糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

温室栽培 7

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 木製のボウルから脱出した後、ハクから降りる。場所を移しても四方八方に張っている糸はあたしの目に映り、変わらずに視界の邪魔になっている。頭の鈍痛も治りそうにない。
 額に手を当てて、痛みを紛らす。
 こんなに痛いんじゃ、まともに考えることができない。
 「もしかして体調悪いの?」
 あたしの様子に気付いて清音が眉を八の字にして聞いてきた。
 返答するのも面倒だから掌をひらひら扇ぎ、うざいと伝える。
 頭痛の憂いをこれ以上見られたくない。額の手を退かして、顔を上げる。
 あたしたちが脱出した木の檻の正体は例えた通り、木製のボウルだった。
 そう認識すると今あたしたちが立っている地面が調理台に見えてくる。
 ステンレス製の長方形の台所に木製のまな板や包丁、小麦粉の入った紙袋、棍棒などの調理器具、調味料のボトルが数本が無造作に転がっていた。どの器具も身長の20倍もの大きさがある。
 あたしが小人になってしまったみたい。
 カンダタと合流しないと。
 右も左もどちらに行けばいいかもわからない。勘を頼りに出口を探そうと木製ボウルの影から一歩出る。
 あたしたちが立っているのは壁際に設置された調理台で部屋の中央にはテーブリがある。そこに置かれているのは腐った肉と干涸びた野菜で食べ物として見れない。
 調理台の左側にはコンロ、その上には大型の換気扇がある。その反対には下から突き出て上向きになったダクトがある。
 壁には板だけを嵌めた棚があって、食器や器具が置かれていた。棚の前にはザル、ボウルなどの食器が重ねられている。
 小人サイズになったあたしたちじゃ調理台から降りることもできない。調理場から出るとしたらあのタクトしかなさそうね。ダクトまでなら食器や棚を登って経由するればいけそう。
 ボウルの影に戻って清音にあたしの考えを伝える。清音は黙って頷いて、それに従う。
 ハクを先頭に立たせて、あたしはその背中を見守りながら進むことにする。
 いざ出発と意気込んで影から一歩踏み出す。
 このままゆっくりと進もうとした矢先にハクが鬼の形相で振り返って、けたたましく吠えた。
 “戻れ”と言う突然の警告にあたしは足を引っ込めて後ろにいる清音をボウルの影へと押し返す。
 ハクの姿も声も認識できない清音にとってあたしの行動は奇行で、力強く押されたせいで尻もちをつく。
 対してあたしは膝をついて背を低くさせる。私には緊迫の糸が張り巡らされていて、その様子に文句を言おうとした清音でも口を噤む。
 地響きが起きて、それが徐々に大きくなると遠くにあるドアノブが回った。
 調理場に入ってきたのは農夫の格好した巨人。身長はおよそ80mくらい。巨大だけど、何もかもが大きい調理場ではあのぐらいのサイズが丁度いい。
 死角になっているみたいで巨人は小人の存在には気づいていないようだった。
 こちらに背を向けて部屋の中央にあるテーブルと向かい合う。
 あたしはボウルの影からこっそり顔を出す。
 覗き見されているのを知らない巨人は適当なボウルを用意して腰に下げていた竹籠を持つと逆様にして中身のものをボウルに移す。巨人が邪魔でよく見えないけれどトマトに似た赤い果実を竹籠から出しているらしい。
 それが終わるとテーブルに置いてあった棍棒を持つ。そして、力強くそして勢いのいいリズムでトマトに似た果実を潰し始めた。肉や汁が周囲に飛んでもお構いなく、棍棒で刻むリズムに夢中になり、周りを見ようともしない。
 もし巨人が振り返っても物が散乱している調理台だからすぐに隠れられそうな場所はたくさんある。
 今なら行けるかもしれない。
 あたしが思案していると好奇心に勝てなくなった清音が立ち上がって同じように顔を出す。
 巨人は竹籠に残したトマト似た果実を追加でボウルに入れようとしていた。
 その様子を見た清音が目を丸くさせて声を張り上げる。
「何あれっ!人じゃないっ!」
 その言葉にあたしはやっとその果実の正体を知った。よくよく見れば、赤く爛れた人間が密集して作られた果実だった。
 いや、今はそんな事実どうでもいい。
 問題なのは清音の声に反応した巨人が振り返ってあたしと目が合ったこと。黄色い目玉があたしたちを捉える。
 手には果実を潰した棍棒がある。先端に肉や髪の毛などがこびりついていた。
 食材に過ぎないと思わせられる。
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