455 / 644
4章 闇底で交わす小指
交わす小指 4
しおりを挟む
あれからハザマは更に混乱した。
子取りを輪廻に送ってからすぐにシャッターが降ろされから大蛇や蠍の鬼は残され、好き勝手に暴れたせいで地下は崩壊した。
その崩壊に巻き込まれる前に混乱に乗じて、あたしたちはなんとか現世へと逃げた。
子取りを見送った後、名残惜しくて悲しみのあまり現状さえ忘れていた。そんなあたしにカンダタの叱責によって、現世に戻るという選択ができた。
あとから考えてみれば、あれは「退避」というもので、目的であったハザマとの交渉は失敗に終わった。
だからといって、その選択は間違いじゃなかった。
地下が崩壊しては交渉どころじゃないし、あたしは弥の逆鱗に触れてしまった。
弥が封印してまで輪廻に流すのを阻止していた胎児たちをあたしたちがやり遂げてしまった。
光弥の話ではこれから輪廻の回転率が大きく影響されるみたい。
あたしはそんな話を軽く聞き流した。
ハザマの事情はあたしにも胎児たちにも関係ない。あいつらの身勝手であの子たちを閉じ込めるのは許せなかった。
一先ず、ハザマは混乱が続くようだった。
因みに粉塵に呑まれた弥はあれくらいじゃ消滅しないらしい。
そして、光弥があたしたちと一緒に現世についてきた。
ハザマには戻らないと断言する光弥は心境の変化があったらしい。
あたしとカンダタの思惑は一ミリも達成されず、その上、ハザマを混乱させた。
ハザマの崩壊は計画の一つだと蝶男は話していた。今回は地下の崩壊だけだったけれど、結果的に蝶男に加担してしまったことは悔しい。
それに天鳥もカンダタの子も姿をくらませた。これから奴はどう動いて、あたしたちにどう影響するのかは想像もできない。
だから、これからどうするか考えないといけない。
土曜の朝に憂鬱な溜息を吐きながら焼けたパンにマーマレードを塗って一口かじる。
現世に帰ってきてから一週間が経った。ハザマも蝶男も音沙汰がない。
受け身ではいられない。うかうかはしていられないと焦燥ばかりが積もる。
なのに、どう行動すればいいか案がない。
行き詰ってしまった。
向かいにいるカンダタもあたしと同じような溜め息を漏らす。
朝の番組では生後3か月の乳児が虐待死したニュースを流している。
いつもは聞き流しているニュースに自然と視線が向けられた。
たった3か月しか生きられなかった事実があたしの肩にのしかかる。
胚羊水の子供たちをあたしの身勝手で輪廻に送った。その先で会える根拠のない約束をして、産まれても愛される、守られる保証もないのに残酷な世界に堕とした。
「あの子たちも望んだ」
カンダタが呟く。彼の目線もニュースに向けられていた。
「わかってる」
それだけ言うと叔母のマーマレードを追加で塗って齧る。マーマレードがいつもより苦く感じた。
私が目を覚ました時には現世に帰ってきた。私の記憶にあるのは座敷牢に押し込められたところまでで、あれからどうやって脱出できたのかわからない。
そんな私にカンダタさんが説明してくれた。
私は胚羊水というものに呑まれれて、カンダタさんと瑠璃が助けてくれたようだ。
瑠璃に「役立たず」と言われて、意地になって無理にでもついて来たのに脚を引っ張ってしまった。
あれからいつも通りの高校生活を送ってる。
瑠璃に話しかけても普段通りの皮肉、嫌味を言われる。
ハザマでのことは何も言わない。
あれから一週間が過ぎて、私はお父さんが運転する車の助手席に座る。
土曜午前の明るい街並みを窓越しから眺めていた。
「カウンセリングを始めてから顔色が良くなってきたのに、今日は浮かないな。担当の先生が嫌になったか?やめるか?」
お父さんは無口で会話はほとんどない。わざわざ口にしたのは最近の私がぼうっとしていることが多いから。
私は首を振って否定する。
「先生には感謝してるの。続けたい」
私が憂鬱になるのは別の理由がある。カウンセラーの先生は悪くない。
「そうか、清音がそう言うなら」
そう答えたお父さんの声色はどこか寂しげだった。
心配させちゃってるな。
申し訳なくなって俯く。
車は心療クリニックの玄関前について、私は降りる。
「終わったら、迎えに行く」
「うん、ありがとう」
そう言い残して車のドアを閉める。走り去るお父さんの車を見送って心療クリニックに入る。
カウンセリングを受けるようになったのは梅雨明けすぐだった。
いじめが起きて、心情を察した担任の坂本先生が学校のカウンセリングを勧めてくれた。あれから私の心は軽くなったけど、カウンセラーの長野先生が消息不明になったり、演劇部惨殺事件があったりとまた鬱状態に戻った。
そんな私を察して両親は心療クリニックを通わせるようになった。
土曜午前はカウンセリングの時間で、私は慣れた手つきでドアをノックし、返事を待つ。
「どうぞ」
柔らかな女性の声がしてから入室する。室内は観葉植物が飾られていて、いい香りのアロマが鼻腔を摩る。
このアロマは好き。室内に入っただけで憂鬱な重りが溶かされる。
香りに癒されて私は自然と綻んだ。
「こんにちは、蝶野先生」
デスクの前で座る彼女が私に微笑む。
「こんにちは、岡本さん」
窓から漏れる日光に照らされる彼女は優しさを象徴しているようだった。
子取りを輪廻に送ってからすぐにシャッターが降ろされから大蛇や蠍の鬼は残され、好き勝手に暴れたせいで地下は崩壊した。
その崩壊に巻き込まれる前に混乱に乗じて、あたしたちはなんとか現世へと逃げた。
子取りを見送った後、名残惜しくて悲しみのあまり現状さえ忘れていた。そんなあたしにカンダタの叱責によって、現世に戻るという選択ができた。
あとから考えてみれば、あれは「退避」というもので、目的であったハザマとの交渉は失敗に終わった。
だからといって、その選択は間違いじゃなかった。
地下が崩壊しては交渉どころじゃないし、あたしは弥の逆鱗に触れてしまった。
弥が封印してまで輪廻に流すのを阻止していた胎児たちをあたしたちがやり遂げてしまった。
光弥の話ではこれから輪廻の回転率が大きく影響されるみたい。
あたしはそんな話を軽く聞き流した。
ハザマの事情はあたしにも胎児たちにも関係ない。あいつらの身勝手であの子たちを閉じ込めるのは許せなかった。
一先ず、ハザマは混乱が続くようだった。
因みに粉塵に呑まれた弥はあれくらいじゃ消滅しないらしい。
そして、光弥があたしたちと一緒に現世についてきた。
ハザマには戻らないと断言する光弥は心境の変化があったらしい。
あたしとカンダタの思惑は一ミリも達成されず、その上、ハザマを混乱させた。
ハザマの崩壊は計画の一つだと蝶男は話していた。今回は地下の崩壊だけだったけれど、結果的に蝶男に加担してしまったことは悔しい。
それに天鳥もカンダタの子も姿をくらませた。これから奴はどう動いて、あたしたちにどう影響するのかは想像もできない。
だから、これからどうするか考えないといけない。
土曜の朝に憂鬱な溜息を吐きながら焼けたパンにマーマレードを塗って一口かじる。
現世に帰ってきてから一週間が経った。ハザマも蝶男も音沙汰がない。
受け身ではいられない。うかうかはしていられないと焦燥ばかりが積もる。
なのに、どう行動すればいいか案がない。
行き詰ってしまった。
向かいにいるカンダタもあたしと同じような溜め息を漏らす。
朝の番組では生後3か月の乳児が虐待死したニュースを流している。
いつもは聞き流しているニュースに自然と視線が向けられた。
たった3か月しか生きられなかった事実があたしの肩にのしかかる。
胚羊水の子供たちをあたしの身勝手で輪廻に送った。その先で会える根拠のない約束をして、産まれても愛される、守られる保証もないのに残酷な世界に堕とした。
「あの子たちも望んだ」
カンダタが呟く。彼の目線もニュースに向けられていた。
「わかってる」
それだけ言うと叔母のマーマレードを追加で塗って齧る。マーマレードがいつもより苦く感じた。
私が目を覚ました時には現世に帰ってきた。私の記憶にあるのは座敷牢に押し込められたところまでで、あれからどうやって脱出できたのかわからない。
そんな私にカンダタさんが説明してくれた。
私は胚羊水というものに呑まれれて、カンダタさんと瑠璃が助けてくれたようだ。
瑠璃に「役立たず」と言われて、意地になって無理にでもついて来たのに脚を引っ張ってしまった。
あれからいつも通りの高校生活を送ってる。
瑠璃に話しかけても普段通りの皮肉、嫌味を言われる。
ハザマでのことは何も言わない。
あれから一週間が過ぎて、私はお父さんが運転する車の助手席に座る。
土曜午前の明るい街並みを窓越しから眺めていた。
「カウンセリングを始めてから顔色が良くなってきたのに、今日は浮かないな。担当の先生が嫌になったか?やめるか?」
お父さんは無口で会話はほとんどない。わざわざ口にしたのは最近の私がぼうっとしていることが多いから。
私は首を振って否定する。
「先生には感謝してるの。続けたい」
私が憂鬱になるのは別の理由がある。カウンセラーの先生は悪くない。
「そうか、清音がそう言うなら」
そう答えたお父さんの声色はどこか寂しげだった。
心配させちゃってるな。
申し訳なくなって俯く。
車は心療クリニックの玄関前について、私は降りる。
「終わったら、迎えに行く」
「うん、ありがとう」
そう言い残して車のドアを閉める。走り去るお父さんの車を見送って心療クリニックに入る。
カウンセリングを受けるようになったのは梅雨明けすぐだった。
いじめが起きて、心情を察した担任の坂本先生が学校のカウンセリングを勧めてくれた。あれから私の心は軽くなったけど、カウンセラーの長野先生が消息不明になったり、演劇部惨殺事件があったりとまた鬱状態に戻った。
そんな私を察して両親は心療クリニックを通わせるようになった。
土曜午前はカウンセリングの時間で、私は慣れた手つきでドアをノックし、返事を待つ。
「どうぞ」
柔らかな女性の声がしてから入室する。室内は観葉植物が飾られていて、いい香りのアロマが鼻腔を摩る。
このアロマは好き。室内に入っただけで憂鬱な重りが溶かされる。
香りに癒されて私は自然と綻んだ。
「こんにちは、蝶野先生」
デスクの前で座る彼女が私に微笑む。
「こんにちは、岡本さん」
窓から漏れる日光に照らされる彼女は優しさを象徴しているようだった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる