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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
永久凍土都市 6
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凍った途端を滑らないように下る。下の階につき、静かな手つきでドアノブを回し、ほんの少しだけ開ける。
室内を確認してみれば、そこはすでに鬼が食い散らかした後であった。動ける囚人も鬼もいない。
体勢を低くさせたまま、カンダタだけ入る。
上の階はまだ乱闘騒ぎで、その震動がこちらにまで伝わってくる。
カンダタは廊下側の窓へと移動し、そこから廊下の様子を見る。そこもまた血肉が散らばり、生者の気配はなかった。
嵐が過ぎ去った後の廊下を1人の中年男性が走っていった。何かから逃げる中年男性は床に転がってあった豚の被り物を拾うと周りを気にしながら走り出す。
彼が走るその先には鏡があり、その中へと入っていく。
黙って彼の行く末を見守っていたカンダタは潜んでいる必要もないと腰を伸ばし、立ち上がった。そして、非常階段のほうに合図を送る。
瑠璃たちがオフィスに入ってくる。清音は部屋の惨状を見ると口に手を当て眉を寄せた。
「鏡があった」
瑠璃たちにそれを伝えると廊下に出る。
廊下の壁の壁には長方形の枠に収められた姿見がかけられていた。
「形が違う」
第6層にあった鏡は枠のない奇妙な形をした鏡であった。
「こんなこともあったぞ」
カンダタは鏡に入っていた中年男性の話をした。それを聞いた瑠璃は手に顎を乗せて考え込む。
鏡は次の層に行くための装置。塊人たちが使用するものだ。それを囚人たちが使えるのは矛盾がある。囚人たちは各層によって分けられているのだから境界線を超えられると塊人にとって不祥事が出るのだ。
「塊人限定で使うものなら私たちが鏡を超えた時点でおかしいですよね?」
清音の指摘は正しい。
「あなたにしては冴えた意見ね」
瑠璃の冷めた口調は他人を見下ろす浅はかさが見えた。
「変なところでつっかかるな」
カンダタが制すると瑠璃はこちら一瞥するだけで黙る。
また小生意気な台詞で返してくると思ったが、沈黙を貫いたまま鏡へと向かう。
変に大人しいとこちらの調子が狂う。
カンダタは瑠璃の背を追うようにして進む。
不意に立ち止まって振り返る。
廊下は切断された腕や内臓の欠片やらが散乱している。
鬼が食い散らかした跡だ。不思議なものはない。ただ、被り物がない。囚人は皆、あの被り物をしていた。鬼から逃げる際も外すものはいなかった。
囚人の多くは鬼に食われている。だとしたら、食われたものがつけていた被り物はどこに行ったのか。
中年男性が去り際に豚の被り物を持っていたのを思い出す。
彼の被り物はどこに行ってしまったのだろう。
「どうしたんですか?」
「いや」
一言だけ返事を済まし、廊下の突き当たりまで歩いてくる。
姿見を前にすれば当然とカンダタが映る。長方形の平凡な鏡だ。
清音が手を伸ばす。その手は震えていた。指先と鏡が接触すると鏡の中にいたカンダタたちが消えた。
清音が「わっ」と短い声を上げ、手を離す。すると鏡の中の人物が戻ってきた。
次は瑠璃が震えのない手で鏡に触れる。再び鏡のカンダタたちが一瞬で消えた。
「鏡の背景も変わってるわね」
カンダタの背後にあるのは内臓と血だまりの不摂生な廊下だ。しかし、鏡の向こうの風景は惨状が起きなかった綺麗なオフィスの廊下がある。
瑠璃は鏡に両手をつき、体重をかけながら前に進む。体が鏡の中に沈み込み、向こう側へと消えていく。
次にカンダタが触れる。姿見の表面は硬かった。次の層に移動する為の鏡は水面のような柔らかさがあり、抵抗なく入れた。この姿見は力んで押していかないと鏡の向こう側には行けなかった。やはり、別物だろう。
長方形の姿見を潜ると鏡に映っていた清楚な廊下に足がついた。振り返り姿見を見てみれば血みどろの惨劇が長方形の枠に収まって映っていた。
「別のビルに移動するためのものみたいね」
カンダタも同じ意見だ。今立っている廊下の内装が違う。
壁や廊下は暖色系に合わせられていたが、電気が途絶えたそこは寒く、温もりのある配色は心理効果を失くしていた。心なしか鏡を潜った前よりも気温が低くなっているような気がする。
「ぎゃっ」
清音が鏡を潜ってきたと思ったら転倒した。力みすぎたせいだろう。
転んだ恥ずかしさを誤魔化すように笑みを浮かべながら立ち上がる。そうしている間に人の姿になったケイが入ってくる。
暖色の内装と凍える静寂。唐突に谺してきたのは悲鳴と怒声が入り混じった喧騒だった。
「見てくる」
カンダタが先に様子を見に行こうとしたが、すかさず瑠璃が言う。
「あたしも行く」
それに関して反対するつもりはない。だが、瑠璃に釣られるように清音もついて行くと言う。
「私も待っていられないので」
勇ましい顔つきで言い放つ清音に内心で溜息をつく。清音が行くと言うならば当然ケイもつくだろう。
結局、3人と1匹。不仲な空気が胃を締めつける現状はまだ続くようだ。
オフィスは硝子張りで囲まれており、廊下から仕事場の風景が眺められるようになっている。だが、その風景は人と人とが殺し合っているものだった。
透明な硝子も血飛沫がこびりつき、その上にまた血が飛んで重なっていく。
ある者は馬乗りになり一方的に相手を殴り、ある者は組み合う2人の囚人の下敷きにされている。
容赦なく徹底的に、拳のみで殺す。相手が人間だという認識は捨ていた。その時点で自分も人間であることを捨てている。それに気付かず、ひたすら殴る。
そうした乱闘が硝子に囲まれたオフィスの中で起きていた。
室内を確認してみれば、そこはすでに鬼が食い散らかした後であった。動ける囚人も鬼もいない。
体勢を低くさせたまま、カンダタだけ入る。
上の階はまだ乱闘騒ぎで、その震動がこちらにまで伝わってくる。
カンダタは廊下側の窓へと移動し、そこから廊下の様子を見る。そこもまた血肉が散らばり、生者の気配はなかった。
嵐が過ぎ去った後の廊下を1人の中年男性が走っていった。何かから逃げる中年男性は床に転がってあった豚の被り物を拾うと周りを気にしながら走り出す。
彼が走るその先には鏡があり、その中へと入っていく。
黙って彼の行く末を見守っていたカンダタは潜んでいる必要もないと腰を伸ばし、立ち上がった。そして、非常階段のほうに合図を送る。
瑠璃たちがオフィスに入ってくる。清音は部屋の惨状を見ると口に手を当て眉を寄せた。
「鏡があった」
瑠璃たちにそれを伝えると廊下に出る。
廊下の壁の壁には長方形の枠に収められた姿見がかけられていた。
「形が違う」
第6層にあった鏡は枠のない奇妙な形をした鏡であった。
「こんなこともあったぞ」
カンダタは鏡に入っていた中年男性の話をした。それを聞いた瑠璃は手に顎を乗せて考え込む。
鏡は次の層に行くための装置。塊人たちが使用するものだ。それを囚人たちが使えるのは矛盾がある。囚人たちは各層によって分けられているのだから境界線を超えられると塊人にとって不祥事が出るのだ。
「塊人限定で使うものなら私たちが鏡を超えた時点でおかしいですよね?」
清音の指摘は正しい。
「あなたにしては冴えた意見ね」
瑠璃の冷めた口調は他人を見下ろす浅はかさが見えた。
「変なところでつっかかるな」
カンダタが制すると瑠璃はこちら一瞥するだけで黙る。
また小生意気な台詞で返してくると思ったが、沈黙を貫いたまま鏡へと向かう。
変に大人しいとこちらの調子が狂う。
カンダタは瑠璃の背を追うようにして進む。
不意に立ち止まって振り返る。
廊下は切断された腕や内臓の欠片やらが散乱している。
鬼が食い散らかした跡だ。不思議なものはない。ただ、被り物がない。囚人は皆、あの被り物をしていた。鬼から逃げる際も外すものはいなかった。
囚人の多くは鬼に食われている。だとしたら、食われたものがつけていた被り物はどこに行ったのか。
中年男性が去り際に豚の被り物を持っていたのを思い出す。
彼の被り物はどこに行ってしまったのだろう。
「どうしたんですか?」
「いや」
一言だけ返事を済まし、廊下の突き当たりまで歩いてくる。
姿見を前にすれば当然とカンダタが映る。長方形の平凡な鏡だ。
清音が手を伸ばす。その手は震えていた。指先と鏡が接触すると鏡の中にいたカンダタたちが消えた。
清音が「わっ」と短い声を上げ、手を離す。すると鏡の中の人物が戻ってきた。
次は瑠璃が震えのない手で鏡に触れる。再び鏡のカンダタたちが一瞬で消えた。
「鏡の背景も変わってるわね」
カンダタの背後にあるのは内臓と血だまりの不摂生な廊下だ。しかし、鏡の向こうの風景は惨状が起きなかった綺麗なオフィスの廊下がある。
瑠璃は鏡に両手をつき、体重をかけながら前に進む。体が鏡の中に沈み込み、向こう側へと消えていく。
次にカンダタが触れる。姿見の表面は硬かった。次の層に移動する為の鏡は水面のような柔らかさがあり、抵抗なく入れた。この姿見は力んで押していかないと鏡の向こう側には行けなかった。やはり、別物だろう。
長方形の姿見を潜ると鏡に映っていた清楚な廊下に足がついた。振り返り姿見を見てみれば血みどろの惨劇が長方形の枠に収まって映っていた。
「別のビルに移動するためのものみたいね」
カンダタも同じ意見だ。今立っている廊下の内装が違う。
壁や廊下は暖色系に合わせられていたが、電気が途絶えたそこは寒く、温もりのある配色は心理効果を失くしていた。心なしか鏡を潜った前よりも気温が低くなっているような気がする。
「ぎゃっ」
清音が鏡を潜ってきたと思ったら転倒した。力みすぎたせいだろう。
転んだ恥ずかしさを誤魔化すように笑みを浮かべながら立ち上がる。そうしている間に人の姿になったケイが入ってくる。
暖色の内装と凍える静寂。唐突に谺してきたのは悲鳴と怒声が入り混じった喧騒だった。
「見てくる」
カンダタが先に様子を見に行こうとしたが、すかさず瑠璃が言う。
「あたしも行く」
それに関して反対するつもりはない。だが、瑠璃に釣られるように清音もついて行くと言う。
「私も待っていられないので」
勇ましい顔つきで言い放つ清音に内心で溜息をつく。清音が行くと言うならば当然ケイもつくだろう。
結局、3人と1匹。不仲な空気が胃を締めつける現状はまだ続くようだ。
オフィスは硝子張りで囲まれており、廊下から仕事場の風景が眺められるようになっている。だが、その風景は人と人とが殺し合っているものだった。
透明な硝子も血飛沫がこびりつき、その上にまた血が飛んで重なっていく。
ある者は馬乗りになり一方的に相手を殴り、ある者は組み合う2人の囚人の下敷きにされている。
容赦なく徹底的に、拳のみで殺す。相手が人間だという認識は捨ていた。その時点で自分も人間であることを捨てている。それに気付かず、ひたすら殴る。
そうした乱闘が硝子に囲まれたオフィスの中で起きていた。
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