後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

文字の大きさ
8 / 59

第7話 私は薬師

しおりを挟む
「美雪!」

 気がつけば朝日に右手首を掴まれていた。痛くはないが力は強く、離せない。その間に彼は部下へ毒消しを渡し、水に含ませて毒を触れていた手をぬぐわせるように指示を出す。
 朝日の眉間には幾重にも皺が刻まれていた。怒っているようにも困っているようにも見え、美雪はちょっとした恐怖を覚える。

「あ、朝日さん!」
「もしかして、君が毒消しを持って来るように頼んだのか?」

 そうだと正直に答えると、そうか……と何か含みのある反応が返って来る。

「まずは迅速な対応に感謝しないとな。宦官はどうだ?」

 毒消しが徐々に聞いてきたのか、宦官はゆっくりと目を開き、言葉にならない声を発する。その様子に美雪はこれなら時間が経てば大丈夫だと安堵した。
 しかし、朝日と言う名の、自分に降りかかって来たもうひとつの難題はまだ消えていない。

「あの、もしかして私が犯人だと疑われている、とか……?」
「そうではない。どうやってここにきて対応したのかが知りたい。場所を移そう」
「そ、そうですね……」

 彼によって案内された先は、皇后の住まいである暁華殿。その西側にある個室だった。少人数が語らう為の個室で、朱塗りの小さな円卓と椅子が3対置かれている。ここにも照明が設置されていて、やや暗さはあるが会話には困らなさそうだ。

「座ってほしい」
「は、はい……すみません、誤解させてしまうような事してしまって」

 苦笑する朝日の瞳にはどこか影が差し込んでいるように見受けられた。

「謝らないでくれ。君がここにいたから驚いて」
「いや、その」
「本題に入ろう。まぜ君はなぜ林才人の元へ?」
「声がしたんです。夜勤へ行く途中に宮女達が噂しているのを耳にして」

 それで寝具を花音に押し付けて走ってきた事を打ち明けると、朝日は額に右手を添えながら大きく息を吐いた。
 美雪はご迷惑をおかけしてしまいすみません……と謝るより他ない。

「謝る必要はない。君にもし疑いがかけられたのなら俺が晴らすまでだ」

 力強く言い切った朝日に、美雪の鼓動が大きくなった。良かった。と安堵していいのだろうか? とまだ怖さはあるが、彼の言葉をそのまま受け止める。

「朝日さん……本当にありがとうございます」
「新葉と言ったか。彼女への対応も素晴らしいものだった。君のおかげだ」

 それにしても附子毒だとよくわかったなと語る朝日に、美雪はなんでわかったのか、きっかけを頭の中で記憶を辿っても見つけ出せない。

「う~ん、わからないです。きっかけが思い出せなくて……」
「わかった。では話はここまでにして持ち場まで送っていこう。君の迅速な対応、」
「よろしいのですか?」
「夜の後宮だ。何が起こるかわからない」

 ピリッとしたひりつきを胸で感じる。ここは彼の言う事に従った方が賢明だ。
 朝日は無言で美雪が過ごす建物まで送ってくれた。

「あっ美雪さん! それに朝日様!」

 入口には花音が警備を担う兵士と共に心配そうに立っていた。彼女達に謝罪すると、花音は美雪の眼前まで駆け寄る。

「心配しましたよ! でも、朝日様なんでここに?」
「偶然鉢合わせたからな」
「そうだったのですね。林才人様の噂もあったので、おふたりが元気そうでひとまずは安心しました」
(こっちにも噂が……)

 美雪は無言で去っていく朝日の広くて寂しさのある背中へお気を付けて。と声を掛ける。朝日は右手を挙げながら何も言わずに暗闇へと消えていった。

(やっぱり、どこか何かを隠しているような、そんな人に見えますね)

◇ ◇ ◇

 林才人の死から翌々日が経過した。
 お粥に含まれていたのは美雪の推察通り、附子毒であるのが判明。犯人はまだわかっておらず、今も調査が続いている。なお、彼女はやはり子を身ごもっていた。当然懐妊が判明してすぐの事だったのでお腹の子も命を落としている。
 ちなみに彼女の食事を毒見をした宮女は何ともなかった。その為、毒見後に混入したのだろうと言う見識を、美雪は風の噂で把握している。

 今は晩夏の雨が降りしきる午後。美雪は皇后専用の薬を管理している倉庫へ、薬を包む白布を届けに向かっている最中だ。

「ここですね、暁華殿正面の左側にあるのが薬倉庫」

 倉庫の前は屈強な若い兵士が2名、槍を片手に警備に当たっている。彼らへ白布を届けに来た事を伝えるとすぐに扉を開けてくれた。

「失礼します……わ、埃っぽい」

 足を踏み入れると周囲には天井まで届く薬の棚がずらりと並ぶ。
 棚に囲まれているような感覚を覚えた瞬間、頭の中にある景色がよぎった。

「っ!」

 景色は紛う事なくこの倉庫の薬棚。そして自分は何度も薬棚に手を伸ばし、薬を取ったり戻したりしている。
 その時着用していた着物は、今着用している宮女の薄い緑色のものではない。女性薬師が着用する、淡い桃色のもの。更に言えば治療院にいたものと同じ色合いだ。

(私は……この後宮で……)

 自分はここで薬師として働いていたのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する

五色ひわ
恋愛
 エミリーが多勢の男子生徒を従えて歩いている。王子であるディランは、この異様な光景について兄のチャーリーと話し合っていた。それなのに……  数日後、チャーリーがエミリーの取り巻きに加わってしまう。何が起こっているのだろう?  ディランは訳も分からず戸惑ったまま、騒動の中心へと引きづりこまれていくのだった。

ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 ――貧乏だから不幸せ❓ いいえ、求めているのは寄り添ってくれる『誰か』。  ◆  第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリア。  両親も既に事故で亡くなっており帰る場所もない彼女は、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていた。  しかし目的地も希望も生きる理由さえ見失いかけた時、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    10歳前後に見える彼らにとっては、親がいない事も、日々食べるものに困る事も、雨に降られる事だって、すべて日常なのだという。  そんな彼らの瞳に宿る強い生命力に感化された彼女は、気が付いたら声をかけていた。 「ねぇ君たち、お腹空いてない?」  まるで野良犬のような彼らと、貴族の素性を隠したフィーリアの三人共同生活。  平民の勝手が分からない彼女は、二人や親切な街の人達に助けられながら、自分の生き方やあり方を見つけて『自分』を取り戻していく。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。

まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。 泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。 それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ! 【手直しての再掲載です】 いつも通り、ふんわり設定です。 いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*) Copyright©︎2022-まるねこ

処理中です...