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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
温室栽培 10
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あたしは立ち上がって清音を睨む。
「危なかったねぇ」
ひとしきり笑ったあと、そいつが言う。
「えぇ、そうね」
道がなくなったわけじゃない。折れたのは一本だけ。道が細くなって不安があるものの隣のパイプを歩けばいい。
あたしはハクの背中を撫でて、興奮を鎮める。
こいつは危険だと本能が訴えている。ハクが興奮するのもわかる。
だからといってこいつを負ける自信がない。道となっているパイプは老朽化している。錆だらけだからさっきみたいに折れそうなのか一目見ただけじゃ判断できない。
それにこいつから逃げるつもりもない。こいつの正体を知っておきたい。
今のところ、こちらに危害を加えるつもりはないみたいで、気味悪い笑みを浮かべているだけ。
ハクに抱えてもらって逃げるのは最終手段として取っておく。
あたしは頭痛に悩まされながら先に進む。歩調は緩く、石畳を叩く気分でパイプを踏む。
勢いがなくなったあたしにあいつはクスクスとした声で聞いてくる。
「すっかり怯えちゃったんだねぇ。そんなに怖かったの?」
自分の本性を隠すつもりはないみたいで、あたしを挑発してくる。
「恐れ知らずの高飛車さんはどこいっちゃったのかな」
足元ばかりを気にしているからあいつが嘲笑を含めた台詞を吐く。
あたしの格好は猫背でコツコツと足で叩いてから進むから地道になっているから覇気と言うものがない。そうした姿が可笑しいとあいつが言う。
「気をつけてね。下ばかり見てると予想外なとこから来るかもよ。例えば頭上から」
「大丈夫よ」
不安かきたてるあいつの喋りを遮る。
「白い隣人がいてくれるから」
ハクは誰にも見えていない。他人からしてみれば頭がいかれたとしか思えないわね。
それでも、幻覚みたいなハクが信頼できて安らげる。
あたしから信頼を得たハクは誇らしく胸を張って微笑んだ。
「そう」
あいつは息を吐くように短く返す。すると彼女から笑みが消えた。
そこには平凡な女子高生はいなかった。表情はなく感情も読み取れない。
「私もね」
静寂をまとったあいつが声色のない声で言う。
「見えないオトモダチがいるの」
急に戻った静寂に不気味なものを感じるも足元のパイプから目を離さない。
こつこつと叩いたパイプが揺れる。ここは危険だと判断して、避ける。振り返らない。彼女に対する警戒心がそうさせた。
「瑠璃のオトモダチは大きくて頼りになるね」
片隅に置いやっていた恐怖が一気に膨れた。
「見た目は怖いのに甘えん坊だったり、わんこちゃんみたいで可愛いよね」
あたしにしか見えていないハクの容姿をわかっている台詞。清音がハクを認識したことないのに。
見えるようになった?いつから?今も見えてる?
清音の目がハクを追っているか確認したい。そうしたいのに首が回せない。純粋な恐怖が彼女の視認を拒んだ。
まさか、あたしが清音に、清音が纏うに静寂に恐れを抱くなんて。
いや、違う。
あたしは清音じゃなく、清音を装った何かに恐れている。
ハクと言う秘密を暴かれたのに、あたしはあいつの正体をひと欠片も掴めていない。
恐怖が心臓を握って恐慌を誘う。
あたしに冷静さが失われなかったのは皮肉にも頭痛のせいで、思考の邪魔をしてきたのにハンマーに殴られたような痛みがパニックを遠ざけた。
「大丈夫?休んだほうがいいんじゃない?」
清音から心配していない台詞が聞こえてくる。
強い波が弱い波になるのを待ってから止まっていた足を動かす。
「疲れてるんだよ。横になって休もうよ」
頭痛に悩まされ、その上にあいつの言葉に耳を傾けているから体力がごっそりと削られる。
「そしたら夢の続きが見れるよ」
夢?何の話?
そういえば、調理場でも夢の内容を聞かれた。
反応してはいけないと心がけているのに、足を止めてしまう。耳を傾けてしまう。
「夢の中でさぁ、探しに行かないと」
また頭痛が酷くなり蹲る。
「どうして人は忘れちゃうんだろうね」
夢、待ち人、探し物。
鈍痛が響く頭の中で関連性のないワードが飛び交う。
思考なんてものをしようものなら、支離滅裂なワードで埋め尽くされる。
嫌な汗ばかりが額から流れて、鼻から垂れて落ちる。
「あら、こんなところに鏡が」
あいつの話題が変わった。
あたしも同じ方向に向いてみると先ほどまでなかった姿見がそこにあった。
それはパイプの上で立っていなくて、宙に浮いている。
あたしがよく見る姿見とはフォルムが違う。鏡をはめる枠もなく、コップの中の水を床に零したしたような奇妙なシルエットの姿見。
奇妙な鏡には蹲っているあたしとあたしを見下ろす清音が写っている。
清音の姿を鏡越しで見つめる。そして、鏡に映るもう一人の人物に息を呑んだ。
頭痛も嫌な汗も恐怖も忘れた。
姿見から目を離して清音の隣を見る。そこには何もない。
再び鏡に視線を戻す。
やっぱり、あの少年は実態は無いのに、鏡にだけ姿を現している。
少年は清音から絶対離れないと意思を表明していて、スカートの裾を握って、ぴったりと寄り添っている。
10歳~12歳の背格好で、頭・手・足以外は深い影で塗って作ったような衣類に身を包んでいる。生きとし生けるもの全てを憎み忌諱する目は赤い色。カンダタと同じ色。
どうして?なんで?
混乱して、疑問ばかりが浮かぶ。
「預かってるんだ」
当たり前のようにあいつが言う。
目を歪ませ、口角を上げた清音。彼女の首には黒い糸が巻かれている。
「父親似だよね、この子」
鏡の中の少年を凝視する。目を凝らせばはっきりとわかる。少年の首に巻いてある黒い糸。
あぁ、そうか。そうだったのね。
頭痛と混乱で悩む頭で一つの結論を出す。
全部あいつの掌の上だった。
「危なかったねぇ」
ひとしきり笑ったあと、そいつが言う。
「えぇ、そうね」
道がなくなったわけじゃない。折れたのは一本だけ。道が細くなって不安があるものの隣のパイプを歩けばいい。
あたしはハクの背中を撫でて、興奮を鎮める。
こいつは危険だと本能が訴えている。ハクが興奮するのもわかる。
だからといってこいつを負ける自信がない。道となっているパイプは老朽化している。錆だらけだからさっきみたいに折れそうなのか一目見ただけじゃ判断できない。
それにこいつから逃げるつもりもない。こいつの正体を知っておきたい。
今のところ、こちらに危害を加えるつもりはないみたいで、気味悪い笑みを浮かべているだけ。
ハクに抱えてもらって逃げるのは最終手段として取っておく。
あたしは頭痛に悩まされながら先に進む。歩調は緩く、石畳を叩く気分でパイプを踏む。
勢いがなくなったあたしにあいつはクスクスとした声で聞いてくる。
「すっかり怯えちゃったんだねぇ。そんなに怖かったの?」
自分の本性を隠すつもりはないみたいで、あたしを挑発してくる。
「恐れ知らずの高飛車さんはどこいっちゃったのかな」
足元ばかりを気にしているからあいつが嘲笑を含めた台詞を吐く。
あたしの格好は猫背でコツコツと足で叩いてから進むから地道になっているから覇気と言うものがない。そうした姿が可笑しいとあいつが言う。
「気をつけてね。下ばかり見てると予想外なとこから来るかもよ。例えば頭上から」
「大丈夫よ」
不安かきたてるあいつの喋りを遮る。
「白い隣人がいてくれるから」
ハクは誰にも見えていない。他人からしてみれば頭がいかれたとしか思えないわね。
それでも、幻覚みたいなハクが信頼できて安らげる。
あたしから信頼を得たハクは誇らしく胸を張って微笑んだ。
「そう」
あいつは息を吐くように短く返す。すると彼女から笑みが消えた。
そこには平凡な女子高生はいなかった。表情はなく感情も読み取れない。
「私もね」
静寂をまとったあいつが声色のない声で言う。
「見えないオトモダチがいるの」
急に戻った静寂に不気味なものを感じるも足元のパイプから目を離さない。
こつこつと叩いたパイプが揺れる。ここは危険だと判断して、避ける。振り返らない。彼女に対する警戒心がそうさせた。
「瑠璃のオトモダチは大きくて頼りになるね」
片隅に置いやっていた恐怖が一気に膨れた。
「見た目は怖いのに甘えん坊だったり、わんこちゃんみたいで可愛いよね」
あたしにしか見えていないハクの容姿をわかっている台詞。清音がハクを認識したことないのに。
見えるようになった?いつから?今も見えてる?
清音の目がハクを追っているか確認したい。そうしたいのに首が回せない。純粋な恐怖が彼女の視認を拒んだ。
まさか、あたしが清音に、清音が纏うに静寂に恐れを抱くなんて。
いや、違う。
あたしは清音じゃなく、清音を装った何かに恐れている。
ハクと言う秘密を暴かれたのに、あたしはあいつの正体をひと欠片も掴めていない。
恐怖が心臓を握って恐慌を誘う。
あたしに冷静さが失われなかったのは皮肉にも頭痛のせいで、思考の邪魔をしてきたのにハンマーに殴られたような痛みがパニックを遠ざけた。
「大丈夫?休んだほうがいいんじゃない?」
清音から心配していない台詞が聞こえてくる。
強い波が弱い波になるのを待ってから止まっていた足を動かす。
「疲れてるんだよ。横になって休もうよ」
頭痛に悩まされ、その上にあいつの言葉に耳を傾けているから体力がごっそりと削られる。
「そしたら夢の続きが見れるよ」
夢?何の話?
そういえば、調理場でも夢の内容を聞かれた。
反応してはいけないと心がけているのに、足を止めてしまう。耳を傾けてしまう。
「夢の中でさぁ、探しに行かないと」
また頭痛が酷くなり蹲る。
「どうして人は忘れちゃうんだろうね」
夢、待ち人、探し物。
鈍痛が響く頭の中で関連性のないワードが飛び交う。
思考なんてものをしようものなら、支離滅裂なワードで埋め尽くされる。
嫌な汗ばかりが額から流れて、鼻から垂れて落ちる。
「あら、こんなところに鏡が」
あいつの話題が変わった。
あたしも同じ方向に向いてみると先ほどまでなかった姿見がそこにあった。
それはパイプの上で立っていなくて、宙に浮いている。
あたしがよく見る姿見とはフォルムが違う。鏡をはめる枠もなく、コップの中の水を床に零したしたような奇妙なシルエットの姿見。
奇妙な鏡には蹲っているあたしとあたしを見下ろす清音が写っている。
清音の姿を鏡越しで見つめる。そして、鏡に映るもう一人の人物に息を呑んだ。
頭痛も嫌な汗も恐怖も忘れた。
姿見から目を離して清音の隣を見る。そこには何もない。
再び鏡に視線を戻す。
やっぱり、あの少年は実態は無いのに、鏡にだけ姿を現している。
少年は清音から絶対離れないと意思を表明していて、スカートの裾を握って、ぴったりと寄り添っている。
10歳~12歳の背格好で、頭・手・足以外は深い影で塗って作ったような衣類に身を包んでいる。生きとし生けるもの全てを憎み忌諱する目は赤い色。カンダタと同じ色。
どうして?なんで?
混乱して、疑問ばかりが浮かぶ。
「預かってるんだ」
当たり前のようにあいつが言う。
目を歪ませ、口角を上げた清音。彼女の首には黒い糸が巻かれている。
「父親似だよね、この子」
鏡の中の少年を凝視する。目を凝らせばはっきりとわかる。少年の首に巻いてある黒い糸。
あぁ、そうか。そうだったのね。
頭痛と混乱で悩む頭で一つの結論を出す。
全部あいつの掌の上だった。
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