26 / 59
第25話 夢生薬
しおりを挟む
「口を割らないんだ。そうするより他ない」
「ですが朝日さん、身体を痛めつけてまでするのは……」
朝日から両肩をそっと掴まれた瞬間、全身が跳ねる。と同時にこれ以上止める事は出来ないだろうと諦めの感情が襲い掛かって来た。
「今は優しさを見せる所じゃないんだ。心を鬼にしなければならない」
「っ……」
「内容としては棒で何度か叩くだけで皮を剥いだりはしないと聞いている。勿論、極力そうはならないように努力すると児永は言っていた」
しかし、彼女の身辺から証拠は全く見つからない。これでもし冤罪に繋がってしまうのもかわいそうではないかと美雪は思った事をつらつらと口にしてしまう。
「俺もそこは苦しいがな……もし冤罪であったら……そう考えると、胸が痛い」
「朝日様! 使用された薬が判明いたしました!」
朝日より年下な男性薬師が飛び出すようにしてこちらへと駆け出してくる。
「なんだと!?」
「こちらは……夢生薬と呼ばれしものだと判明致しました!」
「夢生薬!? そんなものが、どうしてここに!?」
「朝日さん、ご存じなのですか!?」
朝日は額から汗を一筋流しながら、そうだと答える。彼の眉間に刻まれた皺が、衝撃を物語っている気がした。
「夢生薬……それは南方でかつて製造されていたとされる幻の薬だ」
500年前の文献に記述が見られるだけで、具体的な製造方法は既に雲散霧消したとされる薬。効能も全て明らかになっている訳ではない。
「当然ながら、解毒薬も残っていない。くっ、そんな秘薬中の秘薬なぞ、どうやって……!」
「犯人は、夢生薬に詳しい人物、でしょうか……」
「その可能性は高い。勿論、実行犯は何も知らされていない場合も考えられる。とにかく、陛下に報告しにいくぞ!」
朝日に連れられ、皇帝が政務を執り行う玉光殿へ足を運ぶ。宮殿の中心部に位置する玉光殿は宦官や役人らが汗水流して政務に励む、暁月国の中枢と言うべき場所だ。
皇帝の間に繋がる巨大な黒い扉は大勢の兵士達によって厳重に警備がなされている。
「皇后様付きの医師長、朝日殿でございますな。いかがなされた?」
(兵士の方々、朝日さんをご存じなのですね……)
「皇后様を苦しませし毒薬が判明した。取り急ぎ陛下に報告したい」
「承りました。今扉を開きます」
金属音を響かせながら、固く閉ざされた扉が開かれていく。正面奥には朱塗りの玉座に腰掛ける皇帝が宦官らからの報告を聞いている様子が見えた。
「陛下! 朝日でございます!」
皇帝が朝日、美雪の順に悲嘆の色がまだ混じる瞳を向けた。
「朝日、そして美雪……まさか皇后の身に何かが……」
「使用された毒物が判明いたしました。夢生毒と」
「なんだと?! 余は聞いた事のない名前であるな……」
「まさか夢生毒とは、我々も予想だにしておらず……」
朝日が夢生毒について簡単に説明する。その間皇帝は目を鋭くさせて真剣に聞いていた。
「なるほどわかった。して、その文献名は存じておるか?」
「確か……景光秘薬書伝、だったかと」
「さすがは皇后の医師長。よく存じておるな。……ふむ、ではその書を残した者達についてこれから調べ直せ。そこから分かる事があるやもしれん」
(確かに陛下の仰る通り。少しだけでも記載が残っているなら、その書を書いた一族について追って行けば情報が得られるかかもしれません……!)
皇帝からの指示に美雪と朝日は深々と頭を下げる。
玉光殿から出た2人が向かった先は、文書学館。宮殿内にある建物のひとつで、ここは皇帝一族や名家の子達が学を得る為の施設だ。
それだけではなく、大量の書物が保管されている場所でもある。
「ここに景光秘薬書伝が保管されているはず。俺が以前目にしたのだから」
「見つかりますように……」
「そうだな、既に犯人が処分している可能性だってある……」
文書学館の入り口からすぐ左に膨大な書籍が保管された書物庫が姿を見せる。文書は紙製のものと竹製のものの2種類存在し、それぞれ分けられて朱塗りの棚の中に収めれられていた。
「医学書の類は右、こっちだ」
「わっ」
突如朝日に右手を掴まれて驚きの声を挙げてしまう。痛みはないものの、なぜか胸の奥で音が鳴ったような不思議な感覚を覚えたが、すぐにその感覚はどこかへと消え去っていった。
「すまんな、急に掴んでしまった。はぐれるなよ」
「勿論です、ですが、これだけ棚が列を成していると迷子になってしまいそう……」
「大丈夫だ。俺が付いている。心配はいらない」
彼が見せた微笑みに勇気づけられながら医学書が収められた区画へとたどり着く。朝日はお目当ての品が収められている場所をしっかりと覚えているようで、迷う事無くすぐさま見つけ出した。
「これだ。前見た時とさほど劣化は進んでいないように見える」
「500年前のものですものね……」
「そう考えるとよく綺麗な状態で残っていると思うよ」
朝日は右袖口から白い手袋を掴み、両手にはめてから本を棚から取り出した。本の表紙は紫に近い桃色で、中央には黒い墨で題名が記されている。
「あった。ここだ。夢生薬について」
「ですが朝日さん、身体を痛めつけてまでするのは……」
朝日から両肩をそっと掴まれた瞬間、全身が跳ねる。と同時にこれ以上止める事は出来ないだろうと諦めの感情が襲い掛かって来た。
「今は優しさを見せる所じゃないんだ。心を鬼にしなければならない」
「っ……」
「内容としては棒で何度か叩くだけで皮を剥いだりはしないと聞いている。勿論、極力そうはならないように努力すると児永は言っていた」
しかし、彼女の身辺から証拠は全く見つからない。これでもし冤罪に繋がってしまうのもかわいそうではないかと美雪は思った事をつらつらと口にしてしまう。
「俺もそこは苦しいがな……もし冤罪であったら……そう考えると、胸が痛い」
「朝日様! 使用された薬が判明いたしました!」
朝日より年下な男性薬師が飛び出すようにしてこちらへと駆け出してくる。
「なんだと!?」
「こちらは……夢生薬と呼ばれしものだと判明致しました!」
「夢生薬!? そんなものが、どうしてここに!?」
「朝日さん、ご存じなのですか!?」
朝日は額から汗を一筋流しながら、そうだと答える。彼の眉間に刻まれた皺が、衝撃を物語っている気がした。
「夢生薬……それは南方でかつて製造されていたとされる幻の薬だ」
500年前の文献に記述が見られるだけで、具体的な製造方法は既に雲散霧消したとされる薬。効能も全て明らかになっている訳ではない。
「当然ながら、解毒薬も残っていない。くっ、そんな秘薬中の秘薬なぞ、どうやって……!」
「犯人は、夢生薬に詳しい人物、でしょうか……」
「その可能性は高い。勿論、実行犯は何も知らされていない場合も考えられる。とにかく、陛下に報告しにいくぞ!」
朝日に連れられ、皇帝が政務を執り行う玉光殿へ足を運ぶ。宮殿の中心部に位置する玉光殿は宦官や役人らが汗水流して政務に励む、暁月国の中枢と言うべき場所だ。
皇帝の間に繋がる巨大な黒い扉は大勢の兵士達によって厳重に警備がなされている。
「皇后様付きの医師長、朝日殿でございますな。いかがなされた?」
(兵士の方々、朝日さんをご存じなのですね……)
「皇后様を苦しませし毒薬が判明した。取り急ぎ陛下に報告したい」
「承りました。今扉を開きます」
金属音を響かせながら、固く閉ざされた扉が開かれていく。正面奥には朱塗りの玉座に腰掛ける皇帝が宦官らからの報告を聞いている様子が見えた。
「陛下! 朝日でございます!」
皇帝が朝日、美雪の順に悲嘆の色がまだ混じる瞳を向けた。
「朝日、そして美雪……まさか皇后の身に何かが……」
「使用された毒物が判明いたしました。夢生毒と」
「なんだと?! 余は聞いた事のない名前であるな……」
「まさか夢生毒とは、我々も予想だにしておらず……」
朝日が夢生毒について簡単に説明する。その間皇帝は目を鋭くさせて真剣に聞いていた。
「なるほどわかった。して、その文献名は存じておるか?」
「確か……景光秘薬書伝、だったかと」
「さすがは皇后の医師長。よく存じておるな。……ふむ、ではその書を残した者達についてこれから調べ直せ。そこから分かる事があるやもしれん」
(確かに陛下の仰る通り。少しだけでも記載が残っているなら、その書を書いた一族について追って行けば情報が得られるかかもしれません……!)
皇帝からの指示に美雪と朝日は深々と頭を下げる。
玉光殿から出た2人が向かった先は、文書学館。宮殿内にある建物のひとつで、ここは皇帝一族や名家の子達が学を得る為の施設だ。
それだけではなく、大量の書物が保管されている場所でもある。
「ここに景光秘薬書伝が保管されているはず。俺が以前目にしたのだから」
「見つかりますように……」
「そうだな、既に犯人が処分している可能性だってある……」
文書学館の入り口からすぐ左に膨大な書籍が保管された書物庫が姿を見せる。文書は紙製のものと竹製のものの2種類存在し、それぞれ分けられて朱塗りの棚の中に収めれられていた。
「医学書の類は右、こっちだ」
「わっ」
突如朝日に右手を掴まれて驚きの声を挙げてしまう。痛みはないものの、なぜか胸の奥で音が鳴ったような不思議な感覚を覚えたが、すぐにその感覚はどこかへと消え去っていった。
「すまんな、急に掴んでしまった。はぐれるなよ」
「勿論です、ですが、これだけ棚が列を成していると迷子になってしまいそう……」
「大丈夫だ。俺が付いている。心配はいらない」
彼が見せた微笑みに勇気づけられながら医学書が収められた区画へとたどり着く。朝日はお目当ての品が収められている場所をしっかりと覚えているようで、迷う事無くすぐさま見つけ出した。
「これだ。前見た時とさほど劣化は進んでいないように見える」
「500年前のものですものね……」
「そう考えるとよく綺麗な状態で残っていると思うよ」
朝日は右袖口から白い手袋を掴み、両手にはめてから本を棚から取り出した。本の表紙は紫に近い桃色で、中央には黒い墨で題名が記されている。
「あった。ここだ。夢生薬について」
0
あなたにおすすめの小説
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する
五色ひわ
恋愛
エミリーが多勢の男子生徒を従えて歩いている。王子であるディランは、この異様な光景について兄のチャーリーと話し合っていた。それなのに……
数日後、チャーリーがエミリーの取り巻きに加わってしまう。何が起こっているのだろう?
ディランは訳も分からず戸惑ったまま、騒動の中心へと引きづりこまれていくのだった。
ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
――貧乏だから不幸せ❓ いいえ、求めているのは寄り添ってくれる『誰か』。
◆
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリア。
両親も既に事故で亡くなっており帰る場所もない彼女は、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていた。
しかし目的地も希望も生きる理由さえ見失いかけた時、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
10歳前後に見える彼らにとっては、親がいない事も、日々食べるものに困る事も、雨に降られる事だって、すべて日常なのだという。
そんな彼らの瞳に宿る強い生命力に感化された彼女は、気が付いたら声をかけていた。
「ねぇ君たち、お腹空いてない?」
まるで野良犬のような彼らと、貴族の素性を隠したフィーリアの三人共同生活。
平民の勝手が分からない彼女は、二人や親切な街の人達に助けられながら、自分の生き方やあり方を見つけて『自分』を取り戻していく。
偽りの婚姻
迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。
終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。
夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。
パーシヴァルは妻を探す。
妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。
だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。
婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる