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第7話 私は薬師
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「美雪!」
気がつけば朝日に右手首を掴まれていた。痛くはないが力は強く、離せない。その間に彼は部下へ毒消しを渡し、水に含ませて毒を触れていた手をぬぐわせるように指示を出す。
朝日の眉間には幾重にも皺が刻まれていた。怒っているようにも困っているようにも見え、美雪はちょっとした恐怖を覚える。
「あ、朝日さん!」
「もしかして、君が毒消しを持って来るように頼んだのか?」
そうだと正直に答えると、そうか……と何か含みのある反応が返って来る。
「まずは迅速な対応に感謝しないとな。宦官はどうだ?」
毒消しが徐々に聞いてきたのか、宦官はゆっくりと目を開き、言葉にならない声を発する。その様子に美雪はこれなら時間が経てば大丈夫だと安堵した。
しかし、朝日と言う名の、自分に降りかかって来たもうひとつの難題はまだ消えていない。
「あの、もしかして私が犯人だと疑われている、とか……?」
「そうではない。どうやってここにきて対応したのかが知りたい。場所を移そう」
「そ、そうですね……」
彼によって案内された先は、皇后の住まいである暁華殿。その西側にある個室だった。少人数が語らう為の個室で、朱塗りの小さな円卓と椅子が3対置かれている。ここにも照明が設置されていて、やや暗さはあるが会話には困らなさそうだ。
「座ってほしい」
「は、はい……すみません、誤解させてしまうような事してしまって」
苦笑する朝日の瞳にはどこか影が差し込んでいるように見受けられた。
「謝らないでくれ。君がここにいたから驚いて」
「いや、その」
「本題に入ろう。まぜ君はなぜ林才人の元へ?」
「声がしたんです。夜勤へ行く途中に宮女達が噂しているのを耳にして」
それで寝具を花音に押し付けて走ってきた事を打ち明けると、朝日は額に右手を添えながら大きく息を吐いた。
美雪はご迷惑をおかけしてしまいすみません……と謝るより他ない。
「謝る必要はない。君にもし疑いがかけられたのなら俺が晴らすまでだ」
力強く言い切った朝日に、美雪の鼓動が大きくなった。良かった。と安堵していいのだろうか? とまだ怖さはあるが、彼の言葉をそのまま受け止める。
「朝日さん……本当にありがとうございます」
「新葉と言ったか。彼女への対応も素晴らしいものだった。君のおかげだ」
それにしても附子毒だとよくわかったなと語る朝日に、美雪はなんでわかったのか、きっかけを頭の中で記憶を辿っても見つけ出せない。
「う~ん、わからないです。きっかけが思い出せなくて……」
「わかった。では話はここまでにして持ち場まで送っていこう。君の迅速な対応、」
「よろしいのですか?」
「夜の後宮だ。何が起こるかわからない」
ピリッとしたひりつきを胸で感じる。ここは彼の言う事に従った方が賢明だ。
朝日は無言で美雪が過ごす建物まで送ってくれた。
「あっ美雪さん! それに朝日様!」
入口には花音が警備を担う兵士と共に心配そうに立っていた。彼女達に謝罪すると、花音は美雪の眼前まで駆け寄る。
「心配しましたよ! でも、朝日様なんでここに?」
「偶然鉢合わせたからな」
「そうだったのですね。林才人様の噂もあったので、おふたりが元気そうでひとまずは安心しました」
(こっちにも噂が……)
美雪は無言で去っていく朝日の広くて寂しさのある背中へお気を付けて。と声を掛ける。朝日は右手を挙げながら何も言わずに暗闇へと消えていった。
(やっぱり、どこか何かを隠しているような、そんな人に見えますね)
◇ ◇ ◇
林才人の死から翌々日が経過した。
お粥に含まれていたのは美雪の推察通り、附子毒であるのが判明。犯人はまだわかっておらず、今も調査が続いている。なお、彼女はやはり子を身ごもっていた。当然懐妊が判明してすぐの事だったのでお腹の子も命を落としている。
ちなみに彼女の食事を毒見をした宮女は何ともなかった。その為、毒見後に混入したのだろうと言う見識を、美雪は風の噂で把握している。
今は晩夏の雨が降りしきる午後。美雪は皇后専用の薬を管理している倉庫へ、薬を包む白布を届けに向かっている最中だ。
「ここですね、暁華殿正面の左側にあるのが薬倉庫」
倉庫の前は屈強な若い兵士が2名、槍を片手に警備に当たっている。彼らへ白布を届けに来た事を伝えるとすぐに扉を開けてくれた。
「失礼します……わ、埃っぽい」
足を踏み入れると周囲には天井まで届く薬の棚がずらりと並ぶ。
棚に囲まれているような感覚を覚えた瞬間、頭の中にある景色がよぎった。
「っ!」
景色は紛う事なくこの倉庫の薬棚。そして自分は何度も薬棚に手を伸ばし、薬を取ったり戻したりしている。
その時着用していた着物は、今着用している宮女の薄い緑色のものではない。女性薬師が着用する、淡い桃色のもの。更に言えば治療院にいたものと同じ色合いだ。
(私は……この後宮で……)
自分はここで薬師として働いていたのだ。
気がつけば朝日に右手首を掴まれていた。痛くはないが力は強く、離せない。その間に彼は部下へ毒消しを渡し、水に含ませて毒を触れていた手をぬぐわせるように指示を出す。
朝日の眉間には幾重にも皺が刻まれていた。怒っているようにも困っているようにも見え、美雪はちょっとした恐怖を覚える。
「あ、朝日さん!」
「もしかして、君が毒消しを持って来るように頼んだのか?」
そうだと正直に答えると、そうか……と何か含みのある反応が返って来る。
「まずは迅速な対応に感謝しないとな。宦官はどうだ?」
毒消しが徐々に聞いてきたのか、宦官はゆっくりと目を開き、言葉にならない声を発する。その様子に美雪はこれなら時間が経てば大丈夫だと安堵した。
しかし、朝日と言う名の、自分に降りかかって来たもうひとつの難題はまだ消えていない。
「あの、もしかして私が犯人だと疑われている、とか……?」
「そうではない。どうやってここにきて対応したのかが知りたい。場所を移そう」
「そ、そうですね……」
彼によって案内された先は、皇后の住まいである暁華殿。その西側にある個室だった。少人数が語らう為の個室で、朱塗りの小さな円卓と椅子が3対置かれている。ここにも照明が設置されていて、やや暗さはあるが会話には困らなさそうだ。
「座ってほしい」
「は、はい……すみません、誤解させてしまうような事してしまって」
苦笑する朝日の瞳にはどこか影が差し込んでいるように見受けられた。
「謝らないでくれ。君がここにいたから驚いて」
「いや、その」
「本題に入ろう。まぜ君はなぜ林才人の元へ?」
「声がしたんです。夜勤へ行く途中に宮女達が噂しているのを耳にして」
それで寝具を花音に押し付けて走ってきた事を打ち明けると、朝日は額に右手を添えながら大きく息を吐いた。
美雪はご迷惑をおかけしてしまいすみません……と謝るより他ない。
「謝る必要はない。君にもし疑いがかけられたのなら俺が晴らすまでだ」
力強く言い切った朝日に、美雪の鼓動が大きくなった。良かった。と安堵していいのだろうか? とまだ怖さはあるが、彼の言葉をそのまま受け止める。
「朝日さん……本当にありがとうございます」
「新葉と言ったか。彼女への対応も素晴らしいものだった。君のおかげだ」
それにしても附子毒だとよくわかったなと語る朝日に、美雪はなんでわかったのか、きっかけを頭の中で記憶を辿っても見つけ出せない。
「う~ん、わからないです。きっかけが思い出せなくて……」
「わかった。では話はここまでにして持ち場まで送っていこう。君の迅速な対応、」
「よろしいのですか?」
「夜の後宮だ。何が起こるかわからない」
ピリッとしたひりつきを胸で感じる。ここは彼の言う事に従った方が賢明だ。
朝日は無言で美雪が過ごす建物まで送ってくれた。
「あっ美雪さん! それに朝日様!」
入口には花音が警備を担う兵士と共に心配そうに立っていた。彼女達に謝罪すると、花音は美雪の眼前まで駆け寄る。
「心配しましたよ! でも、朝日様なんでここに?」
「偶然鉢合わせたからな」
「そうだったのですね。林才人様の噂もあったので、おふたりが元気そうでひとまずは安心しました」
(こっちにも噂が……)
美雪は無言で去っていく朝日の広くて寂しさのある背中へお気を付けて。と声を掛ける。朝日は右手を挙げながら何も言わずに暗闇へと消えていった。
(やっぱり、どこか何かを隠しているような、そんな人に見えますね)
◇ ◇ ◇
林才人の死から翌々日が経過した。
お粥に含まれていたのは美雪の推察通り、附子毒であるのが判明。犯人はまだわかっておらず、今も調査が続いている。なお、彼女はやはり子を身ごもっていた。当然懐妊が判明してすぐの事だったのでお腹の子も命を落としている。
ちなみに彼女の食事を毒見をした宮女は何ともなかった。その為、毒見後に混入したのだろうと言う見識を、美雪は風の噂で把握している。
今は晩夏の雨が降りしきる午後。美雪は皇后専用の薬を管理している倉庫へ、薬を包む白布を届けに向かっている最中だ。
「ここですね、暁華殿正面の左側にあるのが薬倉庫」
倉庫の前は屈強な若い兵士が2名、槍を片手に警備に当たっている。彼らへ白布を届けに来た事を伝えるとすぐに扉を開けてくれた。
「失礼します……わ、埃っぽい」
足を踏み入れると周囲には天井まで届く薬の棚がずらりと並ぶ。
棚に囲まれているような感覚を覚えた瞬間、頭の中にある景色がよぎった。
「っ!」
景色は紛う事なくこの倉庫の薬棚。そして自分は何度も薬棚に手を伸ばし、薬を取ったり戻したりしている。
その時着用していた着物は、今着用している宮女の薄い緑色のものではない。女性薬師が着用する、淡い桃色のもの。更に言えば治療院にいたものと同じ色合いだ。
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自分はここで薬師として働いていたのだ。
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