糸と蜘蛛

犬若丸

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7章 赤い珠が映す空想未来

一寸先は深淵 7

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 影弥ほっとしたような息を吐いた。雪が降るほどの寒い季節なのにその息は透明であった。
 そして紅玉はやっと周囲を見た。
 そこは快適な宿でもなく、住処としていたお地蔵の隣でもない。誰かからも忘れ去られた山小屋のような場所であった。
 影弥に聞けば、山を二つほど越えたところだと答えた。
 「そんな遠いところまで来たのね」
 蝶男から逃げる為とはいえ、歩けば三日もかかるような場所だった。憂鬱さが増す。
 「彼はどうなったの?赤い瞳の、彼」
 「死んだよ」
 無情にも告げられて、氷塊のような空気をぐっと飲み込んだ。まだ聞きたいことがあるから、息を吐いて話の続きを聞く。
 「彼は黒蝶に飲まれた。紅柘榴はまだ生きてるが」
 「殺しはしないだろうね。赤ちゃんいるし」
 紅玉が見た星のような数々の未来の多くに赤眼の男と子供ができていた。それを奪い取る蝶男も多く見てきた。
 蝶男に奪われた魂がいくつもある。紅玉たちのせいで失った命もある。
 彼らを取り戻す道を探さないといけない。
 「よし」
 頬を軽く叩き、気合を入れる。
 影弥は紅玉に気まずそうな面持ちで言う。
 「来世を待とう。この世はもう手遅れだ」
 ここから巻き返せると信じる理想に影弥は冷徹だった。
 怒鳴るところだが、紅玉の心は凪のような心情であった。
 「そんなの私が許せない」
 発言の奥にはえ鉄のような意志があった。
 「だって、紅柘榴は同じ腹の中で同じ胎動と同じ子守唄を聞いていたもの」
 妹とは魂の繋がりだけでなく血の繋がりもある。向こうは覚えていないだろうが、紅玉には母体にいたときの記憶が鮮明に残っている。
 それを見捨てて「はい次行こう」なんてできるはずがない。
 「来世まで待つなら私も輪廻に行く。そのぐらいの覚悟を持たないと」
 「それは」
 影弥は言葉を詰まらせた。紅玉を失えば影弥は何の為に存在するのか分からなくなる。
 「私は絶対に紅柘榴を助ける。それは絶対に絶対なの」
 しかし、紅玉の意思は難い。
 それに、と紅玉は続ける。
 「その次っていつの次なの?紅柘榴が死んで転生したとしてそれはいつの、どの時代なの?」
 輪廻は塊人でもすべてを把握していない。輪廻に流された魂がどんな形を成して、いつの時代のどこで生まれるか予測はできない。
 紅柘榴が転生して魂の形が変わったとしてもそれは百年後かもしれないし、五十年後、千年後かもしれない。
 それまで蝶男に怯え隠れなければならないのか。
 紅柘榴を見つけるのも大変だ。今は運が良かっただけで、来世で同じ運が起きるなんてありえない。
 「私、そんなのいやだよ。来世になんていかせない。やるなら今やるの」
 「なら、何ができるんだい?」
 たった一言、影弥が問えば固いはずの意思が黙る。
 「蝶男のやり方はよく知ってる。未来視を利用してくるだろう」
 紅玉が紅柘榴との繋がりを感じられるように、影弥も蝶男の行動を記憶し、学んでいる。
 腹の子供ごとの紅柘榴を殺そうとすれば紅玉はその未来を見る。
 「それで何ができるんだい」
 影弥は器を失い、紅玉はその魂がまだ前世に留まっていることを蝶男に知られた。
 「できるよ、蝶男をぶっとばせるよ。器がなくても私のことが知られても」
 器が必要だったのは情報収集のためだ。紅柘榴の居場所が判明しているなら器はいらない。なら、蝶男と言う悪玉を世界から排除すれば万事解決だ。
 「だから、どうやって」
 再びと問いかけられ、凪のような心情が揺らいだ。
 「身体を蝶に変えられ、傷を負っても頭を切っても変わり部位があれば補える。そんなものをどうやってぶっとばすと」
 「紅柘榴、と、一緒なら」
 そう言おうとして尻込む。彼女の救出ができないのだ。
 それでも悔し紛れに苦し紛れに言う。
 「チャンスがあるよ。きっとある。待ってればきっと」
 影弥は眉を顰め、「ちゃんす」と聞き慣れない単語を返す。
 いつの間にか俯いていた紅玉は我に帰って顔を上げる。背後に人の気配がする。だが、振り返らない。紅玉の気のせいで紅玉しか見えないとわかっていたからだ。
 幻聴で歯車の金属音がした。
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