後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第5話 診察

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「君は何しにここへ?」
「ここに毒消しはございませんか? 勿論、この方の診察もお願いしたくて参りました」

 すると朝日は診察しようとしてくれていた老いた男性の医者の隣へと近づいた。

「俺が診察する。代わってくれないか」
「! かしこまりました、朝日様……」
「えっ良いのですか? 何か話していましたよね?」

 先ほどまで朝日と何やら話していたであろう女性薬師達は、ちらちらと美雪の方を見ている。しかし朝日はその視線に気が付いていないようだ。

「構わない。気にするな」
「そういっても、彼女達が。ほら……」

 ちらっと視線を返すと、彼女達は袖で顔を隠す。

「君達、とりあえずは持ち場に戻って構わない。なお、ここで見聞きした事は他言無用だ。いいな?」
「はっはい! 医師長様!」

 朝日から放たれる圧は美雪の背筋が震えあがる程のものだった。ここまで恐怖を演出できるのかと思うと顔から血の気が引いていく。

「失礼した、美雪」
「あっいえ。大丈夫です」
(この人、絶対に怒らせたらダメですね……)
「よし、そこの宮女。患部を見せてほしい」

 新葉は自己紹介をしながらおそるおそる患部を朝日に見せた。朝日はすぐさま袖元から毒消しを取り出し机の上にある白布に貼付する。

「このかぶれ方は毒物の粉によるものだな」
(! やっぱり、私の記憶と同じ……!)
「拭うぞ。痛かったら言ってくれ」
「はい。……っぅ」

 新葉のやせ我慢がひしひしと伝わって来る。思わず両手の拳に力が入ってしまう程だ。頑張れ。彼女への応援を美雪は心の中で唱え続けるだけだ。

「ちなみに、何かきっかけとか覚えているか?」
「そうですね、洗おうとした時に白い粉があったのは……でもどうせ水に流すからいいやって思っちゃって」
「やはり毒ですよね、どこの洗濯物か……」

 考えるよりも先に言葉が出た。朝日から鋭い眼差しを受けると肩がすくむ。

「美雪、わかったのか?」
「はい、新葉さんのかぶれ方を見たら……」

 新葉が美雪さんが治療院へと言ってくれたと正直に朝日へ伝える。丁度患部へ毒消しを塗るのを終えた朝日はなるほどな……。と小さく呟いた。

「そうか。美雪。君の判断があってこそだったのか。よし、これで終わりかな。念のために膏薬を処方しておこう」
「ありがとうございます、朝日様……!」
「いや、お気遣いなく。それにしてもこないだも洗濯場の宮女を診察したが、流行っているのか?」

 花音も新葉もあまり知らないらしく、首を傾げている。ぴりぴりとした空気が美雪の体内に伝わって来る。

「あと、洗濯物がどこからのものか……」
「えぇと、どこだったっけ……ごめんなさい朝日様、灰色の布切れだったので、詳しくは……」

 後宮入りしたばかりの新葉は、まだ全ての区画を覚えている訳ではないようだ。
 ひとまず新葉に応急処置が施されたのは安心できると言っていいだろう。

「ああ、そうだ。花音。美雪の仕事ぶりはどうだ?」

 何かを思い出したかのように語る朝日の視線は、花音ではなく美雪に向けられている。美雪は朝日に視線を返しつつ、ちらりと横目で花音を見た。

「全部一通りこなしております。それにとても頑張っていると思います。失敗もないですし……」

 花音に褒められるのは素直に嬉しい。ちょっとだけ口元がほころんでしまった。

「なるほどな……もう元に戻って良いぞ」
「ありがとうございます。診て頂いて……助かりました!」
「ああ。皆、無理はするなよ」

 口元を緩める朝日へ、美雪は再度お礼を言った。すると彼はふふっと仏像の如き穏やかな微笑みを返す。
 彼のなんとなくわからない反応に美雪はなんだろうか? と疑問を覚える。もしかして、何か変な事でも言ってしまったのだろうか?

「あの、朝日さん……えぇと」
「すまん。まっすぐに感謝の気持ちを伝えられて驚いただけだ。気にしないでほしい」
「え、だってお忙しい中診察してくださったじゃないですか」
「……そうだな。その気持ち、受け取っておくよ」

 朝日の口角がより緩んだのが、薄暗い中でもばっちりと確認できた。しかしそれだけではなく、何か含みを持たせるような姿にも感じられる。
 美雪はそこに怪しさと寂しさに似たようなものを受け取った。

「私。まだ自分が何者なのかよくわかりません」
「……そうか」
「朝日さんは、皇后様付きの医師で医師長でございますよね?」
「そうだ。君の言う通りだ」

 無意識に、美雪の足が朝日に向かって一歩前へと進む。

「朝日さんも花音さんも……自分が誰なのか分かるんですよね」
「美雪、君は……」
「ぽっかりと穴が空いていて、それが埋まらないんです。中々。でも、何とか頑張っていかないといけませんよね」
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