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7章 赤い珠が映す空想未来
白い鬼、幼い記憶 11
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葉のない木々を避けて、柔らかい雪の上を跳ぶ。そういった感じで障害物を乗り越えていった。
雪原にぽつりと丸まった影も障害物だと思っていた。けれど、その影が立ち上がって私と目があったので、それが障害物ではなく、人なのだと認識した。
白い鬼と目があった娘は見たことがない雪のように白い怪物に慄いた。
娘が抱いた感情は私も同時に抱いて、駆ける足を止める。けど急に止まることができず、細くて大きな足は雪を削って、その下の地面も一緒にえぐる。
娘にも私にも雪と泥が被った。
兄と乳母さん以外で出会ってしまった緊張感で頭がいっぱいになって、まずこの人をどうしようとしか考えられなかった。
乳母さんの話では外の人間は金品を奪い、子は攫われ、女は下敷きにされる。
私は子供で、女で、だとしたら攫われて二度と乳母さんたちのところには帰れずに一生下敷きにされるのだろうか。
娘は持って集めていた木の枝を投げつけてきたので、私は顔を庇った。
合っていた目線が外されると娘は立ち上がって走り出した。
私に背中をみせて走る。それで今は鬼なっていたんだと思い出す。
鬼の姿なら私に襲ってくることもない。でも、人の姿に戻ったら下敷きにされて紙のようにぺらぺらになるまで使われるんだ。
もう焦りはなくなって、それでもゆっくりとしていられないから猫と同じ歩調で進む。
兄の匂いと足跡を頼りに枯れた林の中を進んでいたのに次第に雪はなくなって、兄の匂いは別の臭いと混ざり合い向かうべき方向を失ってしまった。
途方に暮れて、代わりに知らない臭いを辿ると小さな家がいくつか集まったところに出た。
泥臭くて汗臭いこの臭いは外の人間の臭いだ。小さな家の集まりはこの人たちの住処のようだった。
逃げたい気持ちが強かったけど、もしかしたら兄が捕まっているかもしれない。
そう考えるといてもたってもいられずに家の集まりに近づいた。
住んでいる人たちが集落を中心に集まって、各々が武器になる弓や刀を持って集まっていた。
ある娘の話によれば鬼が出たそうだ。
恐れ騒めく男たちが集まる中、私はそっと近づいた。一人の男と目が合い、「出た」と叫んだ。それは私に対する威嚇であり、私は驚いて一歩引いた。
娘が言っていた通りだ。この目に映すまで鬼の話を信じられずにいたが、実物がそこに現れ、低く唸っている。皆一様に考える同じで、集落に現れた鬼は生活や家族を脅かすものだ。
男たちが持っている武器を構えた。今更「兄を探してます」とも言えず、そもそも鬼の姿は声帯の形が違うから人の時のように喋れない。
恐怖と混乱で何も考えられなくなった農夫が鍬を振りかぶって走ってきた。
怒った時の乳母さんと同じ表情で走ってくるから私は彼を見つめたまま固まっていた。太い三本針が私の右肩を刺して、その後にえぐるような動きをされたから我慢できずに武器を振り払う。
武器はあっさりと抜けて、男も鍬から手を離して尻餅をついた。
弓矢が飛んで来るのが見えて、私はひょいっと後方に跳ねる。
「化けもんが」
矢を飛ばした狩人の一人が吐き捨てた。睨んだその目線には殺意というものがあった。
塀の中にきた侵入者は鬼の私を見ると怯えて逃げるのに集まっている男たちは私に武器を向け、暴力を振るうつもりでいる。人数は十も超えていて、こんな多数と対面したこともない。
こんなのは初めてで、刺された右肩がじくじくと痛む。
兄のことを聞きたいし、兄が捕まっているかもしれないし、でも右肩が痛い。
これ以上の恐怖に耐え切れなくなった私は男たちに背を向けていた。
兄を見捨ててしまったような罪悪感に苛まれ、安息の地でもある塀の中へと帰りたかった。
雪を蹴って、足裏が地に着く。瞬間、地に着いた足がずるりと滑って、走っていたはずなのに私の身体は訳も分からずに落ちていた。
獣を捕まえる為の落とし穴だ。
落とし穴の底には獲物を仕留める竹槍があり、私のふくらはぎを貫いた。
肩も足も痛い。兄も見つからないし、外は敵だらけで。
帰りたい帰りたいと涙を流して鋭い爪を器用に使って竹槍を折る。
泣きたくなるほど痛いくて怖かったけど、ふくろはぎを刺している竹槍を抜く。そうすればじくじくがなくなると思ったのに、痛みは残ったまま血が流れる。
大きな落とし穴の底で私は心も突き落とされて、少し跳べば脱出できるのに足が滑って上がれない。
もう帰りたい。帰りたいのに脱出できない。
助けてと叫んでも口から出るのは鬼の金切声で、助けてと言えても誰も来てくれないと悟った。
血は止まっていたけど上がる勇気はなくなっていて地の底で傷をいたわり小さくなっていた。
「紅柘榴」
絶望の底に叩きつけられた気分になっていると蜘蛛の糸のような細い希望の声が頭上から降りた。
雪原にぽつりと丸まった影も障害物だと思っていた。けれど、その影が立ち上がって私と目があったので、それが障害物ではなく、人なのだと認識した。
白い鬼と目があった娘は見たことがない雪のように白い怪物に慄いた。
娘が抱いた感情は私も同時に抱いて、駆ける足を止める。けど急に止まることができず、細くて大きな足は雪を削って、その下の地面も一緒にえぐる。
娘にも私にも雪と泥が被った。
兄と乳母さん以外で出会ってしまった緊張感で頭がいっぱいになって、まずこの人をどうしようとしか考えられなかった。
乳母さんの話では外の人間は金品を奪い、子は攫われ、女は下敷きにされる。
私は子供で、女で、だとしたら攫われて二度と乳母さんたちのところには帰れずに一生下敷きにされるのだろうか。
娘は持って集めていた木の枝を投げつけてきたので、私は顔を庇った。
合っていた目線が外されると娘は立ち上がって走り出した。
私に背中をみせて走る。それで今は鬼なっていたんだと思い出す。
鬼の姿なら私に襲ってくることもない。でも、人の姿に戻ったら下敷きにされて紙のようにぺらぺらになるまで使われるんだ。
もう焦りはなくなって、それでもゆっくりとしていられないから猫と同じ歩調で進む。
兄の匂いと足跡を頼りに枯れた林の中を進んでいたのに次第に雪はなくなって、兄の匂いは別の臭いと混ざり合い向かうべき方向を失ってしまった。
途方に暮れて、代わりに知らない臭いを辿ると小さな家がいくつか集まったところに出た。
泥臭くて汗臭いこの臭いは外の人間の臭いだ。小さな家の集まりはこの人たちの住処のようだった。
逃げたい気持ちが強かったけど、もしかしたら兄が捕まっているかもしれない。
そう考えるといてもたってもいられずに家の集まりに近づいた。
住んでいる人たちが集落を中心に集まって、各々が武器になる弓や刀を持って集まっていた。
ある娘の話によれば鬼が出たそうだ。
恐れ騒めく男たちが集まる中、私はそっと近づいた。一人の男と目が合い、「出た」と叫んだ。それは私に対する威嚇であり、私は驚いて一歩引いた。
娘が言っていた通りだ。この目に映すまで鬼の話を信じられずにいたが、実物がそこに現れ、低く唸っている。皆一様に考える同じで、集落に現れた鬼は生活や家族を脅かすものだ。
男たちが持っている武器を構えた。今更「兄を探してます」とも言えず、そもそも鬼の姿は声帯の形が違うから人の時のように喋れない。
恐怖と混乱で何も考えられなくなった農夫が鍬を振りかぶって走ってきた。
怒った時の乳母さんと同じ表情で走ってくるから私は彼を見つめたまま固まっていた。太い三本針が私の右肩を刺して、その後にえぐるような動きをされたから我慢できずに武器を振り払う。
武器はあっさりと抜けて、男も鍬から手を離して尻餅をついた。
弓矢が飛んで来るのが見えて、私はひょいっと後方に跳ねる。
「化けもんが」
矢を飛ばした狩人の一人が吐き捨てた。睨んだその目線には殺意というものがあった。
塀の中にきた侵入者は鬼の私を見ると怯えて逃げるのに集まっている男たちは私に武器を向け、暴力を振るうつもりでいる。人数は十も超えていて、こんな多数と対面したこともない。
こんなのは初めてで、刺された右肩がじくじくと痛む。
兄のことを聞きたいし、兄が捕まっているかもしれないし、でも右肩が痛い。
これ以上の恐怖に耐え切れなくなった私は男たちに背を向けていた。
兄を見捨ててしまったような罪悪感に苛まれ、安息の地でもある塀の中へと帰りたかった。
雪を蹴って、足裏が地に着く。瞬間、地に着いた足がずるりと滑って、走っていたはずなのに私の身体は訳も分からずに落ちていた。
獣を捕まえる為の落とし穴だ。
落とし穴の底には獲物を仕留める竹槍があり、私のふくらはぎを貫いた。
肩も足も痛い。兄も見つからないし、外は敵だらけで。
帰りたい帰りたいと涙を流して鋭い爪を器用に使って竹槍を折る。
泣きたくなるほど痛いくて怖かったけど、ふくろはぎを刺している竹槍を抜く。そうすればじくじくがなくなると思ったのに、痛みは残ったまま血が流れる。
大きな落とし穴の底で私は心も突き落とされて、少し跳べば脱出できるのに足が滑って上がれない。
もう帰りたい。帰りたいのに脱出できない。
助けてと叫んでも口から出るのは鬼の金切声で、助けてと言えても誰も来てくれないと悟った。
血は止まっていたけど上がる勇気はなくなっていて地の底で傷をいたわり小さくなっていた。
「紅柘榴」
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