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7章 赤い珠が映す空想未来
恋する鬼 8
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彼は私が看病していた時の記憶がなかった。
私が名を教えたこともご飯を食べさせたことも毎晩抱きしめて寝かせたことも彼は忘れていた。
昨晩は自分から手を握ってきたのに目覚めた彼は無償に看病をする私を警戒して、近づく私を嫌った。
名前は白蓮と教えてもらったが、私の名前も憶えてなくてはなくて、二度も名乗ったのが面白くなかった。
少しぐらい覚えていてもいいじゃない。
ちくちくとした煩わしい胸の痛みを覚えながら赤い糸で結い紐を編む。
背中の刀傷は深く、眠り続けていたせいで、白蓮の身体は素直に動けなかった。食事も着替えも介護が必要だった。
私が触れると彼は嫌がりながらその手伝いを受け入れていた。
心の距離が一気に離されたようで寂しくなる。けど、ここで私が拗ねて機嫌が悪くなると距離がもっと遠くなるから拗ねた心を隠して笑顔を保つようにした。
箸を自分で持てるようになって、自分の口に物を運ぶ様子を見守った。顔にかかる長い前髪が邪魔そうだなと見ていると私の目線に気づかれて顔を逸らした。
面白くない。機嫌の悪い顔になったと自分の自覚して笑顔を戻すと「片付けてくる」と適当な言い訳をして席を外した。
汗で汚れた身体を不幸とすると白蓮は赤面して抵抗する。
私としては今更のような気もするが、彼は自分でできる事はなるべくしたいようだった。
意志を尊重して、距離を保とうとするが私の心配事がそれを許さず、距離を誤れば白蓮は嫌な顔をする。
どうすれば私と白蓮の間にある壁を取り除けるのかな。
私は白蓮のことを知りたい。
はぁ、とこれまでにない大きな溜息を吐いて作業の手を下ろした。
白蓮の方を見れば夜の静寂に身を委ねて眠っている。
意識は戻っても熱はぶり返し、悪夢も彼を苦しめているようだった。
今は静かに入れている。心配になってそっと傍に寄ると手を鼻口に当て呼吸を確認する。
よし、息はしている。
それがわかるとそっと離れて作業に戻った。
翌日になって手直しをした黒衣を彼に渡した。
てっきり喜んでくれると思ったのに赤い瞳が訝しんで私を睨んだ。
「なんで、ここまでするんだ」
「え」
白蓮の唐突な質問は意外で理解できなかった。
「他人だろう。それに俺は盗っ人だ。ここまで面倒を見ることもない。何が目的なんだ」
質問しているようで責めている口調。怒っていることが伝わったが、素っ頓狂に答えてしまう。
「なんでだろう」
「はっ」
真剣みもなく嘘もない私の答えに彼は訳がわからないと呆れて言葉が続かなかった。
確かに、白蓮は他人で寝る間も惜しんで服を直したり、危険だとわかっていても蝶男から隠したりする理由がどこにもない。
白蓮の言う目的を答えるとするならば、名前を知りたいし、私の名前を覚えてほしい。あとは私を見て欲しいし、できれば笑顔を向けて欲しい。外の話を彼の口から聞いてみたいし、私の話を聞いて欲しい。
考えてみれば彼にして欲しいものが次々と浮かんで目的がないわけはないのだと自覚する。
「そう、私、あなたとお話がしたい」
いくつもの目的をなるべく短くして期待を込めて白蓮に伝えた。
彼はまだお茶わからないといった顔で、そこに更に疑念が深まったようだった。
「もういい。着替える」
「え、もう」
今朝、起きてからすぐ着替えたばかりだ。
着替えは兄のものしかなかったので少し身体に合わなかったのかもしれない。それでもあまり良いものとは言えない黒衣よりもお古のものがいい。
あの黒衣は一張羅なのか洗ってもおらず、臭いもひどかった。縫うよりも臭いを取るほうが大変だったくらいだ。
「こんなのがお気に入りなの」
「別にいいだろ」
ぶっきらぼうに答えてきっと私を見つめた。私もじっと見つめ返した。
「外してくれないか」
何を言っているのかわからず、白蓮は苛立って言い直した。
「見られると着替えられないだろ」
あぁそうか、と言われてから気づいて私は立ち上がり、その場を離れた。
やっぱり彼との間の壁は超えられそうにない。
あの塀だったら簡単だったのに。
私と屋敷を囲む門のない塀を眺めながら静かに思った。
私が名を教えたこともご飯を食べさせたことも毎晩抱きしめて寝かせたことも彼は忘れていた。
昨晩は自分から手を握ってきたのに目覚めた彼は無償に看病をする私を警戒して、近づく私を嫌った。
名前は白蓮と教えてもらったが、私の名前も憶えてなくてはなくて、二度も名乗ったのが面白くなかった。
少しぐらい覚えていてもいいじゃない。
ちくちくとした煩わしい胸の痛みを覚えながら赤い糸で結い紐を編む。
背中の刀傷は深く、眠り続けていたせいで、白蓮の身体は素直に動けなかった。食事も着替えも介護が必要だった。
私が触れると彼は嫌がりながらその手伝いを受け入れていた。
心の距離が一気に離されたようで寂しくなる。けど、ここで私が拗ねて機嫌が悪くなると距離がもっと遠くなるから拗ねた心を隠して笑顔を保つようにした。
箸を自分で持てるようになって、自分の口に物を運ぶ様子を見守った。顔にかかる長い前髪が邪魔そうだなと見ていると私の目線に気づかれて顔を逸らした。
面白くない。機嫌の悪い顔になったと自分の自覚して笑顔を戻すと「片付けてくる」と適当な言い訳をして席を外した。
汗で汚れた身体を不幸とすると白蓮は赤面して抵抗する。
私としては今更のような気もするが、彼は自分でできる事はなるべくしたいようだった。
意志を尊重して、距離を保とうとするが私の心配事がそれを許さず、距離を誤れば白蓮は嫌な顔をする。
どうすれば私と白蓮の間にある壁を取り除けるのかな。
私は白蓮のことを知りたい。
はぁ、とこれまでにない大きな溜息を吐いて作業の手を下ろした。
白蓮の方を見れば夜の静寂に身を委ねて眠っている。
意識は戻っても熱はぶり返し、悪夢も彼を苦しめているようだった。
今は静かに入れている。心配になってそっと傍に寄ると手を鼻口に当て呼吸を確認する。
よし、息はしている。
それがわかるとそっと離れて作業に戻った。
翌日になって手直しをした黒衣を彼に渡した。
てっきり喜んでくれると思ったのに赤い瞳が訝しんで私を睨んだ。
「なんで、ここまでするんだ」
「え」
白蓮の唐突な質問は意外で理解できなかった。
「他人だろう。それに俺は盗っ人だ。ここまで面倒を見ることもない。何が目的なんだ」
質問しているようで責めている口調。怒っていることが伝わったが、素っ頓狂に答えてしまう。
「なんでだろう」
「はっ」
真剣みもなく嘘もない私の答えに彼は訳がわからないと呆れて言葉が続かなかった。
確かに、白蓮は他人で寝る間も惜しんで服を直したり、危険だとわかっていても蝶男から隠したりする理由がどこにもない。
白蓮の言う目的を答えるとするならば、名前を知りたいし、私の名前を覚えてほしい。あとは私を見て欲しいし、できれば笑顔を向けて欲しい。外の話を彼の口から聞いてみたいし、私の話を聞いて欲しい。
考えてみれば彼にして欲しいものが次々と浮かんで目的がないわけはないのだと自覚する。
「そう、私、あなたとお話がしたい」
いくつもの目的をなるべく短くして期待を込めて白蓮に伝えた。
彼はまだお茶わからないといった顔で、そこに更に疑念が深まったようだった。
「もういい。着替える」
「え、もう」
今朝、起きてからすぐ着替えたばかりだ。
着替えは兄のものしかなかったので少し身体に合わなかったのかもしれない。それでもあまり良いものとは言えない黒衣よりもお古のものがいい。
あの黒衣は一張羅なのか洗ってもおらず、臭いもひどかった。縫うよりも臭いを取るほうが大変だったくらいだ。
「こんなのがお気に入りなの」
「別にいいだろ」
ぶっきらぼうに答えてきっと私を見つめた。私もじっと見つめ返した。
「外してくれないか」
何を言っているのかわからず、白蓮は苛立って言い直した。
「見られると着替えられないだろ」
あぁそうか、と言われてから気づいて私は立ち上がり、その場を離れた。
やっぱり彼との間の壁は超えられそうにない。
あの塀だったら簡単だったのに。
私と屋敷を囲む門のない塀を眺めながら静かに思った。
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