糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

永久凍土都市 2

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 清音がケイを説得している間、カンダタは再び瑠璃へと目を向けた。
 瑠璃は壁に背を預けて座り、上着を剥ぐ。怪我をした腕を外に晒す。左腕の袖から細い一筋の線を引いた血が滴っている。
「深手か?」
「気遣いはいらない。邪魔よ」
 可愛げのない返答。だが、負傷した腕は震えていた。もちろん寒さのせいではない。
 深手ではないものの、抉られた傷が痛々しく、温度のある血潮は湯気をたてる。
 懐から裁縫で使うような白い針を掌に乗せると銀色に反射する白糸が瑠璃の手から生まれた。こうしてみると蜘蛛の糸のようだとカンダタは俯瞰して思った。
 器用にも瑠璃は片手で針を持ち、負傷した部分を白糸で縫う。塗ったところから傷がふさがっていき、傷のない綺麗な肌へと戻る。
 瑠璃が自分で傷を縫うさまは痛ましいものだが、本人は泰然としており眉の機微もない。
「なんであんなことしたんだ?」
 先程は拒否されたが、もう一度試みてみる。二度目の質問は非難も含まれていた。
 瑠璃はカンダタを一瞥した後、自分の傷に視線を戻す。
「しつこいわよ」
 非難しても態度は変わらず、答えようとしない。瑠璃の意図が全く読めず、嘆息し頭を掻く。それでも理解しようとした。
「なんでそこまで頑なになる?いや、隠しているのか?」
 唐突に閃いた考えをそのまま口にする。
 瑠璃は縫う手を一瞬だけ止め、すぐに作業に戻る。こちらに目も向けない。
「あたしが?何を?」
 それを言われれば返す言葉がない。あれはただの直感であり、自信も持っていない。
「もうやめませんか?」
 横槍を入れてきたのは清音だった。
「私も生きて、瑠璃も無事なんです。それでいいじゃないですか」
 刺々とした2人の間を緩和しようと清音は笑みを浮かべ、会話を終わらせようとする。このまま終わらせていいのかと迷う。
「談笑はそこまでにしていくわよ」
 迷うカンダタとは違い、瑠璃は立ち上がり、嫌味を含めながら会話を打ち切る。
 納得していない部分が多い。そもそも、瑠璃が原因で出た話題だ。その言い草はないだろう。
 重苦しくなる雰囲気の中、空気を読まない軽快な着信音が鳴った。
 それは瑠璃から来るもので彼女以外のものがその音に目を向ける。
 瑠璃は重苦しい空気がなかったかのように、平然と端末を取り出し、親指で操作すると端末に耳を当てる。
「光弥?」
 平然としていた瑠璃の態度は電話に出ると強張った声色になった。
「えぇ、全員いるわ。そう第5なの」
 第5層。目の前のことで頭がいっぱいになり、忘れていた。カンダタたちは鏡を潜ってきたのだ。瑠璃が言った通り、第5層に足を踏み入れた。
 通話する瑠璃や清音に寄り添うケイから背を向け、冷たいコンクリートの上を歩く。
 冷めた空気が肺を指す。口から吐いて息が白い煙となり、昇って消える。
 影から身体を出せば寂寞とした風景がそこにあった。高層ビルが数多に立ち並び、過密な大群は遥か地平線までを埋め尽くしていた。
 どの建物も廃墟になり、外気にさらされたコンクリートは霜を纏っている。
 冬枯れした静寂。音も空気も凍てつく。一角のビルが崩壊する。その轟音でさえも静寂を際立たせた。
 カンダタたちが立っているのはビルの屋上だった。壊れた柵の隙間から顔を覗かせ、ビルの下を覗く。
 ビルの根本では濁流が流れ、ビルとビルの少ない合間を縫うように流れていっていた。流れの中に溶かしたビールの破片が紛れている。あれらはどこに行くのか目で追ってみるもその先は多くのビルに隠されて見えなくなる。
「光弥からのアドバイス。被り物を覚えて」
 通話を終えた瑠璃が端末をしまい、告げる。
「被り物っていうのは?」
 清音が質問をする。
「見ればわかるらしいわ。あとケイの刀は光弥が回収したと」
「わかった」
 2人と1匹は影の中で会話する。日の下に出たカンダタには彼女たちの表情が見えない。
 カンダタも会話に参加しようと影へと戻る。
「外に行ってなかったのか?何が潜んでいるのか」
 ビニールハウスでは人間とは思えない囚人が人肉を貪ろうと襲ってきた。あの層を管理する巨人の農夫にもいた。そうした驚く事象に対する何かしらの心構えが欲しい。
 「してないなわ。長話は嫌いなのよ」
 カンダタとは違う考えを持っているらしい。光弥からできるだけ多くの情報を聞き出してほしいところだが、「急いでいるでしょ」と一言だけで済ませ、屋上の設置されたドアを開き、ケイや清音に先を譲る。
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