糸と蜘蛛

犬若丸

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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う

それは薄明のような赤い記憶 2

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 清音は背中が裂かれ、そこから少年に成長した赤眼の子が出てきた。その時の、身体の損傷は激しく生きているはずがなかった。
 「死んだ筈だ」
 呆然と呟く。清音は面白おかしく目を細める。
 「見ての通りだよ?」
 両手を広げくるりと一回転し、正面に向き直れば清音の全身に黒蝶が刻まれていた。
 「そんな顔しないで。ケッコウ快適なんだよ」
 「戻れるのか?」
 カンダタの問いかけに清音は理解できず、首を傾げる。
 「戻れない」
 拘束されている光弥が清音の代わりに答えてくれた。
 生者がこちら側で死の経験をすれば現世の身体には戻れない。それが以前聞いた話だ。一度でも「死」を経験すれば魂は生者から死者に変わる。
 光弥は「戻れない」と答えた。清音は生者ではなくなったようだ。
 それを知っているのか、清音は無知な笑顔をしている。
 「カンダタが聞きたいのはそれなの?もっとあるでしょう。赤い眼の男の子とか」
 清音はわざとらしく話題をすり替えた。
 心が揺らいだのは事実だ。だが、すぐに冷静になり、彼女の問いかけには答えなかった。注意深く相手を観察する。
 「それとも阿婆擦れな女のほうを聞きたい?」
 耳障りな言葉を奥歯で軋ませながら聞き流す。カンダタの目線は清音から地面に移る。
 清音の足元には黒猫のケイ。元から無口であったが、この状況に何も言わないのは不自然であった。地面はケイ以外に目立ったものはいない。
 「瑠璃のことはいいの?」
 勘のようなものが働いていた。
 清音は関係のない話を長々しく喋っている。そういった場合は時間稼ぎをしているのが大抵の常磐だ。
 清音の周囲、自身の左右。ここには3人しかいない。あと見ていないのは天井だ。
 「話を聞けっ!」
 顔を上げた瞬間、清音の怒声が響いた。
 天井にへばりついているそれが気になるものの鼓膜に響く怒声により天井から清音へと目線が戻る。
 再びカンダタと目が合うと満足し、笑顔になる。怒気を纏った彼女はまるで別人だった。一瞬だけ鬼の面を被ったようだ。
 鬼を感じさせない笑顔で清音は問う。
 「あれ気になる?素敵でしょ?」
 聞けと怒鳴ったわりには自分のことよりも天井のあれを指差して関心を向ける。
 激しく心変わりをする清音の情緒よりもあれに意識が向いてしまう。
 首から下は普通の女子高生の格好をしていた。頭だけが異様であった。生後間もない数十羽の赤茶色をした雛鳥たちが一つに纏まり、不気味な球体となって頭部の代わりとなっている。右腕は欠損し、2本の脚と一本の腕で天井に張りつく。着ている制服は瑠璃や清音と同じものだ。
 「黒蝶であの姿になったのよ。彼ってすごいよね」
 清音の登場や蝶化した女子高生により、光弥を拘束していた腕が緩んでしまった。
 それを好機とみなした光弥は大きく捻りながらカンダタに体当たりをする。
 不意打ちをされたカンダタは地面に転がった。
 天井にいた雛鳥女子が手足を離し、地面へと着地すると蜘蛛のような素早さでこちらへと突進してくる。
 すぐ様起き上がり、洞窟の外の方へと走る。
 洞窟の闇を突き進もうとしたその先で同じ制服を着た女子がカンダタの前に立ち塞がる。彼女の頭部は錆だらけの扇風機になっていた。
 両手を突き出し、こちらに手を伸ばす扇風機女子はカンダタを捕まえるつもりでいる。
 その手前で身を屈め、扇風機女子の懐をかい潜る。天井を這いながら追るのは雛鳥女子であり、カンダタの頭上に降りてくる。身を翻して落下してくるものから逃れる。
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