後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第24話 皇后様のおそばに

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 薬師達は各々、付きたい班を選び、残るは美雪だけとなる。美雪の中ではどの班にも付きたい、付かなければと焦りが芽生えていた。

「美雪、どうするんだ?」
「私としては、どちらにも協力したいのですが……」
「君ならそう言うと思ったよ」

 考えをしっかり読み取られている気がして、うっ……と声にならない声と共に床へ視線を落としてしまう。
 とはいえ、姜皇后の元から離れるのも心配だし、毒物の解明にも協力しなければならない。2つの焦りが美雪の身体をかき回していく。

「君の考えはよくわかった。ではこうしよう」
「朝日さん? 何か良いお考えがあるのですか?」
「俺は君達を束ねる医師長だ。3班を統率する役割がある。そこで、だ。俺の秘書的な役割を任せたいと考えているのだが、どうだ? これなら3班すべてで尽力する事が可能だ」

 彼の考えがすっと美雪の体内に染みわたるのと同時に、その手があったか! とひらめきにも似た感覚が到来した。
 当然、断る理由は無い。

「朝日さんの考えに同意します!」
「わかった。大変だと思うが無理はするなよ?」
「は、はい……!」
「よし、皆決まったな?!」

 薬師や医師達が全員朝日の方へと視線を送る。その視線はどれも熱が籠っていると、美雪は感じていた。それだけ彼は信頼されて、優秀な人物である。自分の事については多くを語ろうとはしない、どこか神秘的にも似た雰囲気のある彼だが、仕事はきっちりこなす人物である事を改めて再認識した。

「今からそのように取り掛かる。全員皇后様の為に尽力せよ!」
「はっ!」
「よし、これからより忙しくなるぞ……!」
「朝日さん、必ず皇后様の意識を取り戻しましょう……!」

 熱意に意識が引っ張られていく。朝日は美雪に対して微笑みを向けながら、きりっと目元と眉を引き締めた。彼の表情を全身で受け止めた美雪は、同じような表情を返すのだった。

◇ ◇ ◇

 姜皇后が倒れて2日が経過した。彼女が倒れた翌日から秋大宴祭自体が中止となり、多くの人々による歓声も静まり返っている。
 屋台の営業も全て取りやめ。いつもの後宮での日常へと戻っているどころか、不気味なまでの静寂さが後宮内を覆っていた。
 美雪は朝日の側で3班の動きを確認したり、姜皇后の側で体調の確認に務めたりして動いている。ほぼ寝ずに動いている彼女を気遣う薬師達も朱美はじめ大勢いるが、彼女達の気づかいに感謝しつつも食事以外に休む事はしない。
 姜皇后の一大事に、休むと言う選択肢は美雪の中にはないのだ。

 彼女にとっての癒しでもある食事にも変化が訪れている。これまで食堂で提供されていた定食系の食事に舌鼓を打っていた彼女だが、今は手軽に食べられる刻んだ野菜と肉が入った包子ばかりを食べている。
 
 主でもある姜皇后の身に起きた事件なのに加え、新葉、林才人と来て今回の姜皇后の事件。立て続けに毒物を使用した事件が発生しているのも美雪の身体を急き立てる要素となっていた。

「皇后様……」

 今は午前中。美雪は架子台にて横たわる姜皇后の容態を観察している最中だ。試しに指で頬をつついたり、彼女の手を握ったりして刺激を与えるのを繰り返す。それでも彼女からの反応はない。

「朝日さん、定期的に刺激を与えた方が良い、との淵金道観の方々の仰せでしたよね」
「ああそうだな。触るだけでなく温度による刺激も良いと聞いている。今日も行おう」

 淵金道観には暁月国の中でも有名な道士達が数多く居住している。彼ら道士や高名な僧侶らにも姜皇后が目覚める手助けをしてほしいと、皇帝からの指示が出ているのだ。
 ……皇后の身体へ定期的に負担にならない程度の刺激を与えた方が良い。それが淵金道観の道士達からもたらされた情報だった。しかし彼らがもたらした知恵はこれだけで、使用された毒物や解毒薬などの情報は皇帝からの情報統制もあり、道士達からは仕入れられていない。
 
 毒物の痕跡について、厨房など複数個所で調査が行われたが、いずれも毒物は検出されなかった。その為青才人へお茶を渡した宮女は疑いから晴れている。
 現状、青才人は容疑者として児永らからの取り調べを受けているが、真っ向から否定し続けている状態だ。彼女の衣服や住まう屋敷も捜査されて毒物は全く出ていない。青才人はそれを盾としている。

 人肌のぬくもり程度のお湯と冷水がそれぞれ収められた2つの手桶が用意されると、まず冷水の方へ姜皇后の右手が付けられる。
 小さな氷が浮かんでいるほど冷たい水だが、彼女は目を覚ます気配は一切ない。そこからお湯につけても変わらなかった。

(まったく変わらない。でも、諦める訳にはいかない)

 皇后様を何としても目覚めさせる。美雪の身体の奥で正義感と優しさが松明の炎の如く強烈に燃えていた。

◇ ◇ ◇

 姜皇后が倒れてはや1週間が経過した。今もなお彼女は眠ったままで、青才人への取り調べは続けられている。毒薬の成分も解析が進んでいるが、現状後宮内にある薬とはどれも一致していない。
 一向に口を割らない青才人へ、いよいよ拷問が執り行われようとしている――その噂を午前の日差しが差し込む中、姜皇后の側で宮女から聞いた美雪の顔が青白くなっていった。

「そこまでするのでございますか……?!」
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