4 / 59
第3話 取り戻したもの
しおりを挟む
「今いる場所が乾いた洗濯物を畳んだり、仕分けをしたりする広間になります」
「わかりました」
「そして中央の廊下を歩くと左右に洗濯場があります」
花音が指を指す先にある洗濯場は、屋根こそあるが壁はない。足を踏み入れると宮女達がせっせと木桶に水を汲んだり、洗濯板を使ってもみ洗いをしている姿が見える。
屋内よりも夏特有の湿気が感じにくいが、これから季節が進めば寒さがきつそうだと美雪は内心感じていた。
「で、こっちに戻って……」
廊下から先程いた建物内に戻り、左側に向く。
「ここから先が私達の部屋になります」
宮女達の部屋は大部屋で、簡素な木製の仕切りを使って場所を確保している。
美雪の間は右側手前の大部屋で、入口付近と紹介された。
「ここが、私の部屋」
既に宮女用の薄い緑色をした衣服が枕の隣に綺麗に折り畳まれて用意されている。
早速花音から着替えて欲しいと言われたので、袖に手を通した。
(着心地は……よくわからないけど、可もなく不可もなくって感じですかね)
着替えは難なく済んだ事実に、そこら辺の知識はあるのになぜ自分の事だけはすっかり抜け落ちてしまったのだろう? と疑問を抱かずにはいられない。
「着替え、終わりましたか?」
廊下で待っていた花音からの問いに、終わったと美雪は伝える。
「わっ! ちゃんと合っているみたいで良かったです! 髪、束ねましょうか?」
「あ、いえ。自分でやってみたいと言いますか」
「おっ、ではお願いしてみましょうか」
髪の束ね方に関する知識も頭の中に存在しているのを確認し、ゆっくりと両手を動かして黒髪を束ねた。
身支度が済んだらいよいよ仕事の始まりになる。
「美雪さん、洗うのと畳むの、どちらをやりますか?」
(選べられるのね)
「じゃあ、畳むのをやりたいです」
「わかりました!」
花音が持ってきたのは、着ているのと同じ宮女用の衣服が4着ほど。どうやら畳み方が決まっているらしく手本を見せてくれるようだ。
自信ありげに衣に手をかける花音を見た瞬間、美雪の脳に衝撃が落ちる。
「畳み方、知っています」
「え?」
落ちてきた衝撃に抵抗感は無く、本能が不思議と身を委ねた。
脳に広がる記憶を頼りに畳むと、花音は美雪の隣で何度も小さな驚きの声をあげる。
「お、覚えているんですね」
「私でもわからないんですけど……覚えていました」
「それ、ちなみにどこの宮女のものか、わかりますか?」
宮女の衣服の黒い襟元には華型の刺繍が施されていて、勤めている場所によって刺繍糸の色が違っている。
美雪と花音ら洗濯担当は橙色。美雪が手にしている衣には朱色の糸で刺繍がなされていた。
「朱色だから、調理担当ですよね?」
「正解です! そっか、覚えていたんだ……」
「?」
花音が首を左右に振りながら、いや、なんでも! と否定する。
その姿を見て何かを隠しているなと直感はしたが、口には出せなかった。
「美雪さん、どうしました?」
花音から声をかけられた美雪は、なんでもないです。と笑顔を作ったのだった。
◇ ◇ ◇
美雪が洗濯場で仕事を初めて1週間が経過した。仕事内容はしっかり覚え、花音がいなくてもてきぱきとこなしているが、相変わらず自分の記憶はさっぱりと抜け落ちてしまっている。
季節は徐々に夏から秋に移り変わろうとしているのか、早朝と夜は少しだけ、空気がひんやりし始めた。
美雪が衣服を畳み終え、洗濯し終えたものを物干し竿に釣る仕事に向かおうとしていた時だった。洗濯場から大きな悲鳴があがる。
「?!」
悲鳴がした方へとすぐさま飛び出していくと、右側に右手を抑えて苦しそうに顔を歪ませる若い宮女……新葉の姿があった。ぱっちりとした二重の目は大きく見開かれ、如何にも痛みが走っていそうなのと、右手はよく見ると赤くただれているのが分かる。
「どうされましたか?!」
「あっ、洗濯していたら、手がこうなっちゃって……!」
彼女が美雪に見せた右手の甲に生じた異変に、美雪の脳天が衝撃を受けた。
「これ、毒ですよね?! 早く治療しないと……!」
「わかりました」
「そして中央の廊下を歩くと左右に洗濯場があります」
花音が指を指す先にある洗濯場は、屋根こそあるが壁はない。足を踏み入れると宮女達がせっせと木桶に水を汲んだり、洗濯板を使ってもみ洗いをしている姿が見える。
屋内よりも夏特有の湿気が感じにくいが、これから季節が進めば寒さがきつそうだと美雪は内心感じていた。
「で、こっちに戻って……」
廊下から先程いた建物内に戻り、左側に向く。
「ここから先が私達の部屋になります」
宮女達の部屋は大部屋で、簡素な木製の仕切りを使って場所を確保している。
美雪の間は右側手前の大部屋で、入口付近と紹介された。
「ここが、私の部屋」
既に宮女用の薄い緑色をした衣服が枕の隣に綺麗に折り畳まれて用意されている。
早速花音から着替えて欲しいと言われたので、袖に手を通した。
(着心地は……よくわからないけど、可もなく不可もなくって感じですかね)
着替えは難なく済んだ事実に、そこら辺の知識はあるのになぜ自分の事だけはすっかり抜け落ちてしまったのだろう? と疑問を抱かずにはいられない。
「着替え、終わりましたか?」
廊下で待っていた花音からの問いに、終わったと美雪は伝える。
「わっ! ちゃんと合っているみたいで良かったです! 髪、束ねましょうか?」
「あ、いえ。自分でやってみたいと言いますか」
「おっ、ではお願いしてみましょうか」
髪の束ね方に関する知識も頭の中に存在しているのを確認し、ゆっくりと両手を動かして黒髪を束ねた。
身支度が済んだらいよいよ仕事の始まりになる。
「美雪さん、洗うのと畳むの、どちらをやりますか?」
(選べられるのね)
「じゃあ、畳むのをやりたいです」
「わかりました!」
花音が持ってきたのは、着ているのと同じ宮女用の衣服が4着ほど。どうやら畳み方が決まっているらしく手本を見せてくれるようだ。
自信ありげに衣に手をかける花音を見た瞬間、美雪の脳に衝撃が落ちる。
「畳み方、知っています」
「え?」
落ちてきた衝撃に抵抗感は無く、本能が不思議と身を委ねた。
脳に広がる記憶を頼りに畳むと、花音は美雪の隣で何度も小さな驚きの声をあげる。
「お、覚えているんですね」
「私でもわからないんですけど……覚えていました」
「それ、ちなみにどこの宮女のものか、わかりますか?」
宮女の衣服の黒い襟元には華型の刺繍が施されていて、勤めている場所によって刺繍糸の色が違っている。
美雪と花音ら洗濯担当は橙色。美雪が手にしている衣には朱色の糸で刺繍がなされていた。
「朱色だから、調理担当ですよね?」
「正解です! そっか、覚えていたんだ……」
「?」
花音が首を左右に振りながら、いや、なんでも! と否定する。
その姿を見て何かを隠しているなと直感はしたが、口には出せなかった。
「美雪さん、どうしました?」
花音から声をかけられた美雪は、なんでもないです。と笑顔を作ったのだった。
◇ ◇ ◇
美雪が洗濯場で仕事を初めて1週間が経過した。仕事内容はしっかり覚え、花音がいなくてもてきぱきとこなしているが、相変わらず自分の記憶はさっぱりと抜け落ちてしまっている。
季節は徐々に夏から秋に移り変わろうとしているのか、早朝と夜は少しだけ、空気がひんやりし始めた。
美雪が衣服を畳み終え、洗濯し終えたものを物干し竿に釣る仕事に向かおうとしていた時だった。洗濯場から大きな悲鳴があがる。
「?!」
悲鳴がした方へとすぐさま飛び出していくと、右側に右手を抑えて苦しそうに顔を歪ませる若い宮女……新葉の姿があった。ぱっちりとした二重の目は大きく見開かれ、如何にも痛みが走っていそうなのと、右手はよく見ると赤くただれているのが分かる。
「どうされましたか?!」
「あっ、洗濯していたら、手がこうなっちゃって……!」
彼女が美雪に見せた右手の甲に生じた異変に、美雪の脳天が衝撃を受けた。
「これ、毒ですよね?! 早く治療しないと……!」
1
あなたにおすすめの小説
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する
五色ひわ
恋愛
エミリーが多勢の男子生徒を従えて歩いている。王子であるディランは、この異様な光景について兄のチャーリーと話し合っていた。それなのに……
数日後、チャーリーがエミリーの取り巻きに加わってしまう。何が起こっているのだろう?
ディランは訳も分からず戸惑ったまま、騒動の中心へと引きづりこまれていくのだった。
ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
――貧乏だから不幸せ❓ いいえ、求めているのは寄り添ってくれる『誰か』。
◆
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリア。
両親も既に事故で亡くなっており帰る場所もない彼女は、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていた。
しかし目的地も希望も生きる理由さえ見失いかけた時、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
10歳前後に見える彼らにとっては、親がいない事も、日々食べるものに困る事も、雨に降られる事だって、すべて日常なのだという。
そんな彼らの瞳に宿る強い生命力に感化された彼女は、気が付いたら声をかけていた。
「ねぇ君たち、お腹空いてない?」
まるで野良犬のような彼らと、貴族の素性を隠したフィーリアの三人共同生活。
平民の勝手が分からない彼女は、二人や親切な街の人達に助けられながら、自分の生き方やあり方を見つけて『自分』を取り戻していく。
偽りの婚姻
迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。
終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。
夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。
パーシヴァルは妻を探す。
妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。
だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。
婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる