後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第12話 解決と優しさ

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「これですね!」

 処方には丸薬の配合方法が記されている。正面上の薬棚には親切に姜皇后様の薬配合分。と記された専用の木箱が収められていた。
 
「ちょっと! 早くしなさいよ!」

 宮女が何度も急かす。彼女の声は美雪の意識には届いていない。配合表を見ながら冷静に粉状の漢方薬を調合し、すりこぎで潰していく。

(これであとは……いや、丸薬にするにはここから更に工程がいくつか必要。それなら粉にして飲んでもらった方が早い)
「お待たせしました!」

 白い紙に配合した薬の粉を包み、宮女に差し出す。差し出されたそれを見て宮女はええっ?! と明らかに納得していない声を挙げた。

「丸薬じゃないじゃない!」
「ここから丸薬にするには時間がかかります。それに、口に入れて消化すれば丸薬も粉も同じです」
「っ、確かにそうね……」

 渋々宮女は受け取り、薬師達の作業場から去っていく。その背中には不満が見え隠れしていたが、姜皇后を待たせる訳にもいかないので、仕方ない。

「待ってください! 私もご同行いたします!」

 さすがに遅れが生じた以上、こちらが何もしないわけにはいかない。美雪は彼女の背中を追いかけた。

「え……?」
「元はこちらの責任です。私から一言皇后様にお詫びを……」
「待って美雪! それなら私達も!」

 後ろを振り返ると、身体を震わせる朱美達がいた。

「ごめんなさい美雪。さっき渡したのは違う薬なの」
「とにかく! 付いてくるなら早く! 皇后様がお待ちしているわよ!」

 宮女の背中を追いかけるようにして、姜皇后の私室へ足を踏み入れる。

「あら」

 姜皇后は朱塗りの円卓に並べられた、大量の白磁の器にじっくりと目を通していた。白磁の器の中には野菜の煮付けなど食材が美しく盛り付けられている。
 まだ食事に手をつけてはいないようだ。

(ま、間に合った……!)
「皇后様! お待たせいたしました、朝のお薬でございます……!」

 宮女が恐れおののきながら姜皇后の左に立っていた宦官・児永エニヨンに両手を添えて渡す。

「ご苦労でございました」

 紫色の衣服を着用した児永は白髪の長髪をたなびかせながら微笑を浮かべていた。
 主である姜皇后が赤い衣服を身にまとっているのもあるせいか、色白さが一際目立つ。

(浮世離れした雰囲気の人ですね……ただの宦官ではなさそうな)

 そんな児永の目は細く、未だに食事に手を付けようとはしない姜皇后を、紫色の瞳で見つめていた。
 身長は朝日よりも高いだろう。

「お薬が届くの遅かったけど……何かあったかしら?」

 背筋がぞくりと震え上がった。姜皇后の笑みは品のある笑みだが、兎にも角にも恐怖が勝る。

「ご用意が出来ておらず……! 大変申し訳ございません!」
「美雪……今日からの勤めだったわね。あなたが用意してくれたの?」
「はい!」

 その瞬間、姜皇后の視線が朱美達に移されたのを美雪は即座に察知した。

「あなた達は……? 私思うの、新人にいきなり大仕事を任せるのは大変なんじゃないかって」
「……っ申し訳ございません! 実はっ、私達は美雪を試しておりました!」
「試す?」

 なんの為にそのような事をしたのだろうか? 美雪はすっかり血の気が引いた朱美へ振り返った。
 指定されたのとは違う丸薬を渡したのは、最初から仕組んだ事だと、朱美達は震える声音で説明する。

「なぜ、そのような事をしたの? いじわるはだめよ」
「っ! その、皇后様っ……これ以上はっ」
(言えない事情があるのでしょうか?)

 両手の拳をわなわなと震わせている朱美達。姜皇后の方へと向き直ると、笑みを絶やさないまま、眉尻を少しだけ下げていた。

「あぁ、あとで聞く事にするわね。その方がいいでしょう」
「大変申し訳ございませんでした! 罰は甘んじて受け入れます!」

 朱美達の絶叫をかき消すように、児永が靴音を鳴らしながら姜皇后に近づいた。

「皇后様、新人を虐めたのでございます。ここは鞭打ちに処すべきでは?」
(鞭打ち!!)

 後ろから叫びにならない悲鳴があがった。鞭打ちが如何に恐ろしい刑罰かは、美雪も知識がある。

「鞭打ち……いや、ここは私の話し相手になってくれると言う刑罰はいかがかしら?」

 話し相手になる、の意味が美雪には飲み込めない。しかし残虐な刑罰を朱美達が受ける必要がないのであれば、安堵できると感じた。

「はっ、皇后様の御慈悲、感謝いたします!」

 朱美達はその場で土下座をした。児永はふふっと笑みを見せ、これでよろしいのですか? と姜皇后へ目配する。
 児永としてはしっかりと刑罰を受けさせたいのだろうか? 美雪は児永へお待ちください。と恐る恐る尋ねてみる。

「美雪さん、いかがなされました?」
「今回は……遅くはなりましたが何とかお薬を届ける事は出来ましたし、鞭打ちまでは必要ないのではないかと、思いまして」
「相変わらず優しいわね、美雪」

 ふふ……とたおやかに微笑む姜皇后。彼女は椅子から立ち上がると美雪の元まで近づいてきた。

「あなたの優しくて純粋な所、好きよ」

 眼前で囁かれたせいで、肩がびくりと跳ねた。姜皇后は美雪の両肩にそっと手を添える。朝日と同じのようなぬくもりがそこにはあった。

「その優しい所、忘れないでね」
「は、はい……! 皇后様!」
「何かあったらいつでも頼りにしていいからね」

 姜皇后の笑みは、国母にふさわしき大きな器を感じさせるもの。
 その笑みに美雪の目は釘付けとなる。

「皇后様、お食事に戻りましょう。冷めてしまいます」
「あらいけない。児永の言う通りね」

 姜皇后は円卓に戻り、漸く箸を手にして食事を始めた。

「おはようございます。薬の件、申し訳ございません」

 話を聞いたのか、後ろから朝日が駆けつけてくる。

「気にしないで。もう解決した事だから。ね、美雪さん?」
「え、あ、はい……」
「美雪、君がまた手柄を上げたのか」

 手柄を上げたとまではいかない。と伝えたかったが口を動かす間もなく、姜皇后は児永と朝日の名を呼んだ。

「美雪さんを送ってあげて。朱美さん達はここでお話しましょう」

 こうして、朱美達先輩薬師が火種となった騒動は幕を閉じたのである。
 帰り際、児永からは何かあればいつでも頼ってくださいと優しく声をかけられた。

「児永さん……」
「遠慮はなさらないで結構です。では私は他の事務仕事がございますので、これにて」

 児永の小さくなる背中に目を奪われていると、右隣から朝日が美雪……と声を出した。

「一体なにがあったんだ?」
「ああ、実は……」

 事について説明すると、朝日は腕組みをしながら複雑めいた顔つきへと変わる。

「この後宮には魑魅魍魎が巣食っている。今回はどうにかなって安堵したが……疑う時は全員を疑え」
「でも、それだと朝日さんも……私、朝日さんを疑いたくないです」
「美雪……」

 美雪の瞳は真っ直ぐ朝日をとらえている。
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