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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
追想の中で 7
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水面に白蓮が淡い光を放つ暗闇の世界。瓦礫のトンネルにあった静寂は不気味だったのに、ここにはそれがない。
水音が優しく響く。懐かしいとさえ思ってしまう。
この場所であたしハクは出会った。
思い出に浸っている余裕はないハクは白蓮の合間をそそくさと抜けていく。
こちらに気を遣う余裕もなく、あたしはあっという間にハクを見失う。
瓦礫のトンネルではそれなりに気を遣ってくれたのに。
あたしは諦めてゆっくりとした歩調で進む。
先程まであった焦燥はなくなっていた。代わりに達成感で満ちていた。あたしの魂がゴールはここだと教えている。
どうせ、この糸を辿ればいいんでしょ。
白い糸はまだ続いていて水平線の彼方まで伸びている。
かなり歩いたけれどハクの姿はまだ見えない。戻ってくる気配もない。
そうして歩いているうちに水面の上でぬいぐるみで遊んでいる少女と出会う。
子供には似合わない喪服を着ていて、ぬいぐるみは白い狼と赤いボタンがついた白兎。どちらもあたしの記憶にあるもの。
少女があたしに気付いてこちらを見上げる。見慣れた金髪と瑠璃色の瞳。
この子は、8歳の時のあたし。
こんなところで子供のあたしと対面するとは夢にも思わない。
息を呑んだあたしに対して少女のあたしは立ち上がってまじまじとこちらを見つめる。
白い狼と赤いボタンがついた白兎。そして、テディベアのダッフィー。子供時代、3つのぬいぐるみが私の遊び相手だった。
ダッフィーは母が永眠する棺に入れて一緒に燃やして、母への想いを捨てた。同じく思い入れのある2つのぬいぐるみもそうずべきだったのにそれはできなかった。
手放したくなかった。振り返ってみてもそう思ってしまったのは謎でしかない。
「忘れちゃったの?」
子供のあたしが口を開く。あたし自身だと言うのに言葉に嫌味は全くなく、純粋な疑問があった。
その疑問には答えられそうにない。言葉の真意すらわかっていないのだから。
わからないと言うのになぜか罪悪感があった。気まずくなって目線を逸らす。そして、また息を呑む。
症状の背後に3つのドアが立っている。さっきまでなかった。
左側に立つドアはあたしがくぐった木目板のドア。真ん中のドアは1番なじみのあるもの。あたしが住んでいるマンションの玄関ドア。
あたしは玄関ドアの前に立つ。少女はあたしの背中を眺めながら囁くように言う。
「誓いは果たしている。次は約束を果たさないと」
誓い?約束?
何を言われているのかわからない。あたしは振り返るもそこに少女の姿はなかった。
向き直って、玄関ドアと対峙する。
誓い、約束。果たすべきもの。それはおそらくあたしが忘れたもの。
手先が震える。ドアノブを握る。
開いたドアから涼しげな秋風が吹く。日常の香りがした。
「瑠璃」
カンダタに呼ばれてあたしは振り返った。
民家の庭に植えられた金木犀の香りがコンビニの入り口まで風に乗っててくる9月中旬の秋晴れの日。
振り返った目線にいるのは先ほどあたしを呼んだカンダタ。呆れ顔でこちらを見ている。
「またそれを食うのか」
カンダタが差しているのはビニール袋。中には季節限定のスイートポテトとフライドチキン。
ここはどこ?
自分の立ち位置に混乱し、冷静を取り戻そうと今までの出来事を整理する。
ついさっきまで水面に白蓮が咲く空間にいた。そこで子供時代のあたしと出会い、唐突に出現したドアを潜った。そして、コンビニ前に立っている。
学校の帰り道でよく通っているコンビニで、あたしを取り囲んでいる背景も見知っていて馴染みがある。
まだ混乱しているあたしは呆れ顔のカンダタに「ここはどこ?」と尋ねようとした。
「何よ、あたしが食べるものに文句あるなら自分で稼げるようになりなさいよ」
ハクにフライドチキンをあげながらあたしは言う。口から出たのは話そうとした疑問じゃなく、いつも通りの嫌味だった。
自分の身体なのに思うように喋れないし動けない。それなのにこのやりとりは覚えがある。
あたしがハザマに向かう一週間前にも同じコンビニで同じものを買って同じやりとりをした。
「できないとわかってるだろ」
「カンダタが呑気にぐうたら生活を送っているのは変わりないじゃない」
この台詞も覚えてる。
ビニール袋からスイートポテトを取り出して封を切る。金木犀の柔らかい香りとホロホロと口内で甘く砕けるスイートポテトに満足して、軽い足取りで帰り道を歩く。
恐らく、過去の出来事をなぞるように追体験している。
子供のあたしが言っていた「約束」の手掛かりがここにある。だから、こんな体験をしているの?
疑問は増える一方だったけれど、不思議な回想に身を任せることにした。
水音が優しく響く。懐かしいとさえ思ってしまう。
この場所であたしハクは出会った。
思い出に浸っている余裕はないハクは白蓮の合間をそそくさと抜けていく。
こちらに気を遣う余裕もなく、あたしはあっという間にハクを見失う。
瓦礫のトンネルではそれなりに気を遣ってくれたのに。
あたしは諦めてゆっくりとした歩調で進む。
先程まであった焦燥はなくなっていた。代わりに達成感で満ちていた。あたしの魂がゴールはここだと教えている。
どうせ、この糸を辿ればいいんでしょ。
白い糸はまだ続いていて水平線の彼方まで伸びている。
かなり歩いたけれどハクの姿はまだ見えない。戻ってくる気配もない。
そうして歩いているうちに水面の上でぬいぐるみで遊んでいる少女と出会う。
子供には似合わない喪服を着ていて、ぬいぐるみは白い狼と赤いボタンがついた白兎。どちらもあたしの記憶にあるもの。
少女があたしに気付いてこちらを見上げる。見慣れた金髪と瑠璃色の瞳。
この子は、8歳の時のあたし。
こんなところで子供のあたしと対面するとは夢にも思わない。
息を呑んだあたしに対して少女のあたしは立ち上がってまじまじとこちらを見つめる。
白い狼と赤いボタンがついた白兎。そして、テディベアのダッフィー。子供時代、3つのぬいぐるみが私の遊び相手だった。
ダッフィーは母が永眠する棺に入れて一緒に燃やして、母への想いを捨てた。同じく思い入れのある2つのぬいぐるみもそうずべきだったのにそれはできなかった。
手放したくなかった。振り返ってみてもそう思ってしまったのは謎でしかない。
「忘れちゃったの?」
子供のあたしが口を開く。あたし自身だと言うのに言葉に嫌味は全くなく、純粋な疑問があった。
その疑問には答えられそうにない。言葉の真意すらわかっていないのだから。
わからないと言うのになぜか罪悪感があった。気まずくなって目線を逸らす。そして、また息を呑む。
症状の背後に3つのドアが立っている。さっきまでなかった。
左側に立つドアはあたしがくぐった木目板のドア。真ん中のドアは1番なじみのあるもの。あたしが住んでいるマンションの玄関ドア。
あたしは玄関ドアの前に立つ。少女はあたしの背中を眺めながら囁くように言う。
「誓いは果たしている。次は約束を果たさないと」
誓い?約束?
何を言われているのかわからない。あたしは振り返るもそこに少女の姿はなかった。
向き直って、玄関ドアと対峙する。
誓い、約束。果たすべきもの。それはおそらくあたしが忘れたもの。
手先が震える。ドアノブを握る。
開いたドアから涼しげな秋風が吹く。日常の香りがした。
「瑠璃」
カンダタに呼ばれてあたしは振り返った。
民家の庭に植えられた金木犀の香りがコンビニの入り口まで風に乗っててくる9月中旬の秋晴れの日。
振り返った目線にいるのは先ほどあたしを呼んだカンダタ。呆れ顔でこちらを見ている。
「またそれを食うのか」
カンダタが差しているのはビニール袋。中には季節限定のスイートポテトとフライドチキン。
ここはどこ?
自分の立ち位置に混乱し、冷静を取り戻そうと今までの出来事を整理する。
ついさっきまで水面に白蓮が咲く空間にいた。そこで子供時代のあたしと出会い、唐突に出現したドアを潜った。そして、コンビニ前に立っている。
学校の帰り道でよく通っているコンビニで、あたしを取り囲んでいる背景も見知っていて馴染みがある。
まだ混乱しているあたしは呆れ顔のカンダタに「ここはどこ?」と尋ねようとした。
「何よ、あたしが食べるものに文句あるなら自分で稼げるようになりなさいよ」
ハクにフライドチキンをあげながらあたしは言う。口から出たのは話そうとした疑問じゃなく、いつも通りの嫌味だった。
自分の身体なのに思うように喋れないし動けない。それなのにこのやりとりは覚えがある。
あたしがハザマに向かう一週間前にも同じコンビニで同じものを買って同じやりとりをした。
「できないとわかってるだろ」
「カンダタが呑気にぐうたら生活を送っているのは変わりないじゃない」
この台詞も覚えてる。
ビニール袋からスイートポテトを取り出して封を切る。金木犀の柔らかい香りとホロホロと口内で甘く砕けるスイートポテトに満足して、軽い足取りで帰り道を歩く。
恐らく、過去の出来事をなぞるように追体験している。
子供のあたしが言っていた「約束」の手掛かりがここにある。だから、こんな体験をしているの?
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