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第19話 楓
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踊りを踊った事ってあったっけ……? と思い出そうとしているうちに、踊り子の右手が触れる。赤みがかった髪に真っ赤な二重の杏目な瞳も、色白の肌も、間近で見るととても強烈で、宝石のようだ。
「さ、どうぞどうぞ」
左腕は朝日が掴んでいるままだ。ちらりと横目で彼を見る。表情自体はあまり乗り気ではなさそうだが、行っておいでと言わんばかりに手が名残惜しそうに離れていった。
「すみません、行ってきます」
朝日に会釈をして舞台に上がる。踊り子からあなたの名前は? と尋ねられ美雪と答えると彼女は楓と名乗った。
「さあ、私の右に並んで。それで私の真似をするの」
楓が右前足を一歩前に出しつつ、両手を胸位の高さで広げる。真似すると胸郭のあたりが広がって新鮮な空気が肺一杯に満ち溢れていった。
「そう! 優雅ね」
「あ、ありがとうございます……」
「次はこう……」
楓を横目で見ながら広げた両手を胸の前で交差させる。
この時、近くに座っていた男性客や宦官達からの視線に気がついた。
「あの子、薬師だよな?」
「あぁ。美雪って人だ」
「華奢な体型は踊り映えするな。妃に推挙するのもありかもしれん……」
「そうだな。俺も彼女はアリだと思う」
品定めされている。そう感じた瞬間緊張にも似た硬直が全身に襲いかかった。
すると朝日と目が合う。彼は穏やかな口元と目元をしていたが、すぐに眉間に皺が寄る。
(宦官達の声、朝日さんにも聞こえたかも)
だが、楓の優雅な動きは終わるまで真似しないと彼女に失礼だ。宦官達の視線は痛みを感じてしまうのも変わらない。
「君達、いいかな?」
突如朝日が席から立ち上がった。
「うちの優秀な薬師が美しいのは十分理解出来る。しかしそのような目で見ないで頂きたいのだが」
宦官達はわかりやすく身震いした。朝日は口元こそ笑っているが、目元からは殺気が放たれている。
美雪の背筋は瞬時に凍てついた。
「あ、朝日様……」
「妃に、と言うなら皇后様へ直々に話を通してもらいたい。許可が降りるか否かはわからないがな」
「は、はっ……! 申し訳ございませぬ……!」
「ふぅん、あの方、あなたの上司?」
楓の問いに対しそうだ。と意思を見せると、彼女はくすりと妖艶に笑う。
「大事にしなさいね?」
「大事……?」
「言葉通りの意味よ。さ、最後は両手を広げて天を見上げて?」
「こうでしょうか?」
天井に吊るされた灯りが目に入って眩しい。それと胸の辺りがすっとして、心地よさと似た感覚もある。
舞台下からはパチパチ……と温かな拍手がわき起こった。
(拍手、されている……この私が……)
嬉しさが胸の中に満ち溢れてくる。周囲にいた他の踊り子からも上手でしたよ。と褒められ、身体が徐々にむず痒くなっていった。
◇ ◇ ◇
「舞台上がってみてどうだったかしら?」
「とても楽しかったです! お誘い頂きありがとうございました」
公演が終わった後。劇場の裏側にある簡易な控室に美雪と朝日は誘われ、話をしていた。薄暗い掘っ立て小屋みたいな控室の中には化粧道具や衣装が所狭しと並んでいる。
正座をした美雪と胡座をかいた朝日に、楓は簡素な器に入った白湯を渡す。
(……ちょうど喉が渇いた所だったから助かった)
「あら、美雪。飲まないの?」
眺めすぎたのか、楓は首を傾げている。ごくりとお白湯を飲むと、ちょうど良いくらいの温度が口から胃へと浸透していった。
「すみません、少しぼうっとしていました」
「毒が入ってるって疑われているのかと思ったわ」
ケラケラと笑う楓に、そのような事はございませんと真面目に否定する。横からは朝日が先ほど宦官に見せたような殺気を芽生えさせようとしていた。
すると楓は冗談を言ってごめんなさい。と素直に謝罪の意思を見せる。
「美雪は薬師で朝日さんが医者よね? さっきの確認だけど」
「そうでございます。私はまだまだですが」
「へぇ……。薬にも詳しいの?」
「自信は……」
あります! と言いたい所だが、記憶が全て元に戻っていない以上、胸を張りづらい。
「まだまだ精進していかなければならないと考えております。私が知らない薬もこの世界には沢山あるでしょうから」
「まあ、謙虚なのね。頑張って」
「は、はい……!」
お白湯を飲むと、全身の内側からぬくもりが生じてくる。朝日が楓に、どうして踊り子を目指したのかを問うと、彼女は踊りが好きだから。と穏やかな口調で答えてくれた。
「お姉を見て始めたのがきっかけだったかな。お姉はすっごく美人で踊りが上手だったの」
「へぇ……」
(だった、ですか。今はもう踊りからは離れているのでしょうか?)
ここで芸人と思わしき男性が急いでいる様子で控室へ現れた。
「楓! 次行けるかい!?」
「はい! じゃあ、ここで。秋大宴祭、楽しめますように」
「は、はい! お話できて良かったです……!」
立ち上がってた楓はにこりと笑うと、控室を後にする。
その瞳はどこか暗さが宿っているようにも見えた。
「美雪、俺達も行こう。次はどこの屋台を巡ろうか」
「そうでございますね……」
「さ、どうぞどうぞ」
左腕は朝日が掴んでいるままだ。ちらりと横目で彼を見る。表情自体はあまり乗り気ではなさそうだが、行っておいでと言わんばかりに手が名残惜しそうに離れていった。
「すみません、行ってきます」
朝日に会釈をして舞台に上がる。踊り子からあなたの名前は? と尋ねられ美雪と答えると彼女は楓と名乗った。
「さあ、私の右に並んで。それで私の真似をするの」
楓が右前足を一歩前に出しつつ、両手を胸位の高さで広げる。真似すると胸郭のあたりが広がって新鮮な空気が肺一杯に満ち溢れていった。
「そう! 優雅ね」
「あ、ありがとうございます……」
「次はこう……」
楓を横目で見ながら広げた両手を胸の前で交差させる。
この時、近くに座っていた男性客や宦官達からの視線に気がついた。
「あの子、薬師だよな?」
「あぁ。美雪って人だ」
「華奢な体型は踊り映えするな。妃に推挙するのもありかもしれん……」
「そうだな。俺も彼女はアリだと思う」
品定めされている。そう感じた瞬間緊張にも似た硬直が全身に襲いかかった。
すると朝日と目が合う。彼は穏やかな口元と目元をしていたが、すぐに眉間に皺が寄る。
(宦官達の声、朝日さんにも聞こえたかも)
だが、楓の優雅な動きは終わるまで真似しないと彼女に失礼だ。宦官達の視線は痛みを感じてしまうのも変わらない。
「君達、いいかな?」
突如朝日が席から立ち上がった。
「うちの優秀な薬師が美しいのは十分理解出来る。しかしそのような目で見ないで頂きたいのだが」
宦官達はわかりやすく身震いした。朝日は口元こそ笑っているが、目元からは殺気が放たれている。
美雪の背筋は瞬時に凍てついた。
「あ、朝日様……」
「妃に、と言うなら皇后様へ直々に話を通してもらいたい。許可が降りるか否かはわからないがな」
「は、はっ……! 申し訳ございませぬ……!」
「ふぅん、あの方、あなたの上司?」
楓の問いに対しそうだ。と意思を見せると、彼女はくすりと妖艶に笑う。
「大事にしなさいね?」
「大事……?」
「言葉通りの意味よ。さ、最後は両手を広げて天を見上げて?」
「こうでしょうか?」
天井に吊るされた灯りが目に入って眩しい。それと胸の辺りがすっとして、心地よさと似た感覚もある。
舞台下からはパチパチ……と温かな拍手がわき起こった。
(拍手、されている……この私が……)
嬉しさが胸の中に満ち溢れてくる。周囲にいた他の踊り子からも上手でしたよ。と褒められ、身体が徐々にむず痒くなっていった。
◇ ◇ ◇
「舞台上がってみてどうだったかしら?」
「とても楽しかったです! お誘い頂きありがとうございました」
公演が終わった後。劇場の裏側にある簡易な控室に美雪と朝日は誘われ、話をしていた。薄暗い掘っ立て小屋みたいな控室の中には化粧道具や衣装が所狭しと並んでいる。
正座をした美雪と胡座をかいた朝日に、楓は簡素な器に入った白湯を渡す。
(……ちょうど喉が渇いた所だったから助かった)
「あら、美雪。飲まないの?」
眺めすぎたのか、楓は首を傾げている。ごくりとお白湯を飲むと、ちょうど良いくらいの温度が口から胃へと浸透していった。
「すみません、少しぼうっとしていました」
「毒が入ってるって疑われているのかと思ったわ」
ケラケラと笑う楓に、そのような事はございませんと真面目に否定する。横からは朝日が先ほど宦官に見せたような殺気を芽生えさせようとしていた。
すると楓は冗談を言ってごめんなさい。と素直に謝罪の意思を見せる。
「美雪は薬師で朝日さんが医者よね? さっきの確認だけど」
「そうでございます。私はまだまだですが」
「へぇ……。薬にも詳しいの?」
「自信は……」
あります! と言いたい所だが、記憶が全て元に戻っていない以上、胸を張りづらい。
「まだまだ精進していかなければならないと考えております。私が知らない薬もこの世界には沢山あるでしょうから」
「まあ、謙虚なのね。頑張って」
「は、はい……!」
お白湯を飲むと、全身の内側からぬくもりが生じてくる。朝日が楓に、どうして踊り子を目指したのかを問うと、彼女は踊りが好きだから。と穏やかな口調で答えてくれた。
「お姉を見て始めたのがきっかけだったかな。お姉はすっごく美人で踊りが上手だったの」
「へぇ……」
(だった、ですか。今はもう踊りからは離れているのでしょうか?)
ここで芸人と思わしき男性が急いでいる様子で控室へ現れた。
「楓! 次行けるかい!?」
「はい! じゃあ、ここで。秋大宴祭、楽しめますように」
「は、はい! お話できて良かったです……!」
立ち上がってた楓はにこりと笑うと、控室を後にする。
その瞳はどこか暗さが宿っているようにも見えた。
「美雪、俺達も行こう。次はどこの屋台を巡ろうか」
「そうでございますね……」
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