後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

文字の大きさ
10 / 59

第9話 元居た場所へ

しおりを挟む
「そうだな。その事を俺は深く考えていなかった」
「?」
「俺は嫌な記憶は全部忘れてしまえば良いと思っていた……その方が君にとっては楽かもしれないと」
(私の事、気遣ってくださったのかな?)

 そのまま考え込む仕草を見せる朝日。彼の動向を注意深く観察する。次に出てくる言葉は何か。何が出てきてもいいように覚悟を決めて彼の姿を見つめる。

「わかった。じゃあ、ついてきてほしい」
「わかりました……」

 彼が向かう先は暁華殿の正面入り口。この建物は妃達が住まう屋敷の中では群を抜いて巨大な為、一体どこに連れていかれるのか全く読めない。

(こないだみたいな部屋にでも案内するのでしょうか……?)

 暁華殿の中ではあちこちを宮女や宦官が歩いている。密度は洗濯場よりも狭く感じられ、いかにこの屋敷内で働く者達が多いかを突き付けられているようだ。
 朱塗りの柱ひとつひとつに極彩色の装飾が施され、色とりどりの晩夏の花々が磁器に生けられて芳醇な香りを漂わせている。この建物の奥に皇后が鎮座していると考えると、確かに最高位の妃にふさわしい建築だ。
 
(この建物も……なんだかどこかで見た事があるような、ないような……)
「美雪、こっちだ。はぐれるんじゃないぞ」
「あっ、失礼しました」
「気にするな。君ならはぐれる事はない。さあ、ここを右に曲がるぞ」

 彼の足が止まった先には、大きな朱塗りの扉が広がっていた。扉の左右に宦官と兵士が控えているのを見る限り、この奥に皇后がいると直感が知らせてくれる。

「この奥にジィアン皇后様がいらっしゃる。今から君に会って、今後どうするかを話したいと思うが、いいか?」
「え、なぜ……皇后様と?」
「だって君は薬師として働きたいと言ったじゃないか。それはつまり皇后様付きの薬師、と言う事だと俺は思ったのだが違うのか?」
「あっいや……そこまで考えておりませんでした……でも、朝日さんと同じ皇后様付きなら、何かあった時頼れるのかも……?」

 確かに朝日が近くにいた方が、何かあった時は安心感が違うはずだ。腕組みをしながら考えていると朝日は少し頬を桃色に染めながら咳ばらいをする。

「まず皇后様についての説明だ。君はどれだけ覚えているかも確認しなければな」
「皇后の位が最上位で、皇帝の正妻だと言う事は知っています」
「わかった」

 朝日からもたらされた説明をまとめる
 姜皇后は朝日達の主で皇帝の正妻。子供は既に5人おり、その中には世継ぎである皇太子もいる。
 性格はたおやかで宮女達からは優しい母親のような存在に見られているらしい。いつも落ち着いており、妃としては珍しく嫉妬心は無く、優しさで満ち溢れている人物だとか。

「怒る場面を俺は見た事がない。だが、無礼はするなよ」
「わかりました」

 さすがに相手は皇后だ。下手には出れない。
 まさに高貴で貴婦人らしい人。子供が5人いる所からも分かる通り、皇帝からの寵愛も絶大なので妃達からは適わない存在とされている。一方、嫉妬深い妃たちからはあまり良く思われていない。と言う話も彼から教えられた。

「後宮は嫉妬が溜まりに溜まった汚い壺のようなものだ」
「そうでしょうね。たくさんの妃達が集まっているのですから……」
「よし、先に俺が入って話をする。後で呼ぶから君はそこで待っているんだ」

 宣言通り朝日が先に扉の向こうへと姿を消していった。目を閉じて平常心を装っていると、十数秒後に彼の声が頭上へと降りかかる。

「もう良いのですか?」
「ああ、俺の後ろについてこい」

 促されて入った先には真っ赤な衣服に身を包んだ、ひとりの女性が玉座めいた椅子に腰かけているのが見えた。 
 少々ふくよかで丸顔な彼女は、手入れが行き届いている艶やかな黒髪を金銀サンゴの髪飾りで彩っている。
 たれ目で一重の赤い瞳はまっすぐに自分へと向けられているのを感じた。まさに赤で彩られた姿は鮮やかで強烈だが、柔和な表情がその強さを解してくれているようにも受け止められる。

「挨拶を」
「は、はい。皇后様。宮女の美雪でございます。お会いできて光悦至極にございます……」

 緊張感が身体全体を包んでいるせいでうまく手足が動かせない。その状態でもひざまずいて挨拶を行う。
 まるで上から己の全てを眺められているような、そんな感覚だ。

「美雪。私も会いたかったのよ。元気にしていたかしら?」
「はい」
「まあ!」

 目をまん丸にさせて驚く姜皇后の顔は、まるで少女のそれと被って見える。

「朝日、美雪には優しいのね?」
「なっ……放っておけないのは、確かでございますが……」
「ふふっ。朝日らしい。美雪。あなたの事。そして薬師として働きたいと朝日から聞いたわ」
「はっその通りでございます」

 さて、どのような言葉が彼女の口から放たれるのか。心臓が爆発してしまいそうな程、鼓動を速めていく。

「じゃあ、明日から私付きの薬師として働いてみない?」
「えっ」

 明日からと言う迅速な対応には驚きしか感じられない。姜皇后はにっこりと微笑むと、その方がいいでしょう? と朝日を傍らに立つ朝日に視線を投げかけたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する

五色ひわ
恋愛
 エミリーが多勢の男子生徒を従えて歩いている。王子であるディランは、この異様な光景について兄のチャーリーと話し合っていた。それなのに……  数日後、チャーリーがエミリーの取り巻きに加わってしまう。何が起こっているのだろう?  ディランは訳も分からず戸惑ったまま、騒動の中心へと引きづりこまれていくのだった。

ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 ――貧乏だから不幸せ❓ いいえ、求めているのは寄り添ってくれる『誰か』。  ◆  第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリア。  両親も既に事故で亡くなっており帰る場所もない彼女は、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていた。  しかし目的地も希望も生きる理由さえ見失いかけた時、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    10歳前後に見える彼らにとっては、親がいない事も、日々食べるものに困る事も、雨に降られる事だって、すべて日常なのだという。  そんな彼らの瞳に宿る強い生命力に感化された彼女は、気が付いたら声をかけていた。 「ねぇ君たち、お腹空いてない?」  まるで野良犬のような彼らと、貴族の素性を隠したフィーリアの三人共同生活。  平民の勝手が分からない彼女は、二人や親切な街の人達に助けられながら、自分の生き方やあり方を見つけて『自分』を取り戻していく。

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。

まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。 泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。 それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ! 【手直しての再掲載です】 いつも通り、ふんわり設定です。 いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*) Copyright©︎2022-まるねこ

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

処理中です...