糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

絡まる思慕 3

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 苔玉に飛び移る。3回目となるとコツをつかみ、後の2回はすんなりと超えられる。
 2人のもとに着地し、すぐさま瑠璃に絡み付いた根を千切って剥がす。
「瑠璃!起きろ!」
 はがしながら呼びかけるが、反応がない。
 瑠璃の根を剥がし、清音も剥がすも、再び瑠璃に絡まる。キリがない。
 頭上では光弥の指示でケイが蔓を切り、光弥はそれをカンダタに垂らす。彼の意図を読み取り、垂れた蔓を自身の腰に巻き、ほつれないようきつく結ぶ。一方で光弥は蔓をパイプに括り、その端をケイに持たせる。
 光弥が考え浮かべたのはつるべ式での運用であり、ケイが下に降りる代わりに瑠璃を上げようと考えた。瑠璃を先に上げ、清音をケイが運ぶ。その方が負担が少なく早い。
 降って落ちた蔓を捻り、片腕で瑠璃を抱き上げる。しかし、瑠璃の片足と苔が離れなかった。根が脛に巻きついていた。
 蔓を結ぶのに夢中で気づかなかった。焦りから舌打ちが出た。
 皮膚と根の間に親指を入れ、手加減せずに剥がす。脛から少量の血が噴く。根が刺さっていたのだ。脛の傷は針ぐらいの小さなものだが、光弥の警告が反復された。
「行くぞ」
 光弥が合図し、思考を止める。根の影響については後で光弥から聞けばいい。
 カンダタは蔓を握った。光弥とケイは互いの胴に腕を回し、身体を密着させる。「せーのっ」と光弥が合図するとケイが管から跳ぶ。
 管からの落下と同時にカンダタたちが浮いた。落下する速度と同じ速さで浮上し、天井がせまってくる。ケイたちが着地するとカンダタたちは管の上で円を描く。
 瑠璃を胸に抱え、身体を捻らせる。管の熱がカンダタの背中を打ち、一回低く跳ね、管の上に留まる。腕の中の瑠璃は悪夢に魘されているように息苦しい呼吸を繰り返している。
 下ではケイが清音に絡む根を切り払い、寝込んだ身体を持ち上げ、ケイの背に乗せる。
 ケイたちが苔の玉を飛び移っていく様子に胸を撫で下ろす。清音を背負ったままでもケイは登ってこれるだろう。しばらく待っていればいい。
 体勢を変え、瑠璃を横たえる。刺された右の脛を確認する。
 光弥の警告を考えてみれば、触手に似た根が危険だと理解できる。ならば、どうなって危険なのか?
 脛の傷は小さいものだ。根が与えられる傷がその程度だとして、危険なのは外傷的なものではないのだろう。
 次に考えられるのは毒だ。今のところ肌の変色は見当たらない。
 光弥の解説を待ってはいられない。本当に毒ならば、急がないといけない。
 腰に巻いた蔓を解く。血流を遅らせるため、右の太ももをきつく結ぶ。そして、脛の小さな傷から血を絞り出すように脛を上から下へと押し流す。ちろちろと流れた鮮血は押し流した時にだけ勢いが増す。
 そうしている間も瑠璃は目覚めない。地獄に着いてからこんな調子だ。
「クソッ」
 誰も聞いてないとカンダタは堪えていた焦燥を漏らす。
 油断した小さな悪態は気絶しているはずの瑠璃の耳に届き、彼女は身じろぎをして頭を起こす。
「はく?」
 瑠璃が白い隣人の名を呟く。
「いい加減に起きろ。寝すぎだぞ」
 小言を吐くも瑠璃は言い返さない。
「誓い?約束?果たして、いや果たしている?」
 まだ寝惚けているようで譫言を繰り返す。
「瑠璃?」
 覚醒したが、瑠璃は頭を抱え支離滅裂な言葉を呟いている。目は虚ろで正面にいるカンダタすら視界に入っていない。
「ハク?はく?わたし、あたし?くれんこう?わたしは?」
 瑠璃の動向は開き、虚を探して揺れる。だが、何も捉えていない。
「おいっ!瑠璃っ!」
 何とか正気に戻そうと怒鳴り、頬に平手打ちする。瑠璃の頬は赤く腫れた代わりに呼吸は落ち着き、唇の震えはなくなった。
「あたしは、瑠璃」
 静かに確かめるようにぽつりと言葉を落とす。
「そうだ。お前は瑠璃だ。目、覚めたか」
 瑠璃色の瞳が光を戻し、カンダタを映す。
「お陰様で。頬がじんじんするな」
 いつもの憎まれ口に安心する。
「立てるか?」
 いつもの調子で聞いてみたが、毒が残っているなら立たせないほうが良いのでは、と迷う。
 そんな心配とは関係ないと瑠璃は立ち上がり、足を踏ん張ったところで瑠璃の顔が苦痛に歪んだ。
「足が」
 瑠璃の太ももは毒の流れをできるだけ遅らせようと蔓がきつく縛られている。当然、血の流れも遅くなっているので、蔓の境界線からは不自然に冷たく色も悪い。
 自分の脚を見た瑠璃は頭が冷めていき、状況を呑み込めるようになってきた。
「毒かもしれないから一応な。光弥来るだろうから」
 合流を待とうと提案する前に瑠璃が縛っていた蔓を解く。
 素早い行動であったが、止まっていた血が一気に流れ、瑠璃は蹌踉めいた。膝をつくまいと踏ん張り、頭を抱えながら平行感覚を取り戻そうとする。
「横になれ。休んだほうがいい」
「疲れてないわ」
 彼女の顔は疲弊というよりも苦痛を表していた。目を定め、歯を食い縛るように口を閉ざす。頭を抱え、苦痛を和らげようとする。
「頭が痛いのか?」
「これは蔓に刺される前からよ。関係ない」
「だが」
「こんなところで止まるわけにはいかないのよ。急いでるんでしょ」
 反論を許さない強い語気だった。
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