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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
それは薄明のような赤い記憶 6
しおりを挟むカンダタの身体は粘つきのある糸に捕縛され、両目もその糸によって塞がれてしまい、視覚から得られる情報は僅かしかなかった。
糸は特殊で粘着質で丈夫であった。カンダタに密着し、離さないときつく縛る。肩を揺らし、胴を捻っても解けない。
カンダタは水揚された魚のような勢いで暴れていたが、鋭く尖ったものが両の足首を貫かれた。
不意打ちに刺され、声を上げそうになったが口も糸で塞がれているので悲鳴にもならず、くぐもった声が口内に留まるだけであった。
足首を貫いたそれはカンダタを運びたいらしい。だからといって持ち上げるわけでもなく引き摺って岩道を通る。
カンダタは赤い目玉を上下左右に動かし、限られた視界で見渡す。
あるのは白い濃霧と巨大な影だ。影の全体的な姿は見えない。影の中央から伸びる太い針が足首を貫いている。
どこかに向かっている。巨体を引き摺りながらカンダタを引き摺っているようだ。向かっている場所は洞窟がある山だ。
戻ってきた。
絶望的なものが胸を満たし、溜息とともに目を閉じる。
そこで一度、意識が途絶えたらしい。次に目覚めた時は洞窟内におり、蒸し暑さでいつの間にか沈んでいた意識が浮上する。
足を貫く釣り針が上がり、自然とカンダタも逆様になって浮上する。唐突の出来事に目を開けると目下に血の沼が泡を吹いていた。跳ねた熱い雫がカンダタの髪や頭皮に当たる。
釣り針は抜かれたが、糸を岩の天井に括ってもているのか、逆さ吊りのまま放置された。
熱い雫が肌に当たる刺激は火傷に近いものがあった。首をあげたくてもそれすらもできない。
カンダタの周囲には同じように糸に縛られ吊るされる囚人が幾人かいた。
吊るされた囚人のうち一人が池に落ちた。熱によって糸が溶け、血の沼に落下しているようだ。
そのせいか血の沼は煮たきった肉や砕けた骨、髪の毛などが浮いている。自分もこうなるらしい。
身動きも取れず、現状もわからず、カンダタはただ待つことしかできない。
「だから行くなって言ったのよ」
血の沼の上で赤い幻がぼやいた。
「ほんと人の話聞かないよね」
こんな幻をうんざりだ。幻聴も。消えてくれと叫びたくも塞がれた口では言葉は出ない。
しかし、不思議と聞いたことのある台詞であった。
幻聴を無視し、糸が溶け、身体が下がり、赤い水面が近づくのを待った。
ぶつりと糸が切れたのは突然であったが、心構えがあったせいか心理的な痛みはなかった。そのかわり、沼に落ちた身体が熱に犯された。皮が爛れ、全身が燃える熱に身悶える。
嘆く暇はなく、肉と骨が溶けてしまう前に、意識が完全になくなってしまう前にカンダタは沼の岸へと向かい泳ぐ。
目は使い物にならない。だが、方角は覚えていた。神経が焼き切れそうの手が地を使うんだ。沼の浅い所に来た。
岩場に上ると空気がまたカンダタを刺激した。肌がなくなり、露わになった肉が冷たい空気に驚いている。
息を吸って吐くのも辛い。視力を失ったが、自分がどんな格好しているのかは想像できる。
皮膚がなくなり、溶けた肉から骨の一部が見える。目蓋も血の沼に落としてきたので乾燥した目玉を守るのもできない。
疲弊し、力尽きたカンダタは寝心地の悪い石の地面にうつ伏せになった。一応、上がってこれたが、肉も骨も脳のどろどろに溶けようだようだ。立ち上がるのもできない。
このままでも死ねるだろうか。指一本も動かない。呼吸が苦しい。痛みがない。それが怖い。この状態で寝たらあの巨大な影が戻ってくるかもしれない。
考えがまとまらず、不安と恐怖が増幅する。
「大丈夫よ、私がいるもの」
そこに降ってきた一言がから騒ぎする脳内を沈めさせた。赤い幻がカンダタに話しかけていた。
その自信はどこからくるんだ。
呆れ、ぼやきたいが、それは声にはならない。入れたとしても相手は幻であり実際には誰もいない。それが悔しく惜しくもあった。
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