糸と蜘蛛

犬若丸

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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う

それは薄明のような赤い記憶 8

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 走ったせいで上がっていた心拍数が止まった。驚きと戸惑いが混ざり、初めて見る異色の白に足が止まりそうになる。
 思考が停止しても白い鬼は構わずに白い爪を振り下ろす。
 爪に光が反射する。眩しく瞳の奥を刺激する光は混乱し、緩まった速度を再び回復させた。
 爪が髪の先を掠める。苛立った鬼の金切り声を聞きながらカンダタは更に足を速めた。
 白い鬼は確か瑠璃の隣人だった筈だ。瑠璃しか見えない白い隣人にカンダタは半信半疑であった。瑠璃がつまらない嘘をつくようには思えず、だからと言って見えないものを信じるほどの信頼はない。
 だが、目の前に現れた白い鬼は瑠璃の幻も信憑性が増す。
 もしかしたら、あの白い鬼は瑠璃が話していた白い隣人ではないだろうか。
 半ば混乱し出た思案は浅く、考えが固定されればそうなのだと信じてしまう。
 カンダタは踵を返し、金目の鬼と見つめ合う。白い隣人の名を呼ぼうと息を吸う。
 名は知っている。瑠璃が呼びかけているのを何度か聞いており、それはカンダタにも印象的に残っていた。
 「ハク!」
 大きく叫ぶ。しかし、白い鬼は止まらなかった。
 瑠璃が話す白い隣人ではない。直感的に悟り、即座に身を屈める。白鬼はカンダタの頭上を通り過ぎ、光のほうへと跳んでいった。
 カンダタも光が強くなるほうへと踏み入れる。
 そこは足場が蜘蛛の巣状態となった広間があった。その
下には沸騰した血の沼がある。
 巣の中心には清音が立ち、天井には雛女子が張り付いている。白鬼は出口の傍でカンダタを睨み、後からケイと泥女子が入ってくる。
 「雛鳥に扇風機に泥、おまけに異色の鬼、か。驚かされてばかりだな」
 「あともう1人いるよ」
 清音は自慢気に答える。
 「来てくれたのね嬉しいわ。瑠璃のことを聞きたいの?それでも赤目君のこと?」
 「いろいろ、たくさんあるさ」
 暑さで汗が流れる。だが、なぜか背筋は冷たかった。
 「だったら一緒に行こうよ。ここだとゆっくり話せないし、手伝って欲しいこともあるの」
 どうやら、今の清音はまともな会話をしてくれるようだ。
 ケイと泥人間がにじりに寄ってくる。それを確認した後、また清音に目を向ける。
 「どうだろう。俺ができるものはないと思うが」
 泥人間は糸のような細い岩の道を絶妙な均衡で歩きながらカンダタを見据えているようだった。
 「でも知りたくない?瑠璃がどうなったか。例えば、瑠璃の行方とか?」
 「いや大体わかるさ。瑠璃は、ハザマにいるんだろう」
 清音の反応を観察する。一瞬、彼女は口を開けたまま、言葉を詰まらせたが、すぐに笑顔を戻した。
 「へぇ、どうしてそう思ったの?」
 瑠璃は地獄にいないだろうと勘のようなものがあった。地獄ではないならハザマだろうと清音に引っ掛けてみたが、その発言を清音は疑っている。
 「なんだ?疑ってるのか?」
 「だって、そうでしょ?どこからそんな根拠が出るのよ」
 疑っているのは確かなようだ。
 「ねぇ、なんでそう思ったの?」
 更に重ねて問いかける。
 後ろでケイがゆっくりと近づいてくる。彼から離れてたく、細い岩道を慎重に歩む。ケイからは刀の金属音、白鬼からは金切り声。静かであるが音は高く、どちらも耳障りだ。
 「ここの層にいるならとっくに再会できてるだろ。第7層も同じだ。ならハザマしかないだろ」
 「たったそれだけ?」
 他にもあるでしょ、と清音は優しく問い詰める。
 「他にも聞きたいのか?」
 清音が頭を捻る。考えている間、カンダタは周囲を見る。泥人間はカンダタの左側に立ち、こちらの様子を伺っている。ケイは背後で刺すような目つきで睨んでいる。右隣の細道ではには扇風機女子がカンダタの歩調に合わせながら進んでいる。
 「ねぇ、蝶男のとこにいるって考えなかったの?」
 清音が巣の中心から一歩だけ進んだ。
 「ハザマにいるなんてカンダタの妄想でしょ。瑠璃は蝶男と一緒にいるの。第6層で逃げる瑠璃をケイが捕まえたのよ。そこから蝶男と二人っきり」
 更に一歩カンダタに近づく。退こうとしたが、ケイと白鬼がいる。カンダタを確実にそれでいてゆっくりと追い詰めている。
 「カンダタならわかるでしょ。二人っきりになると何をされるか。狭い檻で経験した。そうでしょ?」
 清音が項を摩るとカンダタの項が疼いた。
 「放っておいていいの?」
 手をカンダタに伸ばす。
 赤い幻が手招いている。清音の背後にある右側の出口に立ち、カンダタが来るのを待っている。
 カンダタは疼く項を無視し、清音を睨んだ。
 「瑠璃は蝶男のとこにいないだろ」
 近づいてくる清音にカンダタは退くが、後ろにはケイがいる。左右には泥女子と白鬼、天井には雛人間。四面楚歌だ。
 震えて滑り落ちその足を落ち着かせ、言い聞かせる。予想できた状況だ。怖がるな。
 「怖がらないで」
 心を読み取ったような清音の台詞にカンダタは強張る。心を読まれたわけじゃない。顔に出ただけだ。
 「瑠璃の最後を見た?左腕をなくしたの。かわいそうに」
 第6層の時、ケイに腕を切断された瑠璃はひたすらに逃げていた。カンダタが見たのはそれが最後だ。あの状況から考えれば清音たちに捕まってもおかしくない。
 だが、それはないだろう。そうでなければカンダタの発言に対して清音が疑問には持たず、それをしつこく聞いたりもしない。
 「瑠璃が蝶男に所ににいるのか、それを証明できるものがあるか?」
 その問いが意外であり、気に食わないのか清音は不機嫌に首を傾げる。
 「意地悪なこと言わないで。証明だって何を示せばいいかわからないよ」
 確かにその通りだ。ここに本人がいないのなら証明できるものはない。
 「ケイは左腕を切った。清音が命じたからだ」
 カンダタはその場で想像を膨らませ、独り言のように呟く。
 「瑠璃の魂、全てはいらない。少なくとも彼女の一部があれば良い。深追いはしなくていい」
 核心を突いたのか、清音から笑顔が消え、こちらを睨め付ける。
 「瑠璃は蝶男の所にいないな。奴にも彼女の行方がわからないんだ」
 そこまで言い切ったカンダタだったが、この想像も証明できるものはない。ただ、無表情になった清音が全てを物語っているようだ。
 「でも一緒に来てくれるんでしょ?だってこっちにはアカメ君がいるもの」
 嫌に口角を上げる清音。逃げ腰になっていたカンダタはその時だけ身体の震えが止まった。
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