61 / 644
1章 神様が作った実験場
魂のプログラム 9
しおりを挟む
怒声が聞こえてきた。追手が来る。カンダタはガラス張りの回廊を通り抜けて、十字路を真っ直ぐに進もうとしたが、前方からも複数の駆け足が聞こえてくる。
急に閉ざされた選択肢に慌てるも左へと曲がる。しかし、それは行き止まりの選択でそこにあるのはどこに繋がるのかわからない戸がひとつだけあった。後戻りはできない。ドアノブを回し、明かりのない闇の中へと突き進んだ。
カンダタは螺旋階段の踊り場に立ち、閉めた戸の向こう側へと耳を澄ませた。騒ぎ声がする。カンダタを探している。静寂と悪臭の闇の中で動悸が激しくなる。ここにいては見つかってしまう。早く階段を上がろう。
戸から顔を背けて振り返ると、瞳孔が開いた目玉が二つ、こちらを直視ていた。その目とカンダタの目との間は1㎝程度で、その近さに慄いて後ろへと退く。驚きは背後に戸があるのを忘れさせて、ドアノブが背中にぶつかった。
急速に走った動悸と硬直する体。その時になってはっきりと周囲を認識した。
円錐柱の大広間だった。円を描く壁に沿って螺旋階段が上から下へと繋げている。中心には一本の太く巨大な柱があり、そこから無造作で無数に枝分かれした鉄棒がこちらの階段にまで伸びている。鉄棒には裸体の人間が逆さになって吊るされていた。
カンダタは鉄棒の先端に吊るされた女性と目が合ったのだ。両手両足は縄で縛り、2本の足首をS字の針金が貫いている。
人間の精肉工場。まさに、そういう場所だった。豚か牛、鶏が吊るされていたら、ここはただの精肉工場だった。しかし、人が吊るされればその異常さは底知れない。カンダタも目の前の現実を受け止めきれず、吐き気を覚える。
カンダタは女性に近寄った。
こめかみの上に2cmほどの穴がある。血抜きが終わった後で、穴の中身が綺麗に見える。頭蓋骨を貫き、薄柿色の脳みそが2cmの穴からカンダタを見つめ返す。
これは光弥たちがしたものだろうか。この人々はなぜ頭蓋骨に穴を空けて吊るされているのだろうか。
驚くべきものはまだあった。まず、目線が合うのだ。彼女からも彼女の右隣の老人も左隣の青年も目が合う。
半信半疑だった。確かめる為に一本の指をたてると彼女の鼻先まで持って行く。指を左へ移動する。大きく開いた黒目が指を追う。右へ移動する。黒目も動く。血を抜かれ、頭に穴が空けられてもまだ意識があり、無感情に動くものを見つめる。
不意に螺旋階段の頭上から複数人の怒声や悲鳴が重なって降ってきた。断末魔は短く、円錐状の大広間に不気味な反響を残して次第に消える。
上にはまだ何かある。カンダタはその断末魔に導かれて階段を上がる。
頭蓋骨に穴を空けられても意識が残っている人たちの目は無表情のまま身動きもせず、眼差しだけが階段を上がるカンダタを見つめる。その老若男女の人々の中には5歳児ほどの子供までいた。
幼い子の目を見つめ返しながらカンダタは螺旋階段の頂上に着く。灯りのない踊り場に一本の回廊があった。回廊の右方面には窓があり、回廊奥の突き当りまで続いている。窓の向こう側は白い空間があり、目が痛くなる程の眩しい光は黒く暗い回廊とは対照的だった。怒声や悲鳴は聞こえてこない。不気味な静寂だけが耳を劈く。
階段の踊り場から回廊へと足を運ぶ。窓向こうの白い空間にも同じように吊るされた人が並んでおり、空いた穴からプラスチック製の黒いコードが伸びてノートパソコンに繋がっていた。
そんな状態の者たちが5人。そしてもう1人、防護服を着用して作業する人がいた。背丈からして男性のようだ。彼は窓に背を向けてパソコンに夢中になっている。窓越しのカンダタには気付いていないようだ。
そこに並ぶ5人は先程の無表情な人たちとは違っていた。その人たちは泣いていたのだ。手足を縛られて、対抗もできず、自身に起きる惨状を嘆いては防護服の男に悲痛を訴える。小さな声は窓を隔てるカンダタには届かない。しかし、痛みに歪む顔と逆さになって流れる涙が彼らの訴えを代弁していた。
カンダタは白い空間に並ぶそれらを悲痛な面持ちで眺める。すると、また悲鳴と怒声が重なった断末魔が響く。今度は近く、そして強く反響する。
回廊は一本続きなっているが窓向こうの白い空間はいくつかの部屋に分けられており、その区切りが長い窓から見て取れる。 回廊から隣の部屋を眺めてみるとそこにあったのは阿鼻叫喚だった。
手足を縛れてもなお、芋虫のように床を這って逃げる者。それを追い詰めるように電気棒を振るう防護服の者。首の頸動脈を切り、血抜きを行う者。ドリルで頭に穴を空ける者。
彼らが行っていたのは魂のプログラムを書き換える工程。それを愕然と眺めていた。
現世で生きていた人々が全裸にされてどれほど泣き叫んでも塊人は無慈悲に電気棒を振るい、首を切り、吊るし、ドリルを押し込む。
これが、人々が仏と崇めた者たちの成す業とでも言うのか。食肉と同じ扱いをされるこれが仏なのか。
これが、死んだ後の結末なのか。
「こんな、こんなものが俺たちの末路か!」
受け止められない現実に吐き気がする。空っぽの胃袋では吐くものもなく、代わりに吐いた言葉に返すものはいない。しかし。
「それはちょっと違う」
それは後ろから現れた。
急に閉ざされた選択肢に慌てるも左へと曲がる。しかし、それは行き止まりの選択でそこにあるのはどこに繋がるのかわからない戸がひとつだけあった。後戻りはできない。ドアノブを回し、明かりのない闇の中へと突き進んだ。
カンダタは螺旋階段の踊り場に立ち、閉めた戸の向こう側へと耳を澄ませた。騒ぎ声がする。カンダタを探している。静寂と悪臭の闇の中で動悸が激しくなる。ここにいては見つかってしまう。早く階段を上がろう。
戸から顔を背けて振り返ると、瞳孔が開いた目玉が二つ、こちらを直視ていた。その目とカンダタの目との間は1㎝程度で、その近さに慄いて後ろへと退く。驚きは背後に戸があるのを忘れさせて、ドアノブが背中にぶつかった。
急速に走った動悸と硬直する体。その時になってはっきりと周囲を認識した。
円錐柱の大広間だった。円を描く壁に沿って螺旋階段が上から下へと繋げている。中心には一本の太く巨大な柱があり、そこから無造作で無数に枝分かれした鉄棒がこちらの階段にまで伸びている。鉄棒には裸体の人間が逆さになって吊るされていた。
カンダタは鉄棒の先端に吊るされた女性と目が合ったのだ。両手両足は縄で縛り、2本の足首をS字の針金が貫いている。
人間の精肉工場。まさに、そういう場所だった。豚か牛、鶏が吊るされていたら、ここはただの精肉工場だった。しかし、人が吊るされればその異常さは底知れない。カンダタも目の前の現実を受け止めきれず、吐き気を覚える。
カンダタは女性に近寄った。
こめかみの上に2cmほどの穴がある。血抜きが終わった後で、穴の中身が綺麗に見える。頭蓋骨を貫き、薄柿色の脳みそが2cmの穴からカンダタを見つめ返す。
これは光弥たちがしたものだろうか。この人々はなぜ頭蓋骨に穴を空けて吊るされているのだろうか。
驚くべきものはまだあった。まず、目線が合うのだ。彼女からも彼女の右隣の老人も左隣の青年も目が合う。
半信半疑だった。確かめる為に一本の指をたてると彼女の鼻先まで持って行く。指を左へ移動する。大きく開いた黒目が指を追う。右へ移動する。黒目も動く。血を抜かれ、頭に穴が空けられてもまだ意識があり、無感情に動くものを見つめる。
不意に螺旋階段の頭上から複数人の怒声や悲鳴が重なって降ってきた。断末魔は短く、円錐状の大広間に不気味な反響を残して次第に消える。
上にはまだ何かある。カンダタはその断末魔に導かれて階段を上がる。
頭蓋骨に穴を空けられても意識が残っている人たちの目は無表情のまま身動きもせず、眼差しだけが階段を上がるカンダタを見つめる。その老若男女の人々の中には5歳児ほどの子供までいた。
幼い子の目を見つめ返しながらカンダタは螺旋階段の頂上に着く。灯りのない踊り場に一本の回廊があった。回廊の右方面には窓があり、回廊奥の突き当りまで続いている。窓の向こう側は白い空間があり、目が痛くなる程の眩しい光は黒く暗い回廊とは対照的だった。怒声や悲鳴は聞こえてこない。不気味な静寂だけが耳を劈く。
階段の踊り場から回廊へと足を運ぶ。窓向こうの白い空間にも同じように吊るされた人が並んでおり、空いた穴からプラスチック製の黒いコードが伸びてノートパソコンに繋がっていた。
そんな状態の者たちが5人。そしてもう1人、防護服を着用して作業する人がいた。背丈からして男性のようだ。彼は窓に背を向けてパソコンに夢中になっている。窓越しのカンダタには気付いていないようだ。
そこに並ぶ5人は先程の無表情な人たちとは違っていた。その人たちは泣いていたのだ。手足を縛られて、対抗もできず、自身に起きる惨状を嘆いては防護服の男に悲痛を訴える。小さな声は窓を隔てるカンダタには届かない。しかし、痛みに歪む顔と逆さになって流れる涙が彼らの訴えを代弁していた。
カンダタは白い空間に並ぶそれらを悲痛な面持ちで眺める。すると、また悲鳴と怒声が重なった断末魔が響く。今度は近く、そして強く反響する。
回廊は一本続きなっているが窓向こうの白い空間はいくつかの部屋に分けられており、その区切りが長い窓から見て取れる。 回廊から隣の部屋を眺めてみるとそこにあったのは阿鼻叫喚だった。
手足を縛れてもなお、芋虫のように床を這って逃げる者。それを追い詰めるように電気棒を振るう防護服の者。首の頸動脈を切り、血抜きを行う者。ドリルで頭に穴を空ける者。
彼らが行っていたのは魂のプログラムを書き換える工程。それを愕然と眺めていた。
現世で生きていた人々が全裸にされてどれほど泣き叫んでも塊人は無慈悲に電気棒を振るい、首を切り、吊るし、ドリルを押し込む。
これが、人々が仏と崇めた者たちの成す業とでも言うのか。食肉と同じ扱いをされるこれが仏なのか。
これが、死んだ後の結末なのか。
「こんな、こんなものが俺たちの末路か!」
受け止められない現実に吐き気がする。空っぽの胃袋では吐くものもなく、代わりに吐いた言葉に返すものはいない。しかし。
「それはちょっと違う」
それは後ろから現れた。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる