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第20話 皇后演舞
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劇場を後にした2人は再び、喧騒の中へと身を移す。屋台の手伝いなどをしていると、姜皇后が舞う皇后演舞の時間が近づいてきた。
「皆、そろそろ皇后様の演舞を見に行こう!」
男性薬師達の号令を皮切りに屋台は閉店。姜皇后付きの薬師と医師全員が、舞を控える姜皇后がいる建物へ移動を始めた。勿論美雪は朝日に腕をつかまれているので拒否する事無く共に移動している。
「美雪さん、何かしたの?」
「あっ、朱美さん……これは」
「皇后様からのご指示だ。彼女が何かやらかした訳ではない」
朱美から失礼しました……と消え入るような声が返される。朝日を見ると彼にはどことなく不満さが表れているようだ。
まだ根に持っていらっしゃるのですか? と小さい声で恐る恐る尋ねてみる。
「まあ、な……こう言うのはあまりよろしくないのはわかってはいるんだが」
「私は大丈夫ですよ。でも……」
「心配してしまう。……君の予想通りか?」
ぴたりと言い当てられ、戸惑いながら返事をする。
「はは……君の事がここまで分かるとはな」
口元に笑みを浮かべる朝日の目元は、美雪からすればよくわからない感情の色が漂っていた。
「到着したぞ」
宮殿の中心部にある広場に設けられた舞台には、既に多くの人々が詰めかけていた。辺りはすっかり暗くなっているが、舞台の四隅にある松明の炎は眩しいくらいに輝いている。
舞台の柱は暁華殿を彷彿とさせる朱塗りのもの。奥には複数の大型楽器と、白い衣服を見に纏う若い女性2名が座って待機している。
「……彼女達は」
「待機しているのは妃達だな。どちらも才人の位だったはずだ」
「なるほど……」
突如、舞台奥から太鼓の音が鳴り響いた。
「皇后演舞、間もなく始まります!」
がやがやとした騒がしさが一瞬で静寂へと変わる。しばらくして左側から数名の若い女性を伴い、朝に暁華殿で見た通りの姿をした姜皇后が現れた。
ゆっくりとした足取りからは、既に神秘的な空気が感じられる。
「皇后様……」
舞台に上がった姜皇后は、白い羽衣を両手に持ちピシッと背を伸ばして立つ。重厚な楽器の音が鳴りだすと、揺蕩うように足を踏み出した。
楓達が見せた踊り子の舞と似ているようで違う。ただひたすらに優美で高貴な彼女の舞は、見ているだけで何かご利益めいたものが得られそうな、そんな気持ちにさえさせてくれた。
「ありがたや……ありがたや……」
近くからは合掌し、彼女を拝むような声も聞こえ始めてくる。やはり自分が抱いた感覚は正解なのだと感じながら、姜皇后の舞を目に焼き付けた。
このお方の間近で働けるとは、自分は幸せ者かもしれない……。そう嬉しさに浸っている時。
(ん?)
雷鳴のような衝撃が、美雪の脳内にもたらされる。と同時にある光景が浮かび上がった。
(なにこれ、手紙……?)
白い紙に、黒い墨で記された文章。どこからどう見ても手紙なのだが、文章が朧気なせいで全て鮮明に捉えるのは難しい。
しかし、一文だけはっきりと読み取れる箇所があった。
――美雪、それでね、皇后様の演舞とっても美しかったの。あなたにも共有したいって思ってしまう程に華麗で壮麗で。天女と言うのは演舞の時の皇后様のようなお方を示しているのかもしれないわ。
字体からは女性が書いたものなのは読み取れるが、具体的に誰なのかが全く分からない。
「美雪? どうした?」
ふと隣に首を動かすと朝日が不思議そうな顔つきをして、こちらを覗き込んでいた。
「いいえ、何も」
「物思いにでもふけっていたか? それとも疲れたか?」
「……少々、疲れたのはありますね……」
正確には半分本音で半分嘘。とっさに口から出たものなので朝日に見破られるかも……。と身構えてしまう。
しかし朝日は穏やかな表情と心配そうな表情を織り交ぜた口元を見せた。
「早く帰って休もうか。じき演舞は終わる」
「しかし、これからも秋大宴祭は続きますよ……」
「無理は禁物だ。休める時に休んだ方が良い」
という事で結局、美雪は姜皇后の演舞が終わった後は朝日に連れられて暁華殿の自室へと戻って来た。
移動している間、姜皇后の舞踊と先ほど脳裏によぎった記憶の光景が代わる代わる映し出されては止まらない。姜皇后の舞踊は確かに素晴らしくて、この世の美を凝縮したかのようなものだった。だが、手紙を書いた人物が一体誰なのか、気になって仕方がない。
推察を進める。彼女? もまた姜皇后の舞踊を見たという事は後宮内の人物である可能性は高い。しかし秋大宴祭は後宮外からも人が来る。結局手紙の送り主が後宮勤めの人物かどうかは確証が持てない。
「腹は減っているか?」
「! あ、言われてみればだいぶ……」
「少しここで待っていてくれ。用意する」
「ありがとうございます」
決してここから出てはいけないぞ。と朝日に念押しされた美雪は架子台の上に寝転がった。
「あの手紙を書いた人、誰なんでしょう……」
女性なのは間違いないはず。そして秋大宴祭で姜皇后の舞踊を見た。その先に繋がる手掛かりはないのだろうか。
彼女は思考回路を巡らせていたが、意識はゆっくりとまどろんでいく。
「……美雪。美雪。ほら、起きなさい。もう朝よ」
「皆、そろそろ皇后様の演舞を見に行こう!」
男性薬師達の号令を皮切りに屋台は閉店。姜皇后付きの薬師と医師全員が、舞を控える姜皇后がいる建物へ移動を始めた。勿論美雪は朝日に腕をつかまれているので拒否する事無く共に移動している。
「美雪さん、何かしたの?」
「あっ、朱美さん……これは」
「皇后様からのご指示だ。彼女が何かやらかした訳ではない」
朱美から失礼しました……と消え入るような声が返される。朝日を見ると彼にはどことなく不満さが表れているようだ。
まだ根に持っていらっしゃるのですか? と小さい声で恐る恐る尋ねてみる。
「まあ、な……こう言うのはあまりよろしくないのはわかってはいるんだが」
「私は大丈夫ですよ。でも……」
「心配してしまう。……君の予想通りか?」
ぴたりと言い当てられ、戸惑いながら返事をする。
「はは……君の事がここまで分かるとはな」
口元に笑みを浮かべる朝日の目元は、美雪からすればよくわからない感情の色が漂っていた。
「到着したぞ」
宮殿の中心部にある広場に設けられた舞台には、既に多くの人々が詰めかけていた。辺りはすっかり暗くなっているが、舞台の四隅にある松明の炎は眩しいくらいに輝いている。
舞台の柱は暁華殿を彷彿とさせる朱塗りのもの。奥には複数の大型楽器と、白い衣服を見に纏う若い女性2名が座って待機している。
「……彼女達は」
「待機しているのは妃達だな。どちらも才人の位だったはずだ」
「なるほど……」
突如、舞台奥から太鼓の音が鳴り響いた。
「皇后演舞、間もなく始まります!」
がやがやとした騒がしさが一瞬で静寂へと変わる。しばらくして左側から数名の若い女性を伴い、朝に暁華殿で見た通りの姿をした姜皇后が現れた。
ゆっくりとした足取りからは、既に神秘的な空気が感じられる。
「皇后様……」
舞台に上がった姜皇后は、白い羽衣を両手に持ちピシッと背を伸ばして立つ。重厚な楽器の音が鳴りだすと、揺蕩うように足を踏み出した。
楓達が見せた踊り子の舞と似ているようで違う。ただひたすらに優美で高貴な彼女の舞は、見ているだけで何かご利益めいたものが得られそうな、そんな気持ちにさえさせてくれた。
「ありがたや……ありがたや……」
近くからは合掌し、彼女を拝むような声も聞こえ始めてくる。やはり自分が抱いた感覚は正解なのだと感じながら、姜皇后の舞を目に焼き付けた。
このお方の間近で働けるとは、自分は幸せ者かもしれない……。そう嬉しさに浸っている時。
(ん?)
雷鳴のような衝撃が、美雪の脳内にもたらされる。と同時にある光景が浮かび上がった。
(なにこれ、手紙……?)
白い紙に、黒い墨で記された文章。どこからどう見ても手紙なのだが、文章が朧気なせいで全て鮮明に捉えるのは難しい。
しかし、一文だけはっきりと読み取れる箇所があった。
――美雪、それでね、皇后様の演舞とっても美しかったの。あなたにも共有したいって思ってしまう程に華麗で壮麗で。天女と言うのは演舞の時の皇后様のようなお方を示しているのかもしれないわ。
字体からは女性が書いたものなのは読み取れるが、具体的に誰なのかが全く分からない。
「美雪? どうした?」
ふと隣に首を動かすと朝日が不思議そうな顔つきをして、こちらを覗き込んでいた。
「いいえ、何も」
「物思いにでもふけっていたか? それとも疲れたか?」
「……少々、疲れたのはありますね……」
正確には半分本音で半分嘘。とっさに口から出たものなので朝日に見破られるかも……。と身構えてしまう。
しかし朝日は穏やかな表情と心配そうな表情を織り交ぜた口元を見せた。
「早く帰って休もうか。じき演舞は終わる」
「しかし、これからも秋大宴祭は続きますよ……」
「無理は禁物だ。休める時に休んだ方が良い」
という事で結局、美雪は姜皇后の演舞が終わった後は朝日に連れられて暁華殿の自室へと戻って来た。
移動している間、姜皇后の舞踊と先ほど脳裏によぎった記憶の光景が代わる代わる映し出されては止まらない。姜皇后の舞踊は確かに素晴らしくて、この世の美を凝縮したかのようなものだった。だが、手紙を書いた人物が一体誰なのか、気になって仕方がない。
推察を進める。彼女? もまた姜皇后の舞踊を見たという事は後宮内の人物である可能性は高い。しかし秋大宴祭は後宮外からも人が来る。結局手紙の送り主が後宮勤めの人物かどうかは確証が持てない。
「腹は減っているか?」
「! あ、言われてみればだいぶ……」
「少しここで待っていてくれ。用意する」
「ありがとうございます」
決してここから出てはいけないぞ。と朝日に念押しされた美雪は架子台の上に寝転がった。
「あの手紙を書いた人、誰なんでしょう……」
女性なのは間違いないはず。そして秋大宴祭で姜皇后の舞踊を見た。その先に繋がる手掛かりはないのだろうか。
彼女は思考回路を巡らせていたが、意識はゆっくりとまどろんでいく。
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