糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

永久凍土都市 5

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 その後も次の部屋、また次の部屋へと移動するも鏡はない。
「見つからないですね」
 清音が愚痴を言う。
「すぐに見つかると思ってたの?まだワンフロアしか回ってない上にビルは無限にあるのよ」
「見つけられるのか不安になってきた」
 瑠璃と清音のやりとりを聞き、カンダタも同意しそうになる。
 鏡を見つけて次の層に進む。やることは簡単で明確だが、実行は難題だ。
 瑠璃を見遣る。彼女自身も自分が言った皮肉で超えられない難題があると改めて自覚したらしい。
「一度、光弥と連絡したらどうだ?」
 地獄に関してカンダタたちはほぼ素人だ。どうしても知識を持つ人の話が必要になる。
「それは」
 そこで瑠璃は声を詰まらせる。
 その後に続く言葉をカンダタは待っていた。その時に耳を劈く鐘の音がオフィスに響いた。
 それが合図だったように今までキーボードを打つしか考えていなかった囚人たちが一斉に絶叫し、立ち上がる。耳を劈いた鐘の音さえも上書きされる絶叫だ。
 ケイは瑠璃と清音の襟首を掴み、部屋の隅へと追いやるとそこで丸まった。カンダタも彼らに続いた。
 カンダタの背中に多くの人が走り去っていくのを感じた。囚人たちが鳴らす足音が床を揺らし、尋常ではない震動にカンダタたちは部屋の隅で固まり、震動が終わるのを待つ。
 囚人たちが我を忘れ、向かったのは廊下であり、狭いドアに多勢が集まる。囚人たちは我先にと廊下に避難しようとしているので、人と人とがお互いを押し潰していた。
 作業の終了を伝える鐘の音、床を踏み揺れる震動、絶叫。あれほど凍らせてあった静寂が粉々に砕け散り、騒音が世界を支配する。
 騒音の中でひと際目立って聞こえたのは鬼の金切り声。
 どこからか現れた鬼を視認すると清音の後頭部の掴み、床を伏せさせる。瑠璃もカンダタに倣い、体勢を低くさせ、ケイは鬼に突進する。しかし、ケイの手には白い刀がない。
 カンダタは思わず叫んだ。
「行くな!鬼は1体じゃない!」
 ケイの行動にカンダタは制止をかけたが、その声は届かない。
 デスクを足場にして跳ね、鬼を襲いかかるケイ。目前のものしか見えておらず、デスクの下に潜む鬼に気付いていないのだ。
 潜んでいた鬼がケイの足を狙い、鉤爪で薙ぎ払う。既の事で鬼を視認したケイは着地した姿勢から前方に身体を傾けて跳ぶ。無理に姿勢を変えたので均衡を崩し、床に転がった。
 2体の鬼がデスクの上に陣取り、ケイを見下ろす。
 牙と爪が同時に振り落とされ、ケイは咄嗟に猫へと姿を戻す。鬼の猛攻をかい潜り、デスクの下へと逃げる。
 鬼は逃げる猫を捕まえようと周囲のデスクを乱暴にひっくり返す。
 部屋の隅で己の存在を主張させまいと床に伏していたカンダタ・瑠璃は今が動く好機だと悟った。
 掴んでいた清音の頭を離し、なるべく人が少ない場所に行こうと四つ這いになって隣の部屋に移る。
 扉を開け、先に瑠璃・清音と中に入れ、次にカンダタが入る。扉を閉める前にケイを待つ。
 ひっくり返されたデスクの隙間から黒猫が姿を出す。デスクを漁る鬼たちは黒猫に気付いていない。
 素早い動きをするケイはカンダタが待つ扉に足音もたてずに走ってくる。鬼たちが永遠にあそこで漁ることを扉を潜った瞬間に扉を閉めた。
 隣の部屋も同じように、廊下側に囚人が集まっていたらしく、そこを狙った2体の鬼が彼らを食らっていた。
 床・壁には数人分の血や内臓が飛び散り、血溜まりを広げる。無傷の囚人はいなかった。扉の周辺で肉の山となって重なっている。
 まだ意識が残っている者もいるようで、手や脚を痙攣させ、言葉にすらならない声で助けを求める。その囚人を救う者はおらず、虚しく肉の山の一部となっていた。
 二つ目の部屋も状況は変わりなく、扉を塞がれている。
「非常階段」
 瑠璃が呟く。彼女が見ていたのは簡略化され描かれた人間の看板。
 囚人たちは一番近くの扉だけを意識し、非常階段は見向きもしなかったようだ。
 あそこに行くには肉の山を食らっている鬼の後ろを通らなければならない。
 先頭を行くのはカンダタであった。足音を出さないようゆっくりと進む。騒音や血の臭いがカンダタたちの存在を消してくれた。
 何事もなく、明かりの消えた緑の看板の下まで着いた。ドアノブを回し、非常階段に続く道を開く。
 その後に瑠璃、清音、ケイと扉を潜り、カンダタはゆっくりと閉める。
「なんで非常階段に逃げなかったんだろ?」
 清音の疑問はもっともであるが、ここから離れるのが先だ。
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