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1章 神様が作った実験場
魂のプログラム 2
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「いろいろ聞きたいだろうけど、まずは食事にしようか」
「あんたと食事なんかしないわ。空腹じゃないし」
「いいや。君は飢えている。なにしろあそこに3日もいたんだ。飲まず食わずの状態のままね」
「まさか」
にわかには信じられない。だって、まだ一日も経っていないじゃない。
地獄には太陽も時計もなかったから体感と時間の間にずれがあってもおかしくない。
だからといって3日もずれは生まれるもの?
3日も飲み食いしていなかったら走れないだろうし、飢えで苦しむはずだわ。
「まずは食事を。大丈夫、毒は入れていないよ」
光弥はあたしを食事の間へと案内する。
テーブルに並べられたのは白米、味噌汁、焼き魚、お漬物といったシンプルな品々だった。なのに、それらが芳ばしく誘惑して抗う暇もなく箸をとった。
彼の言う通り、あたしは空腹状態だった。
あたしは手を止められず、時には噛むのも忘れて飲み込むように米、味噌汁、魚、野菜と口を休ませずに次々と入れる。
ここまで空腹になっておきながら飢えていたのにも気付かなかったなんて。あたしの体感は狂っていたようね。
「まずは自己紹介。俺は光弥。輪廻と地獄とハザマを管理する1人。それで笹塚は」
「苗字はやめて」
食事に夢中になっていても、これだけは許せなかった。
「じゃぁ瑠璃で。呼び捨てでもいいだろ?」
苗字で呼ばれるのは嫌。だからと言って馴れ馴れしくされるのも不快。そもそも、なんであたしの名前を知っているのよ。
光弥に対する不信を募らせて、味噌汁を飲みながら見定めるように観察する。光弥はこの沈黙を「良し」と捉えた。
「どこから説明しようかな。何聞きたい?」
「カンダタ、あたしと一緒にいた男がいたでしょ。そいつどうしたの?」
「彼は瑠璃と同じように休ませているよ。まぁ、用事が済めば地獄に帰らせるけど」
真面目に答えるつもりはないみたいで、爪の中に溜まったゴミを取ったり、服から外れた糸くずを弄りながら適当な返しをしてくる。
「どういうこと?あたしはどうなるわけ?ここはなんなの?」
思わず、食事の手を止めて光弥を問い詰める。光弥は片手を上げて呑気に笑う。まず、落ち着け、と手で合図する。
「一気に質問しないでくれ。そうだな。ここがどこか。そこから話をしようか」
気だるそうにため息を吐く。光弥は体勢変え、それから背筋を伸ばして長い話を始める。
「さっきも言ったけれど、ここはハザマ。現世と地獄の間にあるからハザマ。俺たちは自分たちのことを塊人って呼んでる。ハザマにいる塊人は魂と地獄の管理をしているんだ。俺たちの仕事は、ハザマに流れてきた魂を地獄か輪廻かで仕分けてるんだ。ほかにもあるんだけれど大まかな説明はこんなもんかな。瑠璃と一緒にいた男は刑期を終えていないから戻すんだ」
「なら、あたしは?」
「瑠璃の場合は、まぁ、なんというか。例外、という、か」
「急に歯切れが悪くなったわね」
饒舌に話していたのに、あたし自身の質問をしたら思考を巡らせて言葉を選んでいるみたいだった。そして魚のように目を泳がせながら口を開く。
「はっきり、言うと、瑠璃は死んでいないんだ。幽体離脱というやつかな。本来、身体が死んで魂だけになると失う感覚がいくつかあるんだ。空腹もその一つ。瑠璃は身体と魂が繋がっているから、感覚が消えずに魂だけになっても空腹や怠さを感じるんだ。だいぶ、鈍くなっているみたいだけどね」
「それだと、カンダタは?彼は痛がってたわ。痛覚は死んでも残るの?」
「いいや、痛覚もない。囚人にはプログラムを入れておくんだよ」
「プログラム?」
「簡単さ。ドリルで頭蓋骨に穴を開けてプラグを刺して、魂に痛覚のコードを入力するだけ。他にも色んなものを付け加えているんだけどね。このプログラムを使えば記憶や人格もいじれる」
「もしかして、地獄で彼が空の穴を目指したのも、記憶がなくなっていたのも?」
「空の穴?あぁ、あれね。そうさ。第4では一定の場所を目指すよう、使命感のコードを入力している。苦痛も行動もしてくれないと罰とは言えないだろう。記憶はあれが勝手に忘れたんだろ」
顔には出さなかったけれどあたしは心の中で笑った。カンダタの言っていたのは別の誰かが勝手に作ったものだった。ほんと、哀れで滑稽な奴。百年以上求めて続けていたものは結局、虚像に過ぎなかった。彼は虚像を求めて、虚像に縋っていた。全てが報われると信じて疑わない、愚かな奴。
そういえば、カンダタの変異もプログラムされたものなのかしら。
それにしては矛盾がある。罰で苦しむための地獄なら、自我のない凶暴化はそのルールに反している。自覚があるのなら別だけれど、カンダタには記憶すらなかった。
「ねぇ、そのプログラムで飢えさせたり、凶暴になったりするの?例えば、ゾンビみたいになる、とか」
「なんだい、それ。第4には不要なものだよ。そういえば、二人は揉めていたようだけど、あれがゾンビになったのかい?」
「まぁ、そんなとこ」
「どこかで、バグがあるのかも。修正が必要だな」
光弥の言い草は適当さの中に傲慢な部分があった。それはあたしたちが下にいて当然という気に食わない態度だった。そして、彼とはどこか、ずれみたいなものがある。そのずれを言葉では表現できようがないけれど、受け入れられないずれだった。
「さて、食べ終わったなら、ここを案内しよう。親父にも会わせないと」
「なんであんたの父親に会わないといけないのよ」
「そりゃあ、親父はここの最高権力者だからさ。所謂、所長ってやつだな」
充分な食事を終えた後、あたしは光弥の案内により、寝殿造りの館から外へと出る。館は青く茂った深い竹林に囲まれていて、人が行ける道は一本しかなかった。白い小石で敷いた砂利道だけど歩きにくくはなかった。
「俺たちがいるのは中島の一つ。さっきでのが宿泊所ってとこかな。この竹林を抜けると大池があって、その真ん中に建っているのが俺たちが主に働く寝殿になる」
「あんたと食事なんかしないわ。空腹じゃないし」
「いいや。君は飢えている。なにしろあそこに3日もいたんだ。飲まず食わずの状態のままね」
「まさか」
にわかには信じられない。だって、まだ一日も経っていないじゃない。
地獄には太陽も時計もなかったから体感と時間の間にずれがあってもおかしくない。
だからといって3日もずれは生まれるもの?
3日も飲み食いしていなかったら走れないだろうし、飢えで苦しむはずだわ。
「まずは食事を。大丈夫、毒は入れていないよ」
光弥はあたしを食事の間へと案内する。
テーブルに並べられたのは白米、味噌汁、焼き魚、お漬物といったシンプルな品々だった。なのに、それらが芳ばしく誘惑して抗う暇もなく箸をとった。
彼の言う通り、あたしは空腹状態だった。
あたしは手を止められず、時には噛むのも忘れて飲み込むように米、味噌汁、魚、野菜と口を休ませずに次々と入れる。
ここまで空腹になっておきながら飢えていたのにも気付かなかったなんて。あたしの体感は狂っていたようね。
「まずは自己紹介。俺は光弥。輪廻と地獄とハザマを管理する1人。それで笹塚は」
「苗字はやめて」
食事に夢中になっていても、これだけは許せなかった。
「じゃぁ瑠璃で。呼び捨てでもいいだろ?」
苗字で呼ばれるのは嫌。だからと言って馴れ馴れしくされるのも不快。そもそも、なんであたしの名前を知っているのよ。
光弥に対する不信を募らせて、味噌汁を飲みながら見定めるように観察する。光弥はこの沈黙を「良し」と捉えた。
「どこから説明しようかな。何聞きたい?」
「カンダタ、あたしと一緒にいた男がいたでしょ。そいつどうしたの?」
「彼は瑠璃と同じように休ませているよ。まぁ、用事が済めば地獄に帰らせるけど」
真面目に答えるつもりはないみたいで、爪の中に溜まったゴミを取ったり、服から外れた糸くずを弄りながら適当な返しをしてくる。
「どういうこと?あたしはどうなるわけ?ここはなんなの?」
思わず、食事の手を止めて光弥を問い詰める。光弥は片手を上げて呑気に笑う。まず、落ち着け、と手で合図する。
「一気に質問しないでくれ。そうだな。ここがどこか。そこから話をしようか」
気だるそうにため息を吐く。光弥は体勢変え、それから背筋を伸ばして長い話を始める。
「さっきも言ったけれど、ここはハザマ。現世と地獄の間にあるからハザマ。俺たちは自分たちのことを塊人って呼んでる。ハザマにいる塊人は魂と地獄の管理をしているんだ。俺たちの仕事は、ハザマに流れてきた魂を地獄か輪廻かで仕分けてるんだ。ほかにもあるんだけれど大まかな説明はこんなもんかな。瑠璃と一緒にいた男は刑期を終えていないから戻すんだ」
「なら、あたしは?」
「瑠璃の場合は、まぁ、なんというか。例外、という、か」
「急に歯切れが悪くなったわね」
饒舌に話していたのに、あたし自身の質問をしたら思考を巡らせて言葉を選んでいるみたいだった。そして魚のように目を泳がせながら口を開く。
「はっきり、言うと、瑠璃は死んでいないんだ。幽体離脱というやつかな。本来、身体が死んで魂だけになると失う感覚がいくつかあるんだ。空腹もその一つ。瑠璃は身体と魂が繋がっているから、感覚が消えずに魂だけになっても空腹や怠さを感じるんだ。だいぶ、鈍くなっているみたいだけどね」
「それだと、カンダタは?彼は痛がってたわ。痛覚は死んでも残るの?」
「いいや、痛覚もない。囚人にはプログラムを入れておくんだよ」
「プログラム?」
「簡単さ。ドリルで頭蓋骨に穴を開けてプラグを刺して、魂に痛覚のコードを入力するだけ。他にも色んなものを付け加えているんだけどね。このプログラムを使えば記憶や人格もいじれる」
「もしかして、地獄で彼が空の穴を目指したのも、記憶がなくなっていたのも?」
「空の穴?あぁ、あれね。そうさ。第4では一定の場所を目指すよう、使命感のコードを入力している。苦痛も行動もしてくれないと罰とは言えないだろう。記憶はあれが勝手に忘れたんだろ」
顔には出さなかったけれどあたしは心の中で笑った。カンダタの言っていたのは別の誰かが勝手に作ったものだった。ほんと、哀れで滑稽な奴。百年以上求めて続けていたものは結局、虚像に過ぎなかった。彼は虚像を求めて、虚像に縋っていた。全てが報われると信じて疑わない、愚かな奴。
そういえば、カンダタの変異もプログラムされたものなのかしら。
それにしては矛盾がある。罰で苦しむための地獄なら、自我のない凶暴化はそのルールに反している。自覚があるのなら別だけれど、カンダタには記憶すらなかった。
「ねぇ、そのプログラムで飢えさせたり、凶暴になったりするの?例えば、ゾンビみたいになる、とか」
「なんだい、それ。第4には不要なものだよ。そういえば、二人は揉めていたようだけど、あれがゾンビになったのかい?」
「まぁ、そんなとこ」
「どこかで、バグがあるのかも。修正が必要だな」
光弥の言い草は適当さの中に傲慢な部分があった。それはあたしたちが下にいて当然という気に食わない態度だった。そして、彼とはどこか、ずれみたいなものがある。そのずれを言葉では表現できようがないけれど、受け入れられないずれだった。
「さて、食べ終わったなら、ここを案内しよう。親父にも会わせないと」
「なんであんたの父親に会わないといけないのよ」
「そりゃあ、親父はここの最高権力者だからさ。所謂、所長ってやつだな」
充分な食事を終えた後、あたしは光弥の案内により、寝殿造りの館から外へと出る。館は青く茂った深い竹林に囲まれていて、人が行ける道は一本しかなかった。白い小石で敷いた砂利道だけど歩きにくくはなかった。
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