糸と蜘蛛

犬若丸

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1章 神様が作った実験場

ずれ 1

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 あたしがカンダタの異常性を知るのはそのすぐ後になる。
 街の上を通る線路の橋。カンダタが言うには、この線路を辿って駅をいくつか過ぎてから、途中の駅から降りるのだそうだ。
 その経過の途中に続いているはずの線路が途切れていた。正しく言えば橋が落ちていた。
 橋が崩れていたのはほんの一部でそこを越えればまたいつもの線路が続いている。ただ向こう岸までは8mぐらいの空間があった。
 話が違うじゃない。カンダタに文句を言ってやろうとした。すると、すぐ横で彼が横切った。適度な助走をつけたカンダタが8mの空中を軽々跳んで行く。 
 向こう岸に着地したカンダタはあたしに早く来いと手招く。驚いて口を開けていたけれど、次に出たのは大声での文句だった。
 「無茶言わないでよ!跳べるわけないじゃない!」
 彼は手を招いて来いと伝えてくる。声を出さないのはまだ大声を出せないから。
 彼は何か言い返したけど、まだ大声を出すほど声量は回復していないみたいで、掠れた声は届かなかった。
   カンダタの顔には驚きと呆れといった表情がある。彼にとって8mは大した飛距離ではないらしい。
 あたしは先週行われた体力テストでの立ち幅跳びの結果を思い出して再び目の前の障害を眺める。やっぱり、無理。こんなの助走つけても跳べる距離じゃない。
 「あんたみたいなのと一緒にしないで!あたしは無理!別の道にして!」
 カンダタは肩をすくめてもう一度跳んで着地する。あたしと向き合ったカンダタはまた肩をすくめて、困ったように眉を垂らす。
 「何よ。怪物倒すあんたとあたしを比べないでくれる?」
 カンダタはあたしの訴えをを聞き入れたみたいでけれど、まだ渋っている。
「きい、え、き、け」
 一つの単語を発しようとして失敗し、咳き込む。ジェスチャーとニュアンスで危険と言いたいのがわかった。
「他の道は危険だってこと?」
 あたしの解釈は合っているようでカンダタは一度だけ頷く。つまり、この道が一番安全なのね。
 けれど、あたしが通れないんじゃそれは道じゃない。
 「どこにいても同じでしょ」    
 結局、2人と1体は線路の道を逸れて近くのホームから下の街道を行くことになった。



 瑠璃という人柄を短く言い表すなら「我儘で口が悪い」だ。
 この道が安全だと教えたとしても「通れない」「歩けない」と言い張り、微かな風が吹けば「埃っぽい」「歩きたくない」と言う。小言を聞かされるたびに反論したくなるのだが、錆びた喉では言葉を綴ることができない。
 声を忘れるほどの長い年月。カンダタには幾つかの道順を記憶していた。
 その中で比較的、鬼の出現が少ない道を選んだのだが、瑠璃では飛び越えられなかった。
 そうなると鬼が出やすい道を通ることになる。カンダタとしては好ましくない。
 誰かとつるむのはこんなに面倒だったかと今更になって後悔する。
 カンダタにも友人・仲間と呼べるものがいたのかと考えることが時折あった。だが、誰かと行動するのは必要以上に疲弊するようだ。
 自分だけで精一杯だというのに相手を配慮するのは面倒に違いないのだ。
 カンダタたちは線路を一旦離れ、しばらく公道を歩いた後、坂道を登る。その先にあるのは鉄の箱が無数に転がる大道に出た。
「高速道路を歩くなんて、新鮮ね」
 瑠璃がポツリと呟く。鉄の箱の名称が「車」なのだとその時に教えてもらった。瑠璃はそれらに詳しいようだった。
 話していてわかったのだが、瑠璃とカンダタとでは生きていた世界が違う。服装や口調、持っている知識・常識。何もかもが違う。
 カンダタに生前の記憶はないもののある程度の常識は持っている。そのわずかな知識と瑠璃の身なり、性格を比べてみても彼女は異質であった。
 どうやらカンダタ死んでいる間にも時代と言うものは流れていくようで彼女とのずれはそこから生じていた。
 自身が死んだ先のことを妙に知りたくなった。自身が死んだ際の記憶さえないのに幾年先の未知なる時代に胸が躍る。
 車とは何か、瑠璃が生きている世界に存在するのか。それらを聞きたくても声が出せないのがもどかしい。
 弾むような好奇心を隠しながら瑠璃を連れ、高速道路と呼ばれる橋を歩く。
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