じゃ手に負えない。
キケイが不安げにあたしを呼ぶ。考え事をしているうちに険しい顔つきになっていたらしい。
「心配しなくても置いていかないわよ」
何に対して不安なのかと聞いてみてもキケイは答えられない。
だから、適当に言ってみた。
「ルゥ、ルゥ」
適当に繕った言葉じゃキケイの不安は取り除けないみたいで、握った小指を振らす。
「言ってくれないとわからないわ」
「ウー」
泣かれると困るからなるべく穏やかに言ってみても、自分が責められていると受け取ったのか、キケイはまた俯く。
そうして、あたしがキケイの機嫌に気を遣い、それに精神を削っていることに気付く。
なんであたしが子供の相手してんのよ。
子供は嫌い。できれば関わりたくない。なのに、今は子供と一緒に歩いて、面倒な会話をしている。
「疲れたの?」
「うぅ、いぃ、いたっ、たい」
「痛い?」
キケイの脚を見る。匍匐して擦った脚は傷ができていて、地面には赤い2本の跡が残されている。
歪な脚は疲れやすく傷つきやすかった。
化け物でも痛覚はあるのね。
これ以上は歩けないとキケイは半ベソで訴える。
辟易し、面倒臭さいと溜め息を吐く。わかりやすいあたしの態度でもキケイは小指を放さなかった。
「急ぎたいんだけど?」
「うー、うー」
赤子の甲高い泣き声はないものの涙が溜まるその顔はいつ癇癪を起こしてもおかしくない。
放置すれば本格的に泣きそう。
2度目の溜め息を吐く。今度はうんざりとした態度で。
「どうすればいいのよ」
泣かれるのも足止めされるのも困る。小指は放してくれない。
「おは、おはっ、しい、おぉは、なしぃ」
あたしの困惑も知らずにキケイが小指を揺らして訴える。
「ききぃ、た」
キケイの言葉にならない声に耳を傾けて、整理する。「話が聞きたい」かしら。
「そんなこと言われても」
「うー、うー」
渋るあたしにキケイは駄々を捏ねるように更に大きく小指を揺する。
どうして子供はこうも面倒なんだろう。
「話が終わったら、行くわよ」
結局、あたしが折れた。
「えっと、そうね」
子供に聞かせる話は持ち合わせていない。母からお伽話を聞かされていないし、読んでもいない。
あるとすれば、日本語の勉強としてさえりから渡された芥川龍之介の作品集ぐらい。絵本や童話は嫌だと言ったら、それを渡された。
その中で最初に思い浮かんだ話を口にする。
「ある日のこと、神様が天国の池のふちを一人で歩いていました。池の中に咲く花は綺麗な白で」
思い出せる限りの「蜘蛛の糸」を子供にわかりやすい単語に置き換えて語る。
蜘蛛の糸が切れて主人公の男が地獄に落ちるところまで話し、そこでふと気付く。
これ、子供に聞かせる内容じゃないわよね。素直にシンデレラや白雪姫のほうが良かったんじゃ?
今更になってそんなことを考える。
キケイの様子を伺うと泣きも喜びもしない。真剣な面持ちであたしの話を聞いていた。
泣いていないからこれで良しとする。
「これでおしまい。ほら行くわよ」
「うー、うー」
キケイはまだ不服そうだった。
「終わったら行くって言ったわよね?」
動きそうにないキケイを睨む。キケイは「うー」と鳴くだけで何も要求してこない。
途方に暮れていると靄から1人分の足音が聞こえてきた。
警戒したのは束の間で、足音の正体はカンダタだった。
肩の力が抜いたあたしと違って、キケイは見知らぬ男に怯え、あたしの背に隠れる。けれど、キケイの巨大な身体はあたしの背では隠しきれない。
「歩けるぐらいには元気そうね。そのぐらいの気力があるんなら、あたしが潰されそうになった時に助けてくれてもよかったんじゃない?」
あたしの嫌味にカンダタは黙って俯く。
反応が薄い。あたしの背後にいるキケイにも無反応。
勘弁してよ。キケイだけでも困っているのに、カンダタまでもこんな無気力じゃ手に負えない。
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