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1章 神様が作った実験場
彼の日常について 3
しおりを挟む後頭部と背中に強い衝撃を受けて、男は目を覚ます。目覚めるのはいつも同じ場所だ。
一つの溜め息を吐いてから起き上がる。傷はなくなっているはずなのにまだ背中の痛みが残っている。
背中を摩り、先程と同じバールを入手して外へと出る。14階のガラス張りのビルに入り、同じ道順を辿った。前の自分が死んだ非常階段まで着くと脚を止める。
そこにいた鬼たちはいなくなっていた。辺りを探してもそれらしい姿はない。男を追ったまま、どこかへ行ったのだろうか。しばらく、帰ってこないでほしいと願いながら、非常階段へと跳ぶ。今回は鉄棒も落とさず、身体も落とさなかった。
自分が落ちた屋上の縁に立ち、真下を見る。そこにあるはずの鬼と自身の死体がない。
地獄では「死」がない。男はすでに死んでいるのだから死にようがないのだ。この身体が行動不能、意識を失えば目覚めた場所に戻るようだった。その間に鬼の死体もこの世界が処理してくれるようだ。
何もなかったと、あの時あった無念も後悔もなかったものにされる。仏たちが速く次を見せろと催促する。
まぁ、いいさ。今更、文句ひとつも浮かばない。
次の建物へと移動する。跳ねて登って下って跳ねてを繰り返し、ビル街を上から通って行く。今回は難なく、ビル街を越えられた。次の難題は駅になる。
駅がどういうものなのか男は知らなかった。改札は風変わりな竹箱にしか見えず、線路は梯子が横倒しにされたものだと、的外れな憶測をしていた。
背の低いビルを降りて、西口から駅へと入る。
それなりに大きいこの駅にはいくつかの飲食店とコンビニがある。そこを通り抜けて改札を過ぎホームへと行くのだが、この駅にも鬼が潜んでいる。
駅が鬼の巣になっているわけでない。潜んでいるのはせいぜい1、2体ぐらいだ。普通に進めば出くわすことはほぼない。
構内は窓が少なく、あるとすれば、大通りの天窓ぐらいしか光は注がれない。陰に隠れる鬼は光に寄りつかないので、天窓が作る光道には入らない。しかし、獲物がいれば話は違ってくる。
確かに光には近寄らない。だが、奴らは常に飢えている。光に精神が消耗されていたとしても鬼は男を待ち構える。闇の中に精気を休ませながら待ち伏せをする。光道を選んでも影を選んでもどちらからに鬼がおり、どちらにもいない場合がある。つまりは賭けなのだ。
男は光道を選ぶ。陰の道は曲がっていたり、遠回りをしなくてはならないが光道ならば真っ直ぐ歩けばいいだけだ。
道が単純な分、音は響き、呼吸は大きくなる。
その静寂はほんの小さな唸り声も大きく反響させた。それは間違いなく鬼のものだった。すぐそこにいる。鬼が現れる前に男は近くにあった喫茶店の陰へと身を隠す。奥のテーブル下へと身体を潜らせて鬼の動向を見張る。
鬼は光道を歩いていたのが休もうと同じ喫茶店へと入った。カウンターが死角となってうまく見えないが、鬼が丸テーブルの隙間に身を置いて丸まる様子がわかる。
あのまま喫茶店を通り過ぎればよかったのに。すぐ近くの寝息に舌打ちをする。
いや、これは好機かもしれない。
鬼は男の存在にすら気付いていない。油断して爆睡している。鬼を生かしておくよりも息の根を止めておいたほうがこの先、まだ安全と言えるだろう。
音を消したまま、立ち上がり鬼の枕元へと近づく。
穏やかな寝息で膨らみ縮む背中。バールを両手で握り、振り上げた刹那、黒く丸まった鬼が飛び起きた。間近に来た男の気配を感じたのかそれとも狸寝入りをしていたのか、鬼の真意を知る由もない。それでも、剥き出された牙は一直線に男の喉へと向かう。
男は怯まず、バールを振り下げた。バールは鬼の鼻先にぶつかり、牙の軌道はずれる。
代わりに鉤爪は男を襲った。黒銀の刃が男の腕を引き裂く。いや、これは大げさな言い方だ。鉤爪は袖を裂いて、肘から手の甲まで切っ先が掠めていった。深い傷ではないが、浅い傷でもない。
鮮血が川のように流れて床に滴る。バールを握る力が強くなる程に流れる量が増えていく。痛みも流血も気にせずに今にも吠えそうな鬼の口の中へバールを突く。
耳障りな金切り声を聞く前にその声帯を潰せたのはよかった。あんな声で泣かれたらどこかにいる鬼が聞きつけてしまっただろう。ただ、喉に刺したバールが抜けない。
鬼は邪魔になっているバールを取り除こうと首を振るう。手を放せばよかったのに、唯一の武器を取り戻そうと振られるバールをしつこく握る。そんな執着心が男の身体を投げた。
大きく強く振るう首に合わせて、男も同じ力で振るう力は到底抗いようがなく、身体は右から左へと振り回されて通路へと飛ばされる。
砂、塵だらけの床と腕の傷口は接触して摩擦を起こす。痺れた痛みが脳に伝わる。鬼は喉に刺さったバールを引き抜いて床に投げると怒りの眼差しをこちらに向けた。
傷ついた腕を庇いながら立ち上がろうとするもすでに鬼は目の前まで迫っており、口から滝のように血が流れて、男の頭上へと注がれる。怒りの鉤爪が横たわる男の肩から腹を引き裂く。そうなる前に身体を捩じらせて刃を回避する。避けられたことに苛つきを見せながらも、もう片手で男を捕えようとする。
男の脳はひとつの対処策を出していた。まず、腰と脚を自身の頭に向かわせるように上げて足先の軌道は鬼の下顎へと衝突する。鬼の頭は見上げて喉元に隙が生じる。そこへもう一度、両脚の蹴りを見舞わせた。
鬼の身体が退けそっているうちに立ち上がる。軽い
脳震盪を起こしていた鬼は男に対して何もできず、茫然として見つめる。
衝撃を負ったその脳に追い打ちをかける。握った拳は目、喉、耳と急所と思われる部位を執拗に攻めた。腕の痛みも忘れて息さえも止めていた。連続的に追わせられる頭への打撃に鬼の思考はついていけず、男に殴られるまま抵抗もしなかった。
肺が再び呼吸を取り戻した頃には、殴っていたそれはただの残骸にとなっていた。
消耗は激しいが、1体は死んだ。負傷した腕も動かす分には問題ない。
バールを拾い、光道に戻る。
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