糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

絡まる思慕 8

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 囚人の声は絶え間なく、多くの者たちが反響し合った声は方向が掴めない。管の下では囚人たちが四角い部屋に押し込まれ、苦悶を押し付けられている。それがどんな内容なのか想像もしたくない。
 カンダタは限られた視界の中でうっすらと見える管を辿ることに集中する。
 暗闇と呻き声、甘い臭いが嗅覚を刺激した。肥溜めは屎尿の臭い、鬼の餌場は血生臭さがあった。
 闇と共に部屋を包むこの匂いは人間は生々しさがなかった。甘くあるが、青臭くもある。
 その臭いは花に近いものを感じる。花となれば、夢見草だろうか。肥溜めに浮かんでいた夢見草は屎尿塗れで花の臭いは消されていた。
 屎尿も酷いものがあったら、甘ったるい臭いも花を摘みたくなるほどの刺激臭がする。
 暗闇のせいで上下の感覚が狂ってしまいそうだった。囚人たちは下に溜まっているのだろうか。反響しているので管から床までの高さが推測できない。
 即死する高さだろうか。肥溜めで瑠璃たちが無事だったのは苔玉の上に落下したからだ。この暗闇にも夢見草が群生しているのはこの匂いが証明している。だからといって同じ幸運が続くとは限らない。
 不安になる要素もう一つある。囚人たちだ。ビニールハウスでは囚人が互い肉を貪っていた。脆く、動きも鈍いので2、3体くらいならばカンダタの対処可能だが、反響している数は一桁では足りない。
 踏み外して落下し、即死を免れたとしてもカンダタも瑠璃たちも囚人たちの餌食になる。
 あれこれと考えていると後ろの清音が急に止まる。
「瑠璃、しっかりして」
 慌てた口調で声をかける。
「どうした?」
 首を回し、後方2人の様子を伺う。瑠璃は項垂れているせいで顔色がわからない。また頭痛のせいだろう。
「さっき踏み外しそうになったんです」
 瑠璃の代わりに清音が答える。
「瑠璃?」
 カンダタも呼びかけてみる。瑠璃の姿をよく見ようと目を凝らす。どうやら、彼女は呼吸が荒くなり、両の肩が大げさが上下していた。
「歩けるか?」
 重ねて呼びかける。質問に意味はない。ただ瑠璃の反応を伺っていた。
 瑠璃が荒い呼吸の合間に「いける」と返す。それでもの囚人たちの呻き声で聞こえてされそうな声色だ。
 暗闇で止まるのは許さない。戻るにしても進みすぎた。前に行くしかない。
 カンダタは意味のない質問をしたわけだが、わかるのは瑠璃の選択は1つしかないということだ。
 今の瑠璃は蝋燭の火に近い。吹けば一瞬にして灯を失う。弱い灯だ。「いける」の三文字すらはっきりと発音できない。だと言うのにたった3文字の声の奥に蝋燭では比べものにならない大火の熱があった。
 なので、カンダタも前に進む。歩調は瑠璃に合わせてゆっくりとだ。
 丸みのある管を踏む。これまでなんとも思ってなかった歩行の動作が今では緊張で強張っている。
「カンダタさん、瑠璃が」
 今度はカンダタを止めずに躊躇いながら呼びかける。
 目線は足元に向けたまま、聴覚は瑠璃たちに意識させる。
 僅かながらに聞こえてきたのは「辿る糸」「正しい順調」「誓いを」と瑠璃の断片的な台詞だった。
「酷くなってるみたいです」
 瑠璃の頭は幻覚と現実を彷徨っている。歩かせるのは危険だ。瑠璃を背負っていくしかないか。
「夢見草は幻覚の作用もあるんですよね?」
 心配する清音。取り除いたはずの根が残っていたのか?
 そうした考えが噛んだ瞬間、足元ががくりと浮いた。
 暗闇しかない空間で何が起きたのか理解が追いつかなかった。平行だったパイプに傾斜ができ、カンダタたちは傾きに沿って滑降する。
 突然の展開にカンダタが浮かんでいたのは管から床までの高さに対する恐怖。そうした恐れを裏切るように滑降は短く、カンダタは湿った地面に転がる。
 そこでようやく管が折れたのだと理解する。
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