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7章 赤い珠が映す空想未来
止まった時間 6
しおりを挟む日課になってしまった徘徊は太陽が昇り始めると終了して、紅柘榴は布団に入る。
しばらくして紅玉は紅柘榴の寝息を確認しようと鼻に耳を寄せた。
一定間隔の寝息だ。
しっかりと紅柘榴の睡眠を確認してから紅玉は影弥の元へ急いだ。
影弥は中庭の掃除をしており、生え始めた雑草を抜いている。
「手伝いにきたのかい」
気配で紅玉だとわかり、問いかける。紅玉の気まぐれで中庭の手入れをする時もあるが、今回は違う。
「話があるの」
ここ最近の紅玉は重く悩んでいる。以前のような我儘も言わなくなり、紅柘榴の世話をできる範囲でしている。
望んだものが手に入ったのにずっと思い悩む彼女がどうして悩むのか。
紅玉の感情が読みづらくなってしまった。
死んで別れた妹と再会し、生まれるはずだった屋敷で奪われた時間を取り戻すような暮らし。理想的とは言えないが、紅玉の長年の願いが叶えられた現状だ。
そこに紅玉たちの笑顔は無い。
久々に声をかけたのは悩んだ思いを打ち明ける為だった。
影弥は紅玉の隣に腰掛け、春の陽だまりを影から眺めた。
中庭は四方が廊下と屋根に囲まれているので廊下に座ると陰の下に来てしまう。
「影弥は何も考えられないだろうから私が悩むしかないの」
先に嫌味を言われ、その通りだと頷く。その時も笑顔だったので紅玉は不機嫌に眉と鼻の間に皺が寄る。
「私、今が満足してるわけじゃないから」
「知ってる」
それでもいいだろうと思っていた。紅玉が死産してからやっと訪れた穏やかな日々だ。
「私もいずれは輪廻に流れる」
それには沈黙で返す。見たくない現実に影弥は目を逸していたが、紅玉は穏やかな日々の中でひたすらに見つめ考え続けていた。
「私が消滅するまでに蝶男を倒したい」
「今が安全だとわかっているだろう。危険に飛び込むことはない」
「あの子が死ぬまでわね。死ぬその時まで時を止まらせたくない」
「時、とは」
「失くしたものを失くしたままで泣き続ける。私とか影弥とか身近にいる人を見られない。未来で生きられない。死人当然だよ」
真っ直ぐに見つめられ、その無表情に怖くなった。平静に考え、問答をする。
「それで、蝶男を倒したら何が返ってくるんだい。紅玉が見ていた未来が戻ってくるのかい」
「こないよ。命は戻らないもの。でも魂は違う」
彼らの魂は蝶男が握っている。そして紅柘榴は泣き続けている。
「だったらせめて、今の苦しいっていう感情を和らげるしかないじゃない」
紅柘榴はこれからも苦しみ続ける。ならば、すごく辛い過去をほんの少しだけマシにした辛い過去にするしかない。囚われの魂を解放すれば紅柘榴は二人を亡くした母になる。
「紅玉がやることでもないだろ。赤眼の男を嫌っていたじゃないか。助ける相手でもないだろ」
「好き嫌いの話じゃないよ。痛みの話だよ。大きく抉られた傷から流れる血をどうやって止めるかの話だよ。それでも痛いものは痛いままだけど」
「それで何が変わるんだい。夢見た未来のように笑えないだろう。こうが危険を犯してやることじゃない」
「今のままでいいと思ってるの?こんな、死んだような日々が」
「誰が死んでいるんだい。彼女は生きている。これまでにない平和だ」
感情、人情の話をすると影弥も塊人だとわからされる。彼には人の痛みがわからない。
「私はいつか消える」
「あり得ない俺たちはずっと一緒にいたんだ」
「もともと死んでるんだからいないも同じでしょ」
それが失言だと分かったのは影弥の顔を見てからだった。
紅玉が初めて未来視をして、五日間眠り続け、目を覚ましたときの顔だ。
そこから水が頬を伝っている。いわゆる涙と呼ばれるものが流れる。
影弥も塊人だ。感情が欠如している。だから悲しいとか共感といったものはないのだと思っていた。
しかし、涙を見せ呆然としている彼は紅玉の発言に傷ついていた。
「ごめんなさい」
苛立ちも口論していたのも忘れて、一言だけ謝る。それから言葉をかわさずに1日を終わらせた。
その日からこの話題をしなくなった。
影弥が泣いてしまったのも紅玉に反対したかったのも根本は同じで、失うのが恐ろしいのだ。
紅玉が死産して二十三年。影弥と紅玉は離れず傍にいた。紅玉が消えると過去の年数も消えてしまうとありもしない漠然とした恐怖があるからだろう。
時が止まっても紅玉の消滅はゆっくりと進んでいる。無限にあるようで有限な日々を不毛に消化していく。紅玉は焦りを燻していたが、また影弥を泣かせてしまうと思うと口に出せなかった。
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