糸と蜘蛛

犬若丸

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1章 神様が作った実験場

魂のプログラム 9

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 怒声が聞こえてきた。追手が来る。カンダタはガラス張りの回廊を通り抜けて、十字路を真っ直ぐに進もうとしたが、前方からも複数の駆け足が聞こえてくる。
 急に閉ざされた選択肢に慌てるも左へと曲がる。しかし、それは行き止まりの選択でそこにあるのはどこに繋がるのかわからない戸がひとつだけあった。後戻りはできない。ドアノブを回し、明かりのない闇の中へと突き進んだ。
   カンダタは螺旋階段の踊り場に立ち、閉めた戸の向こう側へと耳を澄ませた。騒ぎ声がする。カンダタを探している。静寂と悪臭の闇の中で動悸が激しくなる。ここにいては見つかってしまう。早く階段を上がろう。
 戸から顔を背けて振り返ると、瞳孔が開いた目玉が二つ、こちらを直視ていた。その目とカンダタの目との間は1㎝程度で、その近さに慄いて後ろへと退く。驚きは背後に戸があるのを忘れさせて、ドアノブが背中にぶつかった。
  急速に走った動悸と硬直する体。その時になってはっきりと周囲を認識した。
  円錐柱の大広間だった。円を描く壁に沿って螺旋階段が上から下へと繋げている。中心には一本の太く巨大な柱があり、そこから無造作で無数に枝分かれした鉄棒がこちらの階段にまで伸びている。鉄棒には裸体の人間が逆さになって吊るされていた。
  カンダタは鉄棒の先端に吊るされた女性と目が合ったのだ。両手両足は縄で縛り、2本の足首をS字の針金が貫いている。
  人間の精肉工場。まさに、そういう場所だった。豚か牛、鶏が吊るされていたら、ここはただの精肉工場だった。しかし、人が吊るされればその異常さは底知れない。カンダタも目の前の現実を受け止めきれず、吐き気を覚える。
  カンダタは女性に近寄った。
  こめかみの上に2cmほどの穴がある。血抜きが終わった後で、穴の中身が綺麗に見える。頭蓋骨を貫き、薄柿色の脳みそが2cmの穴からカンダタを見つめ返す。
  これは光弥たちがしたものだろうか。この人々はなぜ頭蓋骨に穴を空けて吊るされているのだろうか。
  驚くべきものはまだあった。まず、目線が合うのだ。彼女からも彼女の右隣の老人も左隣の青年も目が合う。
  半信半疑だった。確かめる為に一本の指をたてると彼女の鼻先まで持って行く。指を左へ移動する。大きく開いた黒目が指を追う。右へ移動する。黒目も動く。血を抜かれ、頭に穴が空けられてもまだ意識があり、無感情に動くものを見つめる。
  不意に螺旋階段の頭上から複数人の怒声や悲鳴が重なって降ってきた。断末魔は短く、円錐状の大広間に不気味な反響を残して次第に消える。
  上にはまだ何かある。カンダタはその断末魔に導かれて階段を上がる。
 頭蓋骨に穴を空けられても意識が残っている人たちの目は無表情のまま身動きもせず、眼差しだけが階段を上がるカンダタを見つめる。その老若男女の人々の中には5歳児ほどの子供までいた。
  幼い子の目を見つめ返しながらカンダタは螺旋階段の頂上に着く。灯りのない踊り場に一本の回廊があった。回廊の右方面には窓があり、回廊奥の突き当りまで続いている。窓の向こう側は白い空間があり、目が痛くなる程の眩しい光は黒く暗い回廊とは対照的だった。怒声や悲鳴は聞こえてこない。不気味な静寂だけが耳を劈く。
 階段の踊り場から回廊へと足を運ぶ。窓向こうの白い空間にも同じように吊るされた人が並んでおり、空いた穴からプラスチック製の黒いコードが伸びてノートパソコンに繋がっていた。
  そんな状態の者たちが5人。そしてもう1人、防護服を着用して作業する人がいた。背丈からして男性のようだ。彼は窓に背を向けてパソコンに夢中になっている。窓越しのカンダタには気付いていないようだ。
 そこに並ぶ5人は先程の無表情な人たちとは違っていた。その人たちは泣いていたのだ。手足を縛られて、対抗もできず、自身に起きる惨状を嘆いては防護服の男に悲痛を訴える。小さな声は窓を隔てるカンダタには届かない。しかし、痛みに歪む顔と逆さになって流れる涙が彼らの訴えを代弁していた。
 カンダタは白い空間に並ぶそれらを悲痛な面持ちで眺める。すると、また悲鳴と怒声が重なった断末魔が響く。今度は近く、そして強く反響する。
 回廊は一本続きなっているが窓向こうの白い空間はいくつかの部屋に分けられており、その区切りが長い窓から見て取れる。 回廊から隣の部屋を眺めてみるとそこにあったのは阿鼻叫喚だった。
  手足を縛れてもなお、芋虫のように床を這って逃げる者。それを追い詰めるように電気棒を振るう防護服の者。首の頸動脈を切り、血抜きを行う者。ドリルで頭に穴を空ける者。
  彼らが行っていたのは魂のプログラムを書き換える工程。それを愕然と眺めていた。
  現世で生きていた人々が全裸にされてどれほど泣き叫んでも塊人は無慈悲に電気棒を振るい、首を切り、吊るし、ドリルを押し込む。
  これが、人々が仏と崇めた者たちの成す業とでも言うのか。食肉と同じ扱いをされるこれが仏なのか。
  これが、死んだ後の結末なのか。
  「こんな、こんなものが俺たちの末路か!」
  受け止められない現実に吐き気がする。空っぽの胃袋では吐くものもなく、代わりに吐いた言葉に返すものはいない。しかし。
  「それはちょっと違う」
  それは後ろから現れた。
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