後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第25話 夢生薬

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「口を割らないんだ。そうするより他ない」
「ですが朝日さん、身体を痛めつけてまでするのは……」

 朝日から両肩をそっと掴まれた瞬間、全身が跳ねる。と同時にこれ以上止める事は出来ないだろうと諦めの感情が襲い掛かって来た。

「今は優しさを見せる所じゃないんだ。心を鬼にしなければならない」
「っ……」
「内容としては棒で何度か叩くだけで皮を剥いだりはしないと聞いている。勿論、極力そうはならないように努力すると児永は言っていた」

 しかし、彼女の身辺から証拠は全く見つからない。これでもし冤罪に繋がってしまうのもかわいそうではないかと美雪は思った事をつらつらと口にしてしまう。

「俺もそこは苦しいがな……もし冤罪であったら……そう考えると、胸が痛い」
「朝日様! 使用された薬が判明いたしました!」

 朝日より年下な男性薬師が飛び出すようにしてこちらへと駆け出してくる。

「なんだと!?」
「こちらは……夢生薬と呼ばれしものだと判明致しました!」
「夢生薬!? そんなものが、どうしてここに!?」
「朝日さん、ご存じなのですか!?」

 朝日は額から汗を一筋流しながら、そうだと答える。彼の眉間に刻まれた皺が、衝撃を物語っている気がした。

「夢生薬……それは南方でかつて製造されていたとされる幻の薬だ」

 500年前の文献に記述が見られるだけで、具体的な製造方法は既に雲散霧消したとされる薬。効能も全て明らかになっている訳ではない。

「当然ながら、解毒薬も残っていない。くっ、そんな秘薬中の秘薬なぞ、どうやって……!」
「犯人は、夢生薬に詳しい人物、でしょうか……」
「その可能性は高い。勿論、実行犯は何も知らされていない場合も考えられる。とにかく、陛下に報告しにいくぞ!」

 朝日に連れられ、皇帝が政務を執り行う玉光殿へ足を運ぶ。宮殿の中心部に位置する玉光殿は宦官や役人らが汗水流して政務に励む、暁月国の中枢と言うべき場所だ。
 皇帝の間に繋がる巨大な黒い扉は大勢の兵士達によって厳重に警備がなされている。

「皇后様付きの医師長、朝日殿でございますな。いかがなされた?」
(兵士の方々、朝日さんをご存じなのですね……)
「皇后様を苦しませし毒薬が判明した。取り急ぎ陛下に報告したい」
「承りました。今扉を開きます」

 金属音を響かせながら、固く閉ざされた扉が開かれていく。正面奥には朱塗りの玉座に腰掛ける皇帝が宦官らからの報告を聞いている様子が見えた。

「陛下! 朝日でございます!」

 皇帝が朝日、美雪の順に悲嘆の色がまだ混じる瞳を向けた。

「朝日、そして美雪……まさか皇后の身に何かが……」
「使用された毒物が判明いたしました。夢生毒と」
「なんだと?! 余は聞いた事のない名前であるな……」
「まさか夢生毒とは、我々も予想だにしておらず……」

 朝日が夢生毒について簡単に説明する。その間皇帝は目を鋭くさせて真剣に聞いていた。

「なるほどわかった。して、その文献名は存じておるか?」
「確か……景光秘薬書伝、だったかと」
「さすがは皇后の医師長。よく存じておるな。……ふむ、ではその書を残した者達についてこれから調べ直せ。そこから分かる事があるやもしれん」
(確かに陛下の仰る通り。少しだけでも記載が残っているなら、その書を書いた一族について追って行けば情報が得られるかかもしれません……!)

 皇帝からの指示に美雪と朝日は深々と頭を下げる。
 玉光殿から出た2人が向かった先は、文書学館。宮殿内にある建物のひとつで、ここは皇帝一族や名家の子達が学を得る為の施設だ。
 それだけではなく、大量の書物が保管されている場所でもある。

「ここに景光秘薬書伝が保管されているはず。俺が以前目にしたのだから」
「見つかりますように……」
「そうだな、既に犯人が処分している可能性だってある……」

 文書学館の入り口からすぐ左に膨大な書籍が保管された書物庫が姿を見せる。文書は紙製のものと竹製のものの2種類存在し、それぞれ分けられて朱塗りの棚の中に収めれられていた。
 
「医学書の類は右、こっちだ」
「わっ」

 突如朝日に右手を掴まれて驚きの声を挙げてしまう。痛みはないものの、なぜか胸の奥で音が鳴ったような不思議な感覚を覚えたが、すぐにその感覚はどこかへと消え去っていった。

「すまんな、急に掴んでしまった。はぐれるなよ」
「勿論です、ですが、これだけ棚が列を成していると迷子になってしまいそう……」
「大丈夫だ。俺が付いている。心配はいらない」

 彼が見せた微笑みに勇気づけられながら医学書が収められた区画へとたどり着く。朝日はお目当ての品が収められている場所をしっかりと覚えているようで、迷う事無くすぐさま見つけ出した。

「これだ。前見た時とさほど劣化は進んでいないように見える」
「500年前のものですものね……」
「そう考えるとよく綺麗な状態で残っていると思うよ」

 朝日は右袖口から白い手袋を掴み、両手にはめてから本を棚から取り出した。本の表紙は紫に近い桃色で、中央には黒い墨で題名が記されている。

「あった。ここだ。夢生薬について」
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