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【第二部】魔王覚醒編
39) Divine messenger
しおりを挟む破壊した扉の煙がまだ消えぬうちに、ドーヴィは室内へ侵入を果たす。そのまま、目についた天使をさっさと排除していき――残り一人。
首元を掴み、床に押し倒す。そのまま、ハンドガンの銃口をこめかみに突き当てた。
「ヒッ!」
「死にたくなかったら言う事を聞け」
「! ……悪魔め!」
そう吐き捨てた天使は、ドーヴィの目の前でためらうことなく自爆魔法を使って爆発した。当然、ドーヴィもそれを想定していて、一瞬でシールドを張り爆発から身を守る。
「だよなー。天使にあの脅しが効くわけないわ」
……天使、は。見た目こそ人間と同じで、生命活動をしているが。実際のところ、その命は紙よりも軽い。本人含め「自分は生きている」という感覚が希薄なのだと、ドーヴィは以前に聞いたことがある。
個人で活動する悪魔と違い、天使は個を殺して集団で活動する。人間の監視に降り立つマルコの様な天使となるとさすがに自我も強めに設定されて生産されるが、そうではなく、こちらの世界で仕事をする天使は自我も非常に弱い。
基本的には命令された通りに仕事をするロボットのようなものだ。しかも消耗品の。
何しろ「足を捻って捻挫したのでとりあえず死んできます」と言ったレベルで平然と死ぬのである。捻挫を治療するより、死んで転生した方が早い、という判断だ。
そういうわけで、この世界に天使のための病院や治療院は存在しなかった。逆に、一点物の命を大切にする悪魔の病院は多数あったりする。
ドーヴィはふと、自分の胸に手を当てた。そこからは、ちゃんと心臓の鼓動が伝わってくる。
(グレンはこの音が好きって言ってたな)
天使と違って悪魔は転生できない。だからこそ、このグレンが好きだと言った心臓は大切にしなければ。
気を引き締め直したドーヴィは、部屋の入口に誰も入って来れないように強めのシールドを設置する。その上で、さきほどまで天使が操作していたデータベースへとアクセスした。
翻訳が働いているおかげで、初めて触るドーヴィでも操作は容易だ。ドーヴィにとっては機械的なコンソールが見えているが、他の天使にはもしかしたら神秘的な水晶玉でも見えているのかもしれない。あるいは、対話型の精霊であるとか、念じるだけで操作できる不可思議なドーヴィの知らないアイテムがあるとか。
なんにせよ、ドーヴィの様に『機械』が見える天使や悪魔は超少数派だ。創造神が、文明レベルに制限を掛けているから。
その超少数派の悪魔であるドーヴィはコンソールをタッチして次々にウインドウを開いて中身を確認していく。
「ここか……いや、違うな。こっちか?」
さて、グレンの世界をどうやって探すかと言えば。このデータベースから探すのであれば、一番早いのはドーヴィ自身の活動履歴を追う方法だった。
すでに天使マルコと接触し、さらに誤発動とは言え懲罰コマンドも受けている。だとすれば、そこからドーヴィの履歴を探し当て、さらに直近でどこの世界に入っていたかを調べれば良い。
あとは、その世界のIDをメモして自宅に戻り、もう一度あのVRゴーグルを装着してダイブするだけ。
――と、そう簡単に行くわけもなく。
部屋の外に騒がしさを感じたドーヴィは、コンソールの操作を中止して部屋の隅へと体を寄せる。同時に、入り口に踏み入れた瞬間に爆発する地雷を設置しておいた。
「鬼が出るか蛇が出るか」
ひりついた久々の感覚に、自然と口角も上がる。人間だった頃から愛用していたハンドガンを握り直した。
バンッ! という破裂音と共に、ドーヴィが張ったシールドが破られる。そして部屋に入ってきた天使は、足元の地雷も容易く無効化してドーヴィへと槍の矛先を向けた。
「出てこい愛と父性の悪魔ドーヴィ!」
「ああもう、その二つ名どうにかなんねえのか!?」
この緊迫した場面で父性はねえだろ! とぼやきつつ、ドーヴィはその槍を持った天使の前に姿を現した。
その天使が、他の天使より自我を強く持った上位の存在であるから。そして、ドーヴィに先手を打って攻撃してこないから。
それならば、多少の会話の余地はある。……ドーヴィとて、戦わずに済むならそうしたいところだ。
「貴様、何故この施設を攻撃した!」
槍を持った天使がその中性的で細身な体からは予想もできないような空気を震わせるほどの轟音で問いを掛ける。自我も強いが、個性も強めな天使のようだ。
「特定世界のIDを探すためだ」
「なんと! それを入手してどうするつもりだ!」
「その世界に行って、人間と再契約するためだ。人間がそれを望み、俺と仮契約している状態にある」
この天使の大声で会話をするのが面倒になったドーヴィは、一度に全部を説明した。非常にイレギュラーなパターンだが、それで通じるのか。
その天使はしばらく固まった後、首を捻り――後ろを振り返った。
「と言うことだそうだ! どうなのだ!? ワシにはわからん!」
「……うるさいねぇ、こんなに近いならそんな大声でなくても良かろうに……」
後ろから出てきたのは、腰を曲げた老婆。ドーヴィはその姿に目を見開く。
(思ってたより早く出てきたな、神使……!)
神使。それは天使の中でも、創造神と直接やり取りができる権限を持った特殊な立場の天使だ。
槍を持った天使は自我も個性も強い。その辺の天使よりは重要な立場だという事はドーヴィにもわかるが、それでも天使の範疇に収まる程度だ。
ところが、この老婆は明らかに存在感が違う。魔力の質や量、そして全身から発せられるある種の生命エネルギーとでも言うべき圧が他の天使とは数段階も違うのだ。
誰が見ても、ただの天使ではないとわかる。肌で感じ、本能で察する。それが、神使。
「さて、ドーヴィと言う悪魔。あんたの事はだいたい承知しとるよ」
「そうかい」
神使ともなれば、ほぼ全知に近い。ドーヴィがグレンの世界で何をして、何をされて、そしてなぜここにいてあの世界のIDを狙っているのか、全て理解しているだろう。
「その上でだねぇ、今のルール上は、情状酌量の余地があるとしても、同一世界への再侵入は認められない」
「あれだけ天使の不手際でこっちが不利益を被っても、か?」
「そうさねぇ。あんたがあの世界にまだ存在していたなら、多少の事は目を瞑ったよぉ。でもねぇ、一度退出したからには……」
チッ、とドーヴィは舌打ちをする。どうやら、自分は一番大切な判断を誤ったらしい。
何が何でも、あの世界にしがみついておくべきだった。
……ドーヴィも、グレンがあそこまで、自分を求めるとは思わなかったのだ。歴代の契約主も、契約が終わる時はあっさりしたもので。死ぬとなれば、グレンも自分の事は諦めるとばかり思っていた。
人間にとって、命は一つであり、死は絶対。グレンだってそれぐらいは理解していただろう。
だから、天使マルコにグレンを浄化して貰うまでで良いかと、ドーヴィは踏んでいたのに。あの契約主が、顔を真っ赤にして子供の駄々をこねるように、泣き喚くものだから。
「……まさか、父性ってそこか……?」
この緊張感溢れる場面で。ハッと気づいてしまったドーヴィは、思わず言葉を漏らした。目の前で、全知である神使が「ほっほっほ」と笑い声をあげる。何もわかっていない槍の天使だけが、二人を見比べて首を捻っていた。
「いやいや、冗談じゃねえよ、そこは愛の方の二つ名に掛かっててくれ」
「だったらいいのぅ」
「うるせえババア」
「むっ! 何という口の悪さ! 許せん!」
鼓膜が破けるのではないかというほどの大声と共にぐいっと槍を向けられたドーヴィは肩を竦めた。口の悪さだけで殺されたらグレンに顔向けできない。
まあ、この程度の天使に後れを取るドーヴィではないが。
「そういうことだから、この辺で手打ちにしてくれんかねぇ」
槍を向けた天使を制するわけもなく、神使は静かにそう言った。……しかしながら、年齢を感じさせるその皺だらけの顔、皺に隠された瞳が鋭さを帯びている事にドーヴィは気づいている。
ドーヴィは一つ、ため息をついてから持っていたハンドガンのトリガーに指を掛けた状態で神使に向けた。
「今の俺に、手打ちという言葉はない。お前らが折れるか、俺が死ぬか」
それをドーヴィが言い終わるか終わらないかのうちに、槍が目にもとまらぬ速さで突き出された。人間を超えた速度の踏み込み、そして突き出し。しかし、ドーヴィはそれを軽々と避ける。
そのまま反撃、はせずに強固なシールドを展開。神使が放った魔法を防ぐ。重量級の魔法は、ドーヴィの張ったシールドをばきりと壊して、ドーヴィが回避した後の壁を貫通して行った。
「仕方ないねぇ。ちょっとその辺の天使じゃあ、荷が重そうだから……この老いぼれがやりましょうかねぇ」
「フッ! ハッ!」
神使がいう間にも、槍使いの天使は槍をブンブンと振り回す。自身の身長よりも長く、風を切る音があまりにも重々しいその槍を天使は軽々と扱った。
ドーヴィは神使が新たな魔法を放とうとするのを視界に納めつつ、槍を避ける。どうやらこの天使は物理一辺倒らしい。まあ、天使対策として魔法無効を標準装備している悪魔は多いから、対悪魔用の人員としては正しいのだろう。
もちろんドーヴィもその辺の天使が使う魔法程度なら、簡単に無効化できるような能力は持っている。が、神使レベルとなると、さすがに難しかった。
(槍は放置、問題はこっち)
神使が放った二発目の魔法もシールドと空間歪曲を使って回避。少しだけ神使が動揺したように顔を揺らす――その隙をついて。
「あっ!」
突き出された槍を潜り抜け、ドーヴィは一気に神使の元まで走った。ハンドガンで狙いをつける、そのハンドガンを魔法で吹き飛ばされる、そこまで計算した上で、ドーヴィは反対の手からナイフを取り出した。
神使が咄嗟に結界を張る。ドーヴィの振るったナイフが結界に当たり、激しい破裂音を撒き散らした。
そのまま、ドーヴィはナイフから大剣へと形を変え、この結界ごと神使を一刀両断しようと押し込んでいく。
「さすがに神使が死ねば創造神も来るだろ」
「ぐ……! 最初から、それが狙いかい……!」
神使に頭の中を覗かれてもいいように、ドーヴィはこの『神使を殺して創造神を呼び出す』という目的を脳の中で封印しておいた。自宅を出る、その時からずっと。
天使の転生コストが非常に安いというのは事実だが、さすがに神使にまでなると、そのコストは相当なものとなる。神使は創造神と直接かかわる分、複雑な体を持っているのだ。
背後で槍の天使が攻撃しようとしてくるが、ドーヴィはそこに大量の空中機雷を出現させる。あの天使は物理特化型だからダメージは与えられないだろうが、空中機雷に触れた衝撃で前には進めなくなるはずだ。
槍の天使が槍を振るって機雷を掃除しても、間髪入れず再出現。ドーヴィが中止命令を出すまで、あの空間には空中機雷が無限に出現し続けるように設定してあった。
「準備がいいことだねぇ……!」
ドーヴィの大剣を防ぎ続ける神使の声が震える。ドーヴィは今、この大剣に魔力だけでなく体力の両方、つまり魔法と物理の両エネルギーを乗せていた。これを防ぐには、かなりの力が必要になる。
特に老婆の姿形を取っているこの神使にとって、物理エネルギーで対抗するのはかなり厳しいだろう。槍の天使が神使だったら、ドーヴィはもう少し苦戦していたかもしれない。
「っは! 俺とグレンのために、死ね!」
もう一段、流し込むエネルギーを増やしてドーヴィが仕上げにかかる。あと少しで、神使の結界が割れる――
「すとっぷ~」
――気の抜けた声が、当たりに響いた。
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