糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

永久凍土都市 3

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 開かれたドアに疑問を抱く風もなく、平然とした足取りで暗いドアの向こうへと消えていく。
 何が起こるかわからない、何が待ち構えているかも想像できない。その答えを持っている光弥に問うこともしない。当然として受け入れている彼女たちを見ているとカンダタだけが異常なのかと自分自身を疑いたくなる。
 しかし、先を急いでいるのも事実である。目指す第4層が遠く当方もない距離に絶望し、またそこで止まれるかと絶望に近い感情が生まれる。
 疑問・思考といったものは先に進むのには邪魔になってしまう。
 カンダタは募る焦燥に従った。
 扉の先には下り階段があり、電灯のない闇は底を隠す。
「カンダタ」
 瑠璃を通り過ぎ、階段に足を踏み入れようとしたところで呼び止められる。
「胚羊水にいた赤目の子、覚えてる?」
「忘れるわけないだろ」
 愚問だと怒気が孕んだ声で即答していた。
 胚羊水と呼ばれる場所で知ったこと。現世でカンダタが死んだ後の紅柘榴の事実。
 カンダタの赤い瞳を受け継いだ赤子を紅柘榴は孕っていた。胚羊水は胎児のまま生を終えた幼い魂が集う場所だ。そこに赤目の子がいたのだから、彼女が産声を聞けなかったのは明らかだった。
「どう、思ったの?その子に対して」
 重ねて問いかける瑠璃にカンダタは目を合わせる。
 なぜ、この時に、瑠璃がこの質問するのだろう。
 他人が抱えている問題に首を突っ込まない。それが家庭のこととなればなおさらだ。それは瑠璃が普通とは思えない環境で育ったせいでもある。
 だと言うのに、この質問の意味はなんだろうか。
 見つめる青い瞳は真摯にカンダタと向き合う。
 疑問はあるものの答えなければいけないと思い至る。
 赤目の子に対しては感情の整理が終えていない部分もある。ごちゃごちゃした感情を言葉にしようと深呼吸ひとつしてから口を開く。
「情けない、と思う」
 呆気なく死んだ自分に対して、懐妊をした彼女の傍にいてやれなかった自分に対して、その子を抱いてやれなかった自分に対して、胚羊水で父親を否定された自分に対して、それに何も言えなくなった自分に対して。
「何も言えない。本当に情けない」
 父親だと言えなかった自分が情けなく、悔しい。
 痛恨もある。自分自身を殺したくなる。蝶男に底なしの憎悪が湧いてくる。それらはカンダタの強い原動力になっている。その一方で別にある強い感情があった。
「もう一度会いたい」
 胚羊水は瑠璃が胎児たちの魂と共に輪廻に流した。そこに赤目のこもいただろう。今更それを言ったとしてもあの子はいない。
「恨まれても良い。どうしようもなく愛しいんだ」
 愛しい。それを言葉にしただけで口が綻んだ。恨まれているとしてもこの感情は消えない。
 安らかな顔に瑠璃はつられるようにして笑を浮かべた。
「よかった」
 ぽつりと零れた安堵の一言。笑顔の意図が読めず、彼女を凝視する。瑠璃がその表情を見せたのは一瞬であり、すぐ様相手を寄せ付けない険しい目つきに戻る。
「早く行って」
 引き止めたのは瑠璃でありながらこの言いようである。
 溜息をつくのもばかばかしいとカンダタは歩き出そうとした。しかし、その前に疑問を解消しておきたい。
「瑠璃は」
 言葉は半ばで止まる。唐突に質問した赤眼の子や一瞬だけ見せた安らかな笑み。口に出したい疑問はあるものの、今の瑠璃ではどれも答えてくれないだろう。
 口を固く閉じ、ドアを潜る。
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